合宿 Ⅱ
午後は近距離格闘術の講習を受けに行く。
来たことには来たのだが……
「アルドレイ=ルーバスだ。合宿中、近距離格闘術を訓える。皆のもの昼飯はちゃんと食ってきたか? 食は血となり肉となり身体を作ってゆく。しっかり食う事だな」
何故かこの先生の周囲の気温が上昇した気がしてならない。何だこのアインを二人組み合わせたような筋肉ダルマは。
「まぁ、手始めにこの繁華街を一周して来い。どれだけお前らの身体が軟弱か知っておかねばならんしな。勿論、魔法の使用は禁止だ。発見次第もう一周追加するから留意しろ」
アルドレイ先生の大声により外に出ていた生徒には練習内容が丸聞こえであり、他の生徒から憐れみのような視線を手向けられる。
因みに繁華街を大外回りで一周すると総距離三十キロはくだらない。いくら騎士学校の生徒でも日が沈む前に帰って来れるか分からないだろう。
全員、渋々スタート位置の敷地入り口に立つ。
気乗りしている奴はひとりとしていない。少なくとも騎士学校生徒には。
「では、ゆけ、諸君」
全員一斉に飛び出す。エリファスもそれに並行して駆け出した。
その様子を傍らで見詰めていたティファニーとアイン。二人は午後、複合系魔法を習う為にリースの講習を受ける予定だ。アルドレイの近距離格闘術の講習場所が近かった事や、アルドレイの遠くに拔けるような声により、その過酷極まりない内容を耳にしている。
「エリファスさん、帰ってきますよね……」
「さ、さぁどうでなんでしょう。俺はあいつの魔法を使う所しか見てませんし……」
見事に不安が募っていた。
大体、魔法学校生で近距離格闘術の講習を取ったのはエリファスひとりしかいない。
「……心配事なんざねぇよ」
リースは立ち尽くす二人の後ろから言い寄った。そこには確信たるものがあるように二人には見えた。
「彼奴ならすぐに帰ってくる。さっさと授業始めるぞ。時間が勿体無い」
「は、はい」
「うっす」
✳
二十分が過ぎた頃。
スタート地点から十キロ地点。
エリファスはひとりで淡々と走っていた。風を切り裂くような走り、しかしまだ余裕のあるペース。それでも尚、エリファスの独走状態になっている。
最初は騎士学校の生徒も何人か着いてきたがいつの間にか居なくなっていた。
「こりゃ……すげぇわ。お前、魔法学校の首席だろう?」
いつの間にか横に付かれていた。
アルドレイ=ルーバスである。
「後ろの見張りはしなくて良いのですか?」
「ハハッ! 息切れもしてねぇ。呆れたぜ。追い抜かれた後ろなんか気にしてもしょうがねぇだろ。それに俺はお前に興味が湧いた」
ペースを若干上げつつも余裕で着いてくる先生にこちらの方が呆れる。
「面倒臭い方ですね。それより、騎士学校の生徒は鍛え方が温いんじゃないですか? 幾らなんでも垂れ過ぎでしょう」
「そう言われると面目ねぇ。まぁ格闘術はそれなりなんだがな。小手先ばかりに目が行って基礎がわかってないんだろ」
「そうですか。じゃ先生方の責任ですね」
アルドレイは面白そうに口元を三日月に歪める。罵倒したはずだが、何故だ。
「……店長さんから聞いた通りの男だな」
少し歩みが遅くなった気がした。
「お知り合いで?」
「まぁな。前まで国境警備隊で一緒だったからよ、ちょっくら世話になったのさ。……俺は誇らしいんだぜ? お前ほどの手練が俺の講習をこうやって受けてくれてるんだからよ」
周りはそうやって何時も俺を賞賛する。昔は気分が良かったが、今は優越に浸る事はあまり無い。
「別に……俺は凄くないです」
「何が理由で落ち込んでるか知らねぇが周りを見てみろよ。大体な魔法学校の生徒さんに身体で負けてるこっちの生徒の身にもなれ。お前みたいなエリートがいても一々、落ち込んでないだろ」
脚が着実に地面を踏みしめ次へと運ぶ。
確かにそう、かもな……
以前、アインも俺と密かに張り合おうとしていた。
俺も兄さんが強くて、敵に翻弄させられる事を落ち込む原因にしてたら駄目なのかもしれん。
第一、俺より強いかどうかは分からないじゃないか。
というか、俺は落ち込んでいたのだな。今に至るまで気付かなかった……な。
見方を変える、開き直りに近いかもしれんが何時までも同じ事を思っているよりは幾分マシか。
どうやら、打ちひしがれるのは時期尚早だったようだ。
「へぇ、そんな良い顔出来るんなら問題なさそうだな」
「いいえ、問題は山積みです。
ただそれを解決するだけの事ですから」
そう言って更に速度を上げた。
✳
近距離格闘術を講習した者がスタートしてから一時間足らず。
「嘘だろ……」
「まだ半刻も経ってないのよ……」
「あの人、全然疲れてないじゃん」
「……本当に魔法学校の人だよね」
エリファスは丸で散歩にでも行ってきたかのように合宿地へと戻って来た。
ただ戻って来たのが彼ひとりなら誰も信じず、疑った事だろう。
「クッ……ハァ、ハァ………ったく速すぎるだろ。幾らなんでも」
正直反省しよう。気分が良くなって後半は半ば本気で駆け抜けていた気がする。
「……アルドレイ先生が張り合うからですよ」
騎士学校の生徒は特にその光景に絶句していた。
アルドレイ=ルーバスは折り紙つきの体育会系肉体派であることは騎士学校生なら皆知っている。その身体の鍛え方は尋常じゃない。騎士学校の現役生ですらアルドレイには太刀打ちが難しいのに、まして魔法学校の生徒が張り合うなど夢にも思っていなかった。
明らかに立場が可笑しい。
アルドレイは膝をつき、肩を上下させているにも関わらず、方やエリファス=フォード=ベルンハルトは清々しく立ち尽くし、その額から二、三の汗を流すだけである。
「エリファスさん!」
「……?」
小走りで駆け寄るティファニー。片手に真っ白なタオルを持ち、それをおもむろにエリファスの顔に優しく当てた。
「お疲れ様です」
「あ、あぁ。ありがとうございます。でも良いのですか? 今は講習の時間では……」
「はい。そのことなら平気ですよ。今はリース先生が休憩時間を設けて下さっていますから」
「そうですか……」
何故かティファニーと会話すると周囲のざわめきがより大きくなる。
「何だ。お前、彼女なんかいたのか」
アルドレイ=ルーバスは解釈不能な事を言い出す。もしかしてティファニーをそう言う風に捉えたのか?
「……残念ながら、エリファスさんの彼女ではありません。彼は私のアプローチを尽くスルーしていますし……」
右肩に理不尽な痛みが襲う。
「お前、まさかこんな健気な乙女心を弄んでいるのか? 先生許さないぞ、女の子を大切にしない輩なんか」
「い、いえ。決してそんな事は……」
「エリファスさんは私なんかに興味が無いのですか……?」
目を潤わせ、上目遣いをして何かせがまれる。
何だこの状況は。
目頭をもみたくなるのを抑える。
「……興味が無い、とは言い過ぎですよ、ティファニーさん。貴女に無関心ならばこうして施しを受ける事も、入学試験当日も座学も付き合う事も無かったでしょう」
そう言い含め、ティファニーの頬に手を添え、言葉を紡ぐ。師匠いわく女性が悩みを訴えた時、寄り添ってやるのが男のマナーらしい。
「感謝しているのは勿論、貴女には負い目を感じて欲しくないと常日頃思っています。だから……興味がないなど仰らないで下さい。悲しくなります」
「は、はぅ……」
「おーい。そろそろ再開すんぞー」
丁度良いタイミングでリース先生の集合の合図が掛かる。
ティファニーもおずおずと一瞥し場に戻ったようだ。
「お前、わざとだろ……」
「なんの事ですか?」
しれっと答える。アルドレイ=ルーバスは怪しむようにエリファスを見詰めた。
「あの娘に気が無い訳じゃないんだろ? なら何故、わざわざあの娘を遠ざける」
エリファスはその問に思いとどまる。
俺がティファニーの事を何も思っていない訳がなかった。俺はパーティー会場で彼女を守るよう動いた。気付いてはいたが、俺の心の中でティファニーの支配率が異様に上がっている。それも彼女に会う度に。
「それを聞くのは野暮ってものでしょう。それより俺達も講習を始めませんか?」
「まぁ……そうしたい所だがまだ誰も帰って来てない」
確かに振り返っても誰もまだ帰ってきていない。流石に速過ぎたか。自重すべきだったかもな。
「お前か? 魔法学校の首席は……」
殺伐とした雰囲気を纏った男がやって来る。制服は赤い。つまり騎士学校生。
「トイロ=バイアス。騎士学校第一学年首席だ」
「……エリファス=フォード=ベルンハルト。俺に何か用か?」
「今この場にてトイロ=バイアスはエリファス=フォード=ベルンハルトに模擬戦を申し込む」
周囲のざわめきが増す。
しかし、一体何故コイツに俺は絡まれるのだ。
「俺は構わないが、監督役の先生はどうする」
あくまで冷静に話をすすめる。
「監督役はアルドレイ先生にお願いしたい、互いに面識があるしな贔屓をするような先生ではない。それと模擬戦の開催は翌日を希望したいのだが」
「……別に大した疲労は重ねてない。気にかけなくてもいいんだぞ?」
両手を広げてアピールをする。
大方、トイロ=バイアスは俺が外回りを走ってきた事を気にしているのだろう。
「例えお前が気に掛けなかったとしても周りはこの勝負を公平とは思わないだろう。そんな試合、勝っても後味が悪い……」
「そうか。確かにな、こちらの配慮が足りなかったようだ。なら明日の講習が始まる前にケリをつけようか?」
「あぁ、そうしてくれ。アルドレイ先生、模擬戦の監督役を頼んでも宜しいでしょうか?」
アルドレイ=ルーバスはこの模擬戦に賛成のようだった。その見ているだけで上着を脱ぎたくなる様なオーラは一体、何なのだ。
「うむ、認めよう。アルドレイ=ルーバスの名においてトイロ=バイアスとエリファス=フォード=ベルンハルト、二者の模擬戦開催を責任を持って監督することを誓う」
敷地内が一気に物音ひとつないくらい静まり返り、一気に耳を抑えたい位の怒声が上がった。
「え!? え?! なになに! 首席同士の模擬戦!」
「うわぁ、どっちが勝つんだろー」
「明日、模擬戦やるんだってよ! 俺、絶対見に行くわ」
「はいー、そこの君! 未来を灯す二人の一大勝負!! どっちに賭けるかなぁ?!」
「俺はトイロに二口だっ!」
「私は一口!」
「俺はエリファスに三口と晩飯かけるぜ!」
その様子を見詰めるとある魔法学校生。
「アイン、どっちに賭ける?」
「んなもん、エリファスに決まってんだろ」
「うーん……私もそうかなぁ。エリーが負ける光景が全く想像できない。ウォーカーさんも?」
「あぁ。賭けるとしたらベルンハルト一択だな。奴に敵う者はそういない」
明朝行われる二人の模擬戦が終わるまでほとぼりは冷めないのであった。
トイロを噛ませ犬で終わらせないようにします。初模擬戦なので細かい描写になるはず……
もしかしたら最初で最後の模擬戦の予感m(__)m
合宿偏はキャラクターの心境変化と成長を拝んで貰えたら幸いです。もともとその為に組み込んだイベントですし。
別枠の決戦編も書き出しています。
ライト文芸賞への作品の応募に関してですが十万字を超えた時点でタグを追加しようと思います。どうやら期限までに十万字に達していないと選考されないそうなので。
その応募に際してこの作品を読んで下さる読者様の思った事、意見を聞きたい、作者の我が儘で感想の制限を解きます。具体的な御指摘などあれば感想欄に気軽にお書き下さい。豆腐メンタルなので辛辣なお言葉は出来るだけお控え下さい。まじです。
若返った賢人に関するご意見・感想を心よりお待ちしておりますm(__)m




