授業 Ⅱ
現在は中庭の隅にて落ち着いている。
そして二人の議題は背後に迫っている課題。
お互いに授業は失敗出来ない。
ポイントの為、己の力が偽りで無い事を示す為。
「取り敢えず……飯食うか」
「……」
シルフレは何か訴える様にジト目で此方を見る。
「何とか言ってくれ。腹減って喋れないのか?」
「絡まれてる所、助けられたのは感謝したいけどご飯食べてないのよ? もしかして馬鹿なの?」
「随分、辛辣に扱われるな……」
多少強引だったか。迷惑を被ったと思っているかもしれない。
「昼、都合がつくなら一緒に飯食うか? 今日は学園生活初日で緊張して箸が進まない。少し買いすぎた」
そして翌々考えたらこいつは金が無いのかもな。田舎出身はアインやリンなど金を工面できるメンバーはごく少数であり、普通は奨学金か働きどころを確保している。
「い、いいの?」
「あぁ、いいぞ」
「そ、それじゃぁ……」
「その代わり午後は頼む。相手が居ないんだ」
「首席なのに意外……」
シルフレは誰とも組みたくないのを分かっていないようだった。
その後、適当に飯を済ませ、残り少なくなりつつある時間を惜しんで、事前演習する。
「午後の授業は九分九厘『シンクロ』だろう。と、まぁお互いの親和性をはかる為に早速やるか。よろしくなシルフレ」
「はい。よろしくお願いします。エリー」
互いにシルフレ、エリーと呼称する事になった。特に、間柄が親しくなった訳では無く、名乗った流れでここに行き着いた。
「あ、あの相手が居ないからって、ペアを組むのが私なんかでいいんですか? 自負するつもりは無いですけど入学試験最下位ですよ」
「関係ないな。二人いるんだ、相手が誰なんか問題じゃない」
それに薄々気付いているがシルフレの魔力包含量は他に類を見ないくらいに膨大だ。単純な魔力量ならオルグレンにも劣らない。
しかし成績は最下位。
単に魔法を扱う才能が無いだけなのだろうか。
本当にそうであるならば解せない。
「魔法は習うだけで満ちる事はない、リース先生も言っていただろう。慣れるのが一番、と。まぁそう決めつける事も無いが今の俺らは後者の手法を取るべきだと思うが、どうだ?」
「エリーって理詰めっていうか、根拠が無いと嫌ってタイプ?」
「……かもしれない」
「……まぁいいや。私、本当に才能ないから、ダメだって思ったら切り捨てて良いからね。恨まないしそれが普通だから」
安心しろ。
俺は普通じゃないらしいから。
「――早速始めるぞ」
左手を翻して掌の上に、中くらいの水球を創り出す。《水系統》の魔法。
『シンクロ』は形あるものに魔力を作用させお互いに波長を合わせ形を維持するのがメジャーなやり方。
今回はシンプルに行く。
「……無詠唱」
「この水球に魔力を集中してくれ」
シルフレは少し戸惑いながらも此方に、手を向ける。
バジャッ
シルフレの魔力が干渉した途端に魔力が奔流し水球が弾け飛び、散布した水が制服に襲いかかる。時既に遅し、全身ずぶ濡れになってしまった。
「……不味ったな」
「……ご、ごめんなさい」
「ん? あぁ気にするな。すぐに乾く」
火系統の加熱で周囲の空気の温度をあげ、風系統そよ風で乾燥を促す。
魔法を発動しながらシルフレのシンクロ時に感じ取った魔力に恐怖すら覚えた。
『シンクロ』の練習台であった水球には予め俺の魔力で形状を固定してあった。シルフレがオーバー気味の出力を発揮しても水球が弾ける事は無いと踏んでいたんだが。
しかし結果、水を被ったのは俺だ。
全開で魔力を込めていなかったが、押し返されたのは事実。
異質か、この魔力、質が違う。丸で別の物体に触れているような感覚だった。
『シンクロ』は双方の魔力を感じ取り自分を自覚してゆく、そこからの修練法。故に相手の魔力もおのずと分かってしまう。
思いがけない宝を見つけ、頬が弛緩する。道端に宝玉が落ちていたそれを見つける感覚だった。
恐らくシルフレの魔力の質の違い。
彼女の才能が無いと言われている原点だろう。
最も危惧していた存在だ。
この娘は、多分、現代魔法具に合わない魔力の質を持っている。
昔から魔法具を使いその癖が付いて、自分が魔法を使えない、という認識をしてしまっているのだろう。病気は気から来るものというが、似ているかもな。
確かに魔力の質が違うならば現代魔法具は作用し辛い。第一、魔力の質が違う人など聞いた試しが無い、が、あり得ない話ではないだろう。
ここで摘まれていい芽ではないな。
既に、魔法に吹かれ乾ききった制服の乱れを整え向き直る。
「授業、楽しみにしている」
「そ、その」
「これ以上無駄に気を浪費しても仕方ない、授業に備える、もしかしたら大量得点かもな。安心しろ、お前には才能がある。それに見合った努力も欠いていない」
シルフレは今まで魔法を使う才能が薄いと言われていたから、足り無い部分を違う面から補っていた。
それが座学。シルフレの魔法工学知識量は俺に匹敵するだろう。授業中の発言から容易に推測できる。彼女は人一倍努力したのは明白。それこそ血の滲むような道を歩んできたかもしれない。
慢心せず、怠らずに育つには子供の成育環境が大きく左右する。育った環境一つで、良くも悪くも人格が形成される。
彼女は、才能が無い環境、厳しい環境に育ち、その中で周りに食らいつく刃を研鑽して来た。
「……なんで、なんでそんな事言うんですか? 期待させて後で嘘って言うんですよね」
シルフレは以前会った、両親を諭した牧師を思い出しいていた。あの人も私に才能があるって言って私を狂わせたんだ。きっとこの人も――
「今まで、頑張ってきたんだろ? 充分な才能じゃないか。俺は結果の見えない努力は出来ない」
「あ、貴方に私の何が分かるんですか!! どれだけ背負ってきたのか分からないんですよっ!!」
目の前の少女は、悲壮に覆われた顔をしていた。
色々と背負ってきたのだろう。現代魔法具に合わない魔力を持っていると仮定してここに来るのには並大抵の覚悟では不可能だ。
「自分の事くらい自分が信じてやんなくて誰が信じる、自分が自分を見捨てたらその時が最期と思え」
「…………」
「そんな顔するな。さっきから心配するなと言ってるだろ。お前は強い。ウォーカーよりも、今までお前を馬鹿にしてきた奴よりも、」
(初めてこんな事言われた……)
(何だろう……嘘をついついるように見えない)
シルフレはくしゃくしゃになった顔を制服の裾で擦り上げ無理やり笑みを作った。
「じゅ、授業で……点数取れますか?」
「あぁ、取れる」
「……に、二年生になれますか?」
「あぁ、なれる」
ひと呼吸ふた呼吸、シルフレが落ち着くまで、彼女から目を離さなかった。
少し落ち着いた頃、上目遣いを駆使しながら彼女は言った。
「……もし、もしダメだったらエリーに魔法打つからね?」
何やら方向性の違う答えに聞こえなねないんだが、まぁいいか。
「あ、あぁ、駄目じゃないから安心しろ」
「……そうですか、残念です」
悪戯っぽく笑う彼女の顔を見て安堵する自分がいた。
魔法師のシンクロはお互いの信頼感が何より大切だ。
まずは一歩踏み出せたな。
✳
午後は外の同じ演習場に1組と19組その担任が集まった。その他、この授業が見たいがために集まった奴等もいるらしいが。学園長が来ている。リース先生の背筋が伸びている時点でそれとなく場の雰囲気を察せるが。
総勢90人を超える、それでも尚、演習場のスペースには余裕がある。腹八分目にもいかないと誇張するような演習場ひとつの広さ。しかも、演習場はここだけではない。その規模に呆れる。
「1組担当、マードレット=ハウエルです。本日は合同授業の実技活動となりますが遺憾なく皆さんの実力を発揮して下さい。採点は平等な審査の元行われます」
マードレット=ハウエル。女性教員の様だ。黒の上下スーツという珍しい格好。ハウエル子爵の次女のはずだが、学園にいる所を見ると爵位継承はしてないようだな。
ミラも長女が家を継ぐと言っていたしな、そんなものか。
「19組担当、リース=グリゼナム。安全第一を念頭に頑張ってくれ」
……まぁうちの担任はそんなもんだろう。マードレット先生の視線が痛いな。
「では、私から今日の授業の説明を行います。本日の授業は二人一組『シンクロ』を行ってもらいます。私達が今から溜池を作り水を張ります、コンビでコントロールをして出来るだけ多くの水を向かい側三十メートル先の目的地まで運んで下さい。採点の基準は水球の『形』『量』、運んだ『速度』でAからEまでの評価をつけます」
コンビを誰と組むのかは自由だった。
「あ、あの……よろしくエリー」
「目元が赤くなってるぞ、平気か?」
「……」
「な、何だ、まだ心配なのか?」
「……エリーってデリカシー無いよね」
何故だが俺の方が精神影響で魔力コントロールに影響が出そうだった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
誤字脱字あれば報告お願いします。
結局、授業編は三部構成になりました。
2015/03/23含めて今週の平日は5日連続で更新します。