授業 Ⅰ
翌日、登校し教室に入室する前に、階段の踊り場でリースに呼び止められる。
お咎めかと思ったが、どうやら状況が違うらしい。
「朝早いな、一番乗りのところ悪いが、ちょっと付き合ってくれ」
「分かりました。場所変えましょうか?」
「いや、ここでいい。そこまで内密にするような事じゃないしな」
無精髭を生やしたリースは頭をポリポリかく。面倒事でも背負って来たかのように。
「今日の午後の授業、噂くらい耳にしてると思うが、二人一組でやる事になってる」
「えぇ、そうみたいですね」
「まぁなんつーかアレだ。紆余曲折あって1組と合同授業する事になっちまったんだわ……」
1組というと平民を除いた貴族集団のトップが集まるクラスか。1組にはティファニーもオルグレンも在席している。
「何となく察してはいますが、俺の成績に難癖をつける為とか、まさかそんな下らない理由が後押ししてませんよね?」
「……ご名答、まぁ坊ちゃん嬢ちゃんクラスの担任が言って聞かねぇんだわ。首席の実力が嘘じゃないってはっきりさせて欲しい訳だ」
魔素が封じられるが、その程度、問題ないだろう。
「別に構いませんよ、普通に受講していればいいんですよね?」
「頼もしい限りなこった」
リースは一旦職員室に用事、朝の定例を済ませに戻り、俺はすれ違うように教室へ向かった。
リース=グリゼナム。
思ったより平民に思い入れがあると見える。普通、平民の子がどうなろうと知らん顔するのが常だろうに。政界に居たら世話の焼ける人種に分類されるだろうな。
✳
1時限目 魔性植物
「優れた収穫高、生産効率で市場の土台を担うアポトリケス草の正しい調合法はなんですか。はい、エリファスくん」
「アポトリケス草は、優良な薬草ではあります、しかし同時にその葉に回復とは無縁の人体に有害とされる微量の毒素を含んでいます。予め葉に解毒の処理をしてから魔力を込めて回復薬作りに取り入れます」
2時限目 基礎魔法知識
「属性系統の無系統魔法は何類に分けられ又、その各々の順位はの基準はわかりますか? はい、エリファスくん」
「無系統魔法は魔法協会の評議会に品評がなされ、大まかに3つにわけられます。危険度、難易度を総合して高い順に第一類から第三類までに区分され、第一類のみ評議会の使用許可が必要になります」
3時限目 魔法具
「今に至って流通する魔法具は杖、マントに限らずそれはもう多岐に渡ります。例えば剣に内蔵魔法陣を仕込んだ魔法具、従来は衝撃で内の魔法陣が崩れる大きな欠点がありました。しかしこれはある人物のある方法によって解決されました。では、答えて下さい、アイン=モントール」
「……(エリファス、助けて!)」
こっちを見るな、馬鹿野郎。
「はは、はい! せ、先生、私が答えても良いですか?!」
「どうぞ、シルフレ=アルカナード」
「は、はい。魔法陣の改良はノート=レイ=コーパスが十二年前に発案しました。その安定した魔法陣は歪みを防止するだけでなく、今までの魔法具が長持ちするなど様々な利点を産みました」
「満点回答です。良く出来ました。十ポイント追加しておきますね」
午前中の座学は教師の嫌みのはらんだ質問攻めに合ったが、予習済みの脳が全処理してくれる。
そして問題の午後の授業。
クラス中に貴族集団(一組)と合同授業と言う話はすでに出回っている。リースが公言した為だ。
クラス中、ざわついてたまらない。
いや、どうでもいいのだ。
そんな些細な事。
クラスの奴らは誰と無く察したのだろう。貴族集団に目を付けられている俺の事を。
午後の授業は『シンクロ』を用いた二人一組で行う。つまり分身でもしない限り一人では出来ない。
そこに問題が発生した事はお分かり頂けただろうか。
つまり、端的に言うとコンビを組んでくれる奴が居ないのだ。
溜息の一つつきたくなる。
「寂しい事、この上ないな……」
勿論、アインに頼もうとしたが、既に図ったかのようにリンと組んでしまっていた。
あと1時間で相手を探さなければいかんな。あぶれる事は無いだろうが恥をかくのは避けられない。
打つ手無しか……
「あれぇ、お前、シルフレじゃね?」
「……はい、お久しぶりです。バーラン様……」
食堂の傍らで見覚えのある黒髪の少女が居た。確か……
「おいおい、チビで平民で才能無しがこんな所で何やってんだよ」
「……すみません」
「あぁん? つか、お前入学成績、最下位だったんだなぁ〜?」
「……すみません」
丁度いい。手の開いている奴が居るでは無いか。全く盲点だった。
二人の中心に歩み寄ると少し周囲がざわつく。
視認できる距離まで近寄った。
「シルフレ=アルカナードで間違いないか?」
「……は、はい」
「次の授業内容は知っての通りだと思う、俺は現在組んでくれるペアが居ない。どうか、哀れな俺と是非ペアを組んで欲しい」
「ぇ、いや、その……」
「おい、お前……俺を差し置いて誰と話している?」
強気な口調。話を割って入った事は謝ろう。
「済まない。話の最中だったのか。てっきり野良犬が価値の分からない宝玉を手に取っていたかと思ったんだが、どうやら見間違えたようだ」
それを聞いた後、男は瞳孔を見開き、こめかみに幾つかの青筋を浮かべた。
「ウォーカー=バーラン。魔法学校第一学年一組、バーラン家を知って尚、その口をきくか? 今直ぐに謝罪し許しを乞うものならば、寛容に受け止め許してやろう」
バーラン家……
あぁ、思い出した。
あの下請け貴族か。お前の両親は揃ってファーレンハイト卿の配下で温泉街経営に使わせてもらってるぞ。
ミラがちょくちょく話に出すから覚えていたが、息子が多少腕の立つ魔法使いらしい。
「エリファス=フォード=ベルンハルト。名乗られたら名乗るのがポリシーだ」
「貴様があの首席だと……? ふん、まぁいい。どうせ噂に尾ひれついて色々と出回っているのかもしれない……。謝罪が無いならば、このウォーカーが確かめて見ようじゃないか。魔法具のひとつすら使わないのだろう?」
「あぁ、」
すると、ウォーカーは袖から杖を引き抜き杖を正面に構える。その間は周りには一瞬に思えただろう。クイックドロウと呼ぶに相応しい機敏さだ。
ウォーカーは二言程で詠唱を終えると、幾何学模様の魔法陣が杖を中心に空間に描かれる。
「喰らえ……」
十センチ位ある炎が出現。
加速し一目散に此方に向かってくる。
そこから、脱力しながら右手を差し出す。
魔素を圧縮、タイムラグ皆無の発射。
魔法の核に不可視の弾丸が直撃し火の玉はこちらに着弾する事無く霧散した。
その場に居た者、全てが起こった事を丸で理解出来なかった。
「気が済んだようなので、シルフレは借りていきますね」
強引にシルフレの手を引き食堂を逃げるように去った。歩幅の合わないシルフレの足取りが遅くなるのを掴んでいる手のひら越しに察し、ようやく歩みを止める。
「助けて、くれたんですか?」
額に垂れた髪が幾つか張り付いている。
「そうでもしないと嫌嫌ペアを組むはめになるだろう?」
窮地に陥り、手を差し伸べる少年は少女の目に眩く、人生において指で数えられる程、胸が高鳴った。
しかし、それは幻想だとばかりに踏みにじる少年の一言。さながらその言動は乙女の敵、悪魔とも捉えられただろう。
それでも彼に助けられた事実には変わりない。
だから振り絞った。
この人が私の手を引いた勇気か分からないけど、似たような感覚だったかもしれない――
「……ありがとう」
ここまで読んで下さってありがとうございます。
唸る、主人公最強タグ。バトル?にはなりませんがそこそこ作者的にはやりたかったシーンでもある第十三部。そしてシルフレはゆっくり育って行くのでは無いでしょうか。暫定ヒロインのティファニーは大人な過ぎて作者は逆に扱いに困ったり。その面はシルフレが成長録を見せてくれるでしょう。
次回、授業後半に入りますが、もしかしたら三話構成になったりします。
誤字脱字報告助かっています。