入学準備 ③
かなりご都合主義展開です。そう思って深く考えずに読んで下さい。
翌日、俺は明朝の馬車に乗り西へ向かった。
昨日から今朝にかけて徹夜で物件を探していた所、やっと良い物件を見つけたと思ったら、何やらファーレンハイト卿の別荘予定地らしい。
要は譲ってもらえないか、という算段。
理由は定かで無いが、その別荘は周囲含めて、破格の立地条件なのにファーレンハイト卿が管理していて誰も住んでいない。
安直な考えかも知れないが、交渉次第では理想の我が家を確保出来るかも、と言うおいしい話。
と言うかファーレンハイト卿には論文資料を渡した時点で一定の行動制限を付与した隷属魔法を掛けてしまっている。別荘予定地を強奪する気はないが、口封じなら隷属魔法だろう。しかもバレない様に隠蔽工作をしてあるから多分向こうも気付いていない。
今日は魔法学校の制服を着るのも面倒なので黒ローブを無頓着に巻いている。
家を買う動機はやっぱり魔法だ。二十年隠居していると、魔法以外の技術、周囲の変化が目覚ましい。
ただ漫然と学園生活を送る分のは、やはり釈然としない。未知の魔法、技術が目の前にあると分かってしまうとどうしても手が動く。性というやつか、昔からそうだった。
故に、自分の欲望の為に一定基準を満たす研究施設は欠かせない。
以前まで、いや今に至っても論文資料を読んで研究して三日三晩寝ずに没頭する事はそう珍しい事では無い。そう言えば、国家官僚や側近を担っていた時もその胆力を買われてた気がする。
師匠には完全な変人とまで言われたし、俺は変な奴なのだろうか、うん、変人なのかもしれない。
最近は、研究が制限されて意識する機会が無かっただけか。
馬車の運賃を払いファーレンハイト領最寄りで下車し、帰りの時刻表を見ておく。片道一刻、二時間の旅だ、乗り遅れたりしたら翌日を迎える羽目になる。
「ここがファーレンハイト領……田舎とは思えないくらい市場に活気があるな。これも領主の采配の賜物ってわけだ……」
王都の人口密度は無いが、街の活気で比べればそれ程に引けを取らない。商業の基盤が成っている証拠だろう。
一時間ほど市場や魔法具店等を歩き回っていればそれ位は把握できる。
するとそこにタイミングを見計らったかのように、
「おぉ……これは、これは。エリファス様ではありませんか」
「ファーレンハイト卿……」
「いやいや、お越しになるなら事前に一声掛けて下されば、此方で迎えを出しましたのに」
「いえ、そこまで厄介になる訳にはいきませんから。と言って置いて何ですか少し話を聞いては貰えないでしょうか?」
「構いませんよ。むしろどんどんお話を持ちかけて下さいな」
ファーレンハイト卿の意向もあって結局、邸に連れられる事になった。まぁあんまり聞かれて良い話でも無いしな。
✳
「王都にある別荘予定地を譲って欲しい……ですか」
ファーレンハイト邸の謁見の間にて話を通した。
ファーレンハイト卿は少し迷った表情をしている。
「あの予定地の管理権を譲渡しても構わないのですが……済みません、あれは王都にある温泉街の領地経営する者に与える予定でしたので……エリファス様にお譲りしたい所ですが、そうしてしまいますと何分迷惑が掛かってしまうかと」
成るほど……そういう事か。あそこは温泉街の領地経営の中心軸にする予定だったのか。どおりで目星い立地条件が整ってる訳だ。
ならば、ここで手放すのは勿体無い。
丁度、空き家なのだろう?
「ならば私がその経営者の補佐役となっては如何でしょうか?」
「え? いや、その……いいのですか?」
「でしたら、温泉街を繁盛させる変わりに別荘の居住権を私にも貰えれば結構です」
「……それはエリファス様に迷惑な話にはなりませぬか」
「いえ、あれ程の優良物件、タダで受け取ろうなど愚の骨頂。しかし一つだけ条件があります。どうでしょう、取引しませんか?」
交渉が傾きかけた所でカードを切る。タイミング的に条件を突き付けるのは今がベストだろう。
ファーレンハイト卿が静かに生唾を呑み込む音が聞こえたのち、コクリと頷いた。
「繁盛した結果、私に向けられた爵位などの件は全て拒否して下さい。私はあくまで表立った経営者を裏で手助けする存在だけに留まります。地位など今の私にとって、全く必要価値の無いお荷物同然ですから」
「……当然です。エリファス様がそう望むのならば私達はそういった申し出を全て押し切りましょう。しかしそうなると経営者を誰にするか、という問題が出てきますな……」
少し不安の雲をただ寄らせているファーレンハイト卿だった。
やむを得無いか……
「ファーレンハイト卿、確か次女が騎士学校に入学なされていますよね。どうせなら社会勉強を兼ねて経営者に立てては如何ですか? 勿論、全力でサポートさせて頂きますよ」
「我が娘、ミラの事をご存知で……?」
ミラ=カーティス=ファーレンハイト。ファーレンハイト家の次女、騎士学校の第二学年にして入学時の成績は次席。常に騎士学校女子生徒の中核に位置しており、性格は比較的温厚、生徒会副会長を務める程に責任感が強い。最適の人材だ。研究の邪魔はしないだろうし、温泉街では仕事もある程度自分でこなせる筈だ。徹夜で調べた甲斐があった。
「えぇ、報告が遅れましたが、私も今年度魔法学校の新入生となります。色々と融通が効くでしょう」
「そ、そうですね、エリファス様の教授ともあればミラにも良い経験となりましょう…………」
「心配せずとも経済歴に恥じるような結末にはしませんし、経営者によって集ろう羽虫は排除してやります」
「はい……では何卒何卒、宜しくお願い致します」
ペコペコ頭を下げるファーレンハイト卿を傍らに、この後、従業員の資料、温泉街の企画書に全て目を通す。山の様な資料だったが一時間もあれば大体アラが出てくる。経営の目処も立った。
管理する温泉街の広さは中々の物だったが、国という規模を動かして来た俺にとって温泉街のひとつ、赤子の手をひねるのと差異ない。
ファーレンハイト卿は市場経済の活性化は得手とするようだが、維持運営に関しては少し不得手と見える。管理基準がちぐはぐしている。
これから温泉街を含めた周囲の顧客情報、施設の配置、費用の抜けを探して足りない部分を全部変える。
全く、久し振りだしな、相変わらずこの作業は肩がこる。まぁ最良の別荘が手に入るのだ。全力でやらせて貰おう。
✳
羽ペンを羊皮紙に走らせていると、いつの間にか空が白み朝になっていた。
数種混じった家畜の鳴き声が、窓から抜けて部屋の中に響く。
帰りの時刻表を見た意味が無くなった。二日連続で徹夜か……流石に瞼が重い。
鏡を除くと目元に薄っすらと、くまが出来ている。
取り敢えずファーレンハイト卿に企画を含めた資料を全て渡した。
ペラペラとめくってそれらをひと通り眺めている。
「素晴らしいです……これが敏腕国家官僚の腕前ですか。落とし穴というか盲点というか、経験の差ですかね……」
「温泉街とは言え全部が全部同じ湯では幾ら何でも客収集率が悪いですからね、ところどころに違った効果のある湯を設置するだけでも客は飽きませんよ」
どこ行っても同じ味付けの料理じゃ胃もたれするのと同じだ。何か違う刺激があるだけで全体的な需要は向上する。
「それに各地の特産品を使った別個の売り場も指定してあります。後、簡単な作業方法と細かい配置などは書類にまとめてありますから、現場の人に渡しておいて下さい。明日からにでも実践すれば、年内にはフェアベルゲン優数の温泉街になるでしょう」
「はわわわ……あ、あの、本当に別荘ひとつでここまでして貰ってよろしいのでしょうか?」
「拘りって言うかプライドでしょうかね。一応これでも元官僚ですから、出された仕事だけして『はい終わり』って言う気は、更々(さらさら)無いですし。まぁまた何かあれば協力お願いしますよ」
そんな事より今すぐ寝床に着きたい。本当、睡眠時間を削ってまでやる事が領地経営とか、昔と変わらないな……。
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、何でも……あ、あと何人か温泉街の人を集めて俺の企画書に対する審議会を開いて下さい、必ずです。それと別荘への引っ越しは三日後にします、準備の方を宜しくお願い致します」
「承りました。……しかしこれ程完璧な企画、資料、手直しする必要がありますかな?」
確かにな、そう思うのが普通だ。俺の企画書が不完全なんて絶対に言わせないし、そんな手抜き工事やる訳けがない。
でも、ファーレンハイト卿、それだからあんたは二流止まりなんだ。
「独りより多数です。何があっても独りの思考回路は大人数の主張には勝てません。俺の企画書を現地の人のやりやすい様に変えてもらって構いませんので絶対に現地人と意見交換をして下さい。その方が不満も少くて済みます」
正直、俺は国家官僚や側近の仕事は嫌いじゃなかった。いけ好かないのは周りだけだった。
どれだけ俺が睡眠時間を削って練りに練った案でも、多勢の主張を前にしては呆気なく飲み込まれる。
土砂降り上がりの河川を逆流するのに似てる。
多勢の使い方はクソ兄貴の方が何枚も上手だったしな。思い出すだけで胸糞悪い。
……いかん、いかん。いつの間にか言葉が汚くなってる。
しかしまぁここで寝るのは疲れが溜まっているとは言え、如何せん良くない。なるべく貸しは作りたくないし。仕方ない、宿を取るか。この体調に旅疲れとが重なったらとても耐えられそうにない。
✳
場所は変わり王都、時はエリファスが作業を終える頃。魔法学校から歩いて五分足らずの所に位置するアンティークな木造レストラン。
その扉の前には、朝靄には似つかない少女の姿。ミハイ=ルージュである。
「まぁ、鬼が出るか蛇が出るか、入ってみなきゃ分からんな」
木製の戸を開ける。
「すいませんまだ開店して……って貴方は……はは、やっぱりバレちゃってましたか……まぁ取り敢えず座って下さいな」
「国境警備隊が何でこんな所で店長なんかやってんだか」
「国境警備隊ってそこまで調べちゃうんすか……元団長さんも侮れないっすねー。まぁご存知、昔の話ですよ」
笑いで誤魔化す店長と名乗る男は、開店前の店で、ウッドチェアに腰をかけて悠々とコーヒーを飲んでいた。
カウンター席で、店長とひとつ席を明けミハイも座る。
「何にしますか? 奢りますよ」
「ふるーつの甘い奴がいいな」
「畏まりました」
店長がそう言うと、何時もはホール担当、石造りのゴーレムが動き出しチャカチャカと音を立てて作業を始めた。
「お前さんの今の本業はなんだ? さしずめフォーケン家の令嬢のお守りってのが妥当だと思うんだがな、仲が良かったのか?」
「んー……そうですねー。そんな感じの依頼はフォーケンの当主から受けてますよ。勿論、内密にですけどね。ただまぁお譲ちゃんとは昔からの仲だし、こっちが護衛してるって知らない以上、近所のお兄ちゃん位にしか思ってないんじゃないですかね?」
ミハイは出されたドリンクを両手で抱える様にして呑んだ。
「ティファニーが身分に拘らないのはお前さんの影響か」
「はは、かもしれません」
「ふん。騎士学校のエリートが店長兼お守りとは……。そういやお前さんは、最終的なポイント幾つだったんだ?」
「どうでしたかね、俺は途中で学校辞めちゃいましたし、多分七千とかそん位じゃないですか?」
ミハイは、コトっとゆっくりカップを置くと店長の方へ向き直る。
「勿体無いことをしたと思ってないのか」
調査資料が正確ならばこの店長とやらは三学年にならずして騎士学校を中退している。進級ボーダーラインが三千ポイントであるならば七千ポイントは異常だ。近距離格闘戦ではエリファスを凌ぐ可能性がある。
「何がです? 傭兵に身を落とした事をですか? なら後悔はしてませんよ、ほら俺とびきりのバカですし、身体動かしてやりたい様にやるのがいいんすよ」
「ククッ……言い訳になっとらんわ。流石に行き過ぎたシスコンは隠しきれないか」
令嬢を守る為に、魔法学校の前に店を構え、恐らくこの店の料理の再現度からして、血の滲むような修行をした結果ゆえの賜物と言うことは瞭然である。弟子の事と言い店長の事と言い、私の周辺は変態まみれだ。
「傭兵といえば……あのエリファスって言う兄ちゃんも兵士だって言ってましたか。ミハイさんは、俺にあいつと喧嘩しないように忠告しに来たんですね?」
「そうだな……あんまりアイツにちょっかい出すなよ。収集がつかなくなるからな」
「判りました。でも俺、シスコンじゃないですよ」
店長も思わず苦笑する。エリファスって坊主は間違いなく強い。正面切って戦ってくれる相手じゃないだろうな。
「そう言えば……この間、ティファニーは気になる男がおると呟いていたな」
ガジャンッ
「……おい、分かり易すぎるだろ」
今回の話で大体主人公、エリファスの性格がはっきりしてくると思います。(どうか伝わって欲しい)
変人の巣窟みたいな回になったり、まだ本編、学園編に入ってないのに読者様の力あってか日間一位に鎮座しています。畏れ多い……
作者は経済学てんで駄目です。というかバリバリの理系なんで間違いとか、指摘あれば報告宜しくお願いします。すぐ専門機関で調べます。
因みに店長の経歴は騎士学校生徒→傭兵→国境警備隊→現在みたいな感じです。