合宿 X0
学園に行っては数週間、隠居してから新たに紐解かれた魔法研究結果を吸収し、午後の実習では魔力がすり減るまで使い、放課後は気を失うまで身体を追い込む。
ただそれの繰り返し。
しかし基礎鍛錬こそ侮るなかれ。土台無しではその上に建つものもグラつく。
時間が経過するとともに焦りを感じ、その反面、自分の成長も伺えるようになった。
全ては他ならぬ兄さんを止めるため。
ただそんな日が過ぎた。
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大ホールの壇上に立つリース=グリゼナム。奴は第1学年の学年主任でありこういう時は普通に前に立ち普通に話す。学園長や理事長がいると態度が丸代わりするのだ。
それでも奴は生徒から嫌われる要素は少ない。教師としてではなくお父さん感覚なのだとか。
「そろそろ合宿の季節がやってくる。合宿は騎士学校と同時で行う。お互いに良い所を取り込む機会だ。逃さず自らの糧にしろ。」
合宿は3泊4日。騎士学校は体術特化の奴らが多いだろうから試しに相手になって貰おう。
「因みにポイントの奪い合いは出来ないが監督に1名教員が居れば騎士学校生とも模擬戦は可能だ。がんばれよ」
一応言っておくが貴族や皇族などいる場面でこういう、やる気の無さの欠片でも見せると即刻揉め事が発生する。
リース先生は昔からそういう質なのか教師陣も何も言わないようだ。
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その日の昼。食堂へ足を運び食事を済ます。弁当など作れないので基本ここか購買で買う事になる。学校の食堂は基本的に市民証が在れば外部の者も利用可能である。
昼は予定が無い限りひとり。特に気にせずただ箸をすすめるエリファス=フォード=ベルンハルト。
(アルフォード家は敵なのか、それとも脅されて協力しているのか……気になる所ではあるが師匠の調査を待つ他ない)
今、自分が兄さんを嗅ぎ付けようと動けば周囲に危害が及ぶ。ほぼ確実に。無為に人を殺せるほど短絡的でもないこの性格を直さない限りは無理だろうな。
「ここ、良いか?」
リース=グリゼナムは飲み物を片手に正面に来る。丁度、座っているので見上げる形におさまった。
「えぇ、どうぞ」
「んじゃ遠慮なく」
椅子を引き、テーブルに飲み物を置く。
ほどなくしてリースが先に口を開く。
「相棒が世話になったらしいな」
どこか寂しそうに言った。面倒くさい事は面に出るリース先生だがこの時は謝意でその胸の内を読み取れなかった。
「……そんな大層な事はしてませんから」
「お前のお陰で救われた命だ。他の誰でもないお前だ」
「そう、ですか」
此方を冷静に見据えるリース。
正直、そう言われると、複雑な心境になる。元々、兄さんの奇行は少なくとも俺が関与しているはず。そもそもの話し、身内がおかした罪だ。責任の一端くらいは俺にある。
ただ、目の前の男は俺に少なからず感謝の意を唱えている。
だからこそ兄さんは止めなければいけないのだとも思う。兄さんの計画の理由や経緯がどうであれ、不幸になる者が存在している時点でその義務は発生する。
「グリゼナム先生、ここにいらしたのですね。それに首席のベルンハルトくんも。あ、座らせて頂いても?」
マードレット=ハウエル先生の登場である。相変わらず化粧をしていないのに端正な顔立ち。リース先生は振り向かずにただ苦い顔をしていた。
「どうぞ」
「…………」
何故か無言のリース先生。
「エリファスくん」
「はい。何でしょうか、ハウエル先生」
「固くならないで、ファーストネームで良いわ。それで貴方にひとつ事前に確認したいことがあるの」
ただならぬ雰囲気とこのテーブルに座る面子によって周囲の視線が痛いほど集中する。因みにこの席は食堂の中央から少しズレただけであり、ほぼ死角がない。
「確認したいこと……ですか」
「合宿が来週から行われるのはさっき集会でリース先生が話して下さったので、知ってると思いますが、貴方は少し気を付けた方が良いでしょう」
神妙な面持ちでマードレット先生はそう言う。
「話から察するに、騎士学校と揉める要因があるからと言うことで?」
「え、えぇ、まぁそれもあるわ。でも本命はこっちよ」
「…………」
「入学してから三週間経ちます。貴方は優秀過ぎる。そして一貫して聡明だわ。悔しいけど認めざるを得ないくらいには」
「いえ、そんなことは無いです」と相槌的な何かを挟む。
「極めつけは平民、という身分ね。両学院の生徒の中には合宿の根も葉もない噂に惹かれ色恋沙汰に陶酔する子も出てくるわ。エリファスくんにちゃんとした将来設計図があるなら留意してね」
なるほど。優秀な魔法師且つ平民であればこっちの事情はあまり気にせず婿に出来るしな。現実的に、平民が貴族の婚約を断る理由は無い。まぁ貴族からの縁談など平民がよほど手練で将来性のあるやつに限った事例ではあるが。
「ご忠告いたみいります」
残念ながらマードレット先生の心配は見当違いだ。
俺に将来性など無い。
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今日も学園での1日が終り、宿へ帰宅する。ベッドに仰向けに転がり今日得た情報を修正し記憶する。
そのまま、目を閉じ1時間ほど休憩を入れ宿の食堂へと向かう。既に外は星が見えるくらいにまで空は黒く染まっている。
席に着くなり適当に注文し、出てきた食事をつつく。正直、美味いものは好きだが、しつこく味を追求する質でもない。
食事はいつもミラが作っていたからな。それは珍景と呼ぶに相応しい。貴族の娘が厨房に立っている姿はこれまた新鮮味があった。普通貴族の女でも炊事などやらんしな。ミラは給仕の人とも仲が良い、粗相の無い雰囲気のいい家だった。過ごした時間は僅かだが、それでも彼女から得るものは多かった。
嘆息し食堂を見渡す。
出入りする人数が増えるのと、時間的に見てこの宿は冒険者あたりが多いか。
食事を終え、階段を上がり二階に到達した。
「あれ、エリーっ?!」
「……シルフレ?……お前も同じ宿だったのか?」
「あ、うん……ここの宿はお父さんの知り合いで色々と助かってて。その、エリーは最近来た……の?」
「まぁ、そうだな。今日からここで世話になる」
廊下のど真ん中で話す訳にもいかないか。邪魔だろう。
「外、行かないか?」
「え? あ、うん!」
流れというか、気分で誘ってしまったが聞きたい事もあるしな。
街灯に橙色に照らされた路地を歩く。まだ人の通りがある。
「あそこの宿の店主はなんと言うか強面だな。あれと知り合いなのだろう?」
「う、うん。まぁでも悪い人じゃないよ」
「そうだな。悪い人じゃない、な」
夜道を歩く男女の時間が過ぎる。
やはりシルフレと居ると心が癒される。何か魔法を使っているのか、まぁそんな様子は無いが。邪気をはらんでいない純粋無垢が相応しい子供のようだ。
「そう言えば、魔法具の調子はどうだ?」
「うん。あれは凄いよ〜。前まで使ってたやつと全然違う、なんだろ……上手く言えないけど、歯車が急にぴったりになった、感じかな?」
髪をゆらし、けろっと首を傾げるシルフレ。その様子からして満足はしてもらえているようだ。
「それは良かった。壊れたと思ったらすぐ持ってこい。いつでも直してやる」
「ありがとう、エリー」
「……進級は出来そうだな。その自信に満ち溢れた表情を見ていると」
「うん! エリーに追いつくつもりでポイント稼いでるよ〜」
彼女の異質な魔力。専用魔法具を渡してからそれなりの時間が経つ。以前の感覚が抜けてコントロールも更に上達すれば、この国きっての優秀な魔法師になる事は間違いないだろう。
「なぁ、シルフレ。以前のお前を馬鹿にしていた奴らを恨んでいるか?」
「い、いきなり?!」
「気紛れだ。答えてくれなくてもいい」
「エリーの質問なら答えるよ。んー……恨んでいるかなんて、そんな事ない、かな。全く無い訳じゃないけど、やっぱりそういう人に罵られなかったら増長してだめな人間になったと思う。それに勉強しなくなってたかなぁ〜……」
「…………」
そうか。要らぬ心配を掛けてしまっていたな。シルフレは道を踏み外す日は未来永劫来ないようだ。魔法も使い方次第で幾人もの人の未来を変えられる。俺は良い方向に使えていただろうか。そう信じたいな。
「えっ?! なんでノーコメント!?」
「あ、いや。前までのシルフレはそこまで自分の気持ちを口にする奴だとは思っていなくてな。少し驚いただけだ」
ぶすーっと頬を小動物のように膨らませジト目で見つめられる。少し睨みつけられたが、すぐに開放された。そしてシルフレは意外な事を口にする。
「エリーみたいに出来るだけ言葉にしようと思って、こうやってけっこう頑張ってるんだよ? リンちゃんとかとお喋りとっくんしてるんだ」
「それまた、摩訶不思議な光景だな」
「その起源がエリーなんだよ〜」
悪い展開では無いだろう。まぁ勝手にやってくれて構わないが少々面映ゆい。
そうして一刻、一刻と過ぎる。
各々の時を過ごし、いよいよ合宿当日を迎える。
次回から合宿当日になります。




