予習
ほとんど説明回です。
追記:2015/03/18四芒星で十字のピンバッジにしました。一から三が生徒、四つ星が教師という感じです。
「お前ら、今から一人一つづつ配るから襟に付けとけ」
リースは木箱から適当に鷲掴みにすると19組全員にそれを渡した。
星が1つあしらわれた銀製の土台のピン。
銀の四芒星。
大方、1学年である事を示すものだろう。
「明日から早速、授業始まるからな。あんまり浮かれてないでさっさと予習しておけよー」
と、本当に軽い口調でたしなめるリース先生。クラスメイトは次々にピンを襟につけてゆく。
確かに、入学して開放感に浸りたい新入生に対して厳格になるのも、如何せんどうかとも思うが、リースは根っからその気は無いのかもな。
気楽な先生で助かった。
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シルフレ=アルカナードは教室の傍らでリースの説明を聞き、手に口をあてがい、泣き出したい気持ちと、それからなる嗚咽を必死に抑えていた。
シルフレ=アルカナードは一言で言ってしまえば落ちこぼれ。不適合者とも比喩できる位に魔法が不得手だ。
明日から授業が始まる?
上の空とか言っている場合じゃない。自分の成績は最下位。まともに授業を受けているだけじゃ進級はまず不可能だろう。
貧しい家庭環境でも、両親は幼い頃に村に来た牧師が私には大きな魔力が伴っている、その一言で、生計を崩してまでこの学園に送り出してくれた。
両親の苦しむ姿を後ろから見ていた。その姿はシルフレの脳に焼き付いている。
そして、絶対に戻れない、と。
今更手ぶらで戻っても両親はきっと私の事を冷たい目で見るだろう。
簡単に見捨てるだろう。
それは分かっている。理不尽でも何でもない。正当性の伴った判断だ。だから自分がそうなる未来が安易に想像できた。
私はきっと魔法の才能がない。
魔力が在っても扱う才がない。
この王都に来て、何十、いや何百と周りを妬ましく思っただろうか。
魔法学校のクラスは貴族と平民は別れて別のクラスを形成される。故に周りは大差ない者が集まるものだと、そうすっかり思い込んでいた。
最下位でもある程度はポイントが溢れては来るのではないか、と。
そんな私は目を疑った。
同クラスの中心付近に席を取る、金髪の少年に。
シルフレも最初は、いや今に至っても何故彼がここに? と狼狽している。
入学式の挨拶をする者は試験で最もポイントをもぎ取った、首席であり、そんな存在は自分とは無縁だと思っていた。
大体、入学時の獲得点が自分と四倍近く離れているのだ。化物と言っていいだろう。
彼がこのクラスに居るということは上流身分でない事を意味する、賄賂などの類を使った入学は不可能だろう。
つまり『1,980』は彼の正真正銘の実力。
多分、誰も何も言えないだろう。
正直妬ましい才能だが、凄過ぎで余り俯瞰できない。進んで関わりたくない者の一人だった。
配布された四芒星を見ながら思った。
今、私はこの星を2つにする事で私はいっぱいいっぱいだと。
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入学式、本日は軽い説明で終わり、明日から本格的な授業が開始される。
リースは教室から去り、現在は放課後、と言うやつになった。
「おーいエリファス! お前、この後暇?」
アインが帰路に向かう俺の歩みを遮った。大方、その困った表情から何を言いたいのか予想がつくんだが。
「明日の授業の予習か?」
「ぶっちゃけると……そうだな。うん」
アインは、筆記試験で点が取れなかったとぼやいていたな。脳みそに筋肉がついてしまったのか。しょうがない奴だ。
「まぁアインには色々と教えてもらったしな、別に構わないが。あんまり頼り切りになるのはアインの為にならないぞ」
「あはは……すまんすまん、今回……くらいにしておく……」
……これは、また頼って来そうだな。
日が昇り、アインと共に未だ明るく照らされている教室を後にした。
近場でもあり、料理が余程気に入ったのか、店長の店に行く事に決まった。
勧めた店を気に入られるのは存外悪い気分ではないな。
失礼だが、アインとリンは平民ながらも金銭面では充分、工面出来ているらしい。確か二人の出身はフェアベルゲンの東、インスポートだったな。オルグレンの父、グリュウェン=アルフォードが駆け抜けた戦場である以外、特に耳にしなかったが。今では地方にしてはそこそこ繁盛する領地らしい。
いやはや、何事も二十年も経てば丸変わりするのだな。
「エリファスは明日の授業内容の噂、聞いたか?」
早速、アインは入店し席に着くと教科書を広げる前に話題を振る。
しかも、聞き捨てならない内容だからこれまた質が悪い。
「……知らないな、どこかで小耳に挟んだのか?」
「いや、まぁそれがよ。先輩がな言ってたんだがな、初日の午後はペアで授業らしいのさ」
「二人一組という事だな?」
「あ、あぁ。まさかだぜ……」
アインが危惧しているのは理解できる。
二人一組で魔法の訓練は珍しくない。と言うか二人の方が効率が良く習熟度も一人とは比べ物にならない。
『シンクロ』と俗に言われる魔術修練法である。
お互いに魔力を同じ物体に集中しコントロールする事で、自分の魔法がどれだけ作用しているかが分る、という原理の魔術修練方法。
対照実験法を応用した、憎たらしいが、俺と兄貴が開発した魔術修練法である。
『シンクロ』はメリットデメリットが釣り合っている。魔術修練に大変有効活用される反面、自分の魔力コントロールの力が相手に完全にバレる。ある程度の知識、経験則を持つ者なら第三者の視点からでも実力が手に取るように分ってしまう。
故に、『シンクロ』は戦場に置いて使い物にならない事が多い。相手に使う魔法を宣言しているのと変らないのだから。
「エリファスも勉強か……って、何だ? 魔法具の研究かそりゃ?」
おもむろに広げていたノートに目が行くアイン。茶髪頭の食い付くその姿に気押され、さっさと勉強しろ。とは言わないが。
「まぁそうだが、何か変か?」
「いや、魔具無しって言われてるくらいだからよ、てっきり興味ないんかと思ってたわ」
「それは門違いだな。魔法具はいわば作った者の英知だ。見ていて興味が沸かないわけ無いだろう」
アインはうへぇと言って少し目を引きつらせた。何だ、分からないのか。
と、そこへ、
「あれ? アインじゃん。何だ、二人共いたのかー」
「奇遇ですね。エリファスさん、アインさん」
店内に現れたのは制服姿のリンとティファニー。相変わらずティファニーは相手を懐柔するのが早い。魔法を使っている様子もないし、元来備わって生まれた能力なのだろうか。
「二人も宿題か?」
「なわけないじゃん、アインくらいでしょ。最初っから人に頼らなきゃいけないの」
「エリファスさんなら問題ないですね」
そう言われたアインは、反論出来る筈もなく苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。さっさとやれ。
アインと向かい合う席に俺とティファニー、リンはアインの隣の席位置に座る。
「え? エリファスのノートに描いてあるやつって魔法具の解体図?!」
「良くわかったな、リン」
「いやいや、良くわかったな、じゃないでしょ。これだけ内蔵魔法陣が分かってるなら、杖とか作れちゃったりするの?」
「二系統対応スペックの魔法具なら作れるよ。内蔵魔法陣が作用する仕組みは割りかし簡単だし。ただ、杖とマント以外は手を出して無いからどうだろうね」
感心する向かい側の二人を他所に、ティファニーはノートと俺を視線で往復した。
「内蔵魔法陣って、確か呪系統の呪刻魔法が使えないと出来ませんよね……まさかエリファスさん呪系統も使えるんですか?」
「まぁ、使えない事は無いかな。でも霊刻魔法は使えないよ。あれはちょっと無理」
「ま、まて。何だその霊刻魔法ってのは?」
これはいけない。ひとり会話についてきて無かったようだ。
察したティファニーがアインに向かって説明をする。
「刻印魔法は大きく分けて二つあります。どちらも魔法具の内蔵魔法陣を刻む時に使用する刻印魔法ですが、1つ目は『呪刻魔法』と言われていて、呪系統の刻印魔法で鍛錬を積めば基本系統が合えばに誰でも出来ます。2つ目は生体エネルギーを術式に直接刻む『霊刻魔法』です」
「……刻印魔法に二種類あるのは分かったが、具体的に何が違うんだ?」
「そうですね、二つはまず発動する魔法の系統も威力も違います。『呪刻魔法』は無系統を除いた六系統に作用しますが、『霊刻魔法』は無系統魔法のみに作用します」
アインが首を縦に振る様子から納得したらしい。
ティファニーはどうだと言わんばかりにこちらを見詰める。しかし、その様子に傲慢さは微塵も感じられない。いたいけな少女の努力して汗をかいた後のように清々しい。
「流石はフォーケン家のご令嬢。教養がなってますね。アイン、付け加えるなら『霊刻魔法』は今、この国で使えるのは俺の知ってる限り二人しか居ない。無系統魔法に対応してる杖が無いのはそう言う理由もある」
「二人しかいねぇのかよ……。使える人はそりゃ凄いな」
……前は三人居たんだがな。
師匠、俺の兄貴、師匠の母は『霊刻魔法』の使い手であった。
魔法具制作企業ラビットが執拗に師匠を引き止めたのは彼女が霊刻魔法を使える背景が合ったことは否めない。
『霊刻魔法』は無系統魔法に作用出来るだけでなく、威力もお墨付き。その辺の魔法具は比べ物にならない。
そして『霊刻魔法』は事実上、刻み込める魔鉱石がひとつしか無いと言われている。しかもその魔鉱石の産出場は耳にした事がない。精々、混ざり物で出て来るくらいで全く量が取れない。
「というより、アイン。さっさとやらなくて良いのか?」
「エリファス……お前が面白そうな話題振るからだろがーよ!」
「はいはい、言い訳しなーい。さっさとやるの!」
「御二人は仲が大変良いのですね」
ティファニーの極めつけの一言でアインは何かから逃げる様に勉強へ走った。
逃避行と言う奴だな。
次回位からバトルシーンが入ってくるかもしれない。分かりません。でもそろそろバトルシーンの熱い感じが恋しい。
アインは、馬鹿ですけど漫画キャラの様な脳内筋肉では無いはずです。次回は授業編になります。
タグに主人公最強みたいに付いてますけど、後半はかなりハードボイルドな方に持ってきます。
作者《……そろそろご都合主義タグ付けようか真剣に悩んだ》