【ゾンビ8/21】
【ゾンビ8/21】
毎日の食事は質素だった。お湯に醤油を入れただけのような出汁もとっていない汁に、小麦粉を溶かして団子にしたかたまり、そして、乾燥野菜か何かの屑。すいとんの作り方を知らない人間がすいとんを作ると、ちょうどこんな感じになるのではないだろうか。
だが、そんな食事でもそれが朝と晩にしか与えられないとなれば、どんな味だろうととにかく必死に食べるのだった。
「おい、なんかいいにおいがしないか?」
「本当だ!」
「これは味噌汁のにおいだぞ!」
質素な食事のためか、誰もが食べ物の匂いに敏感になっていた。廊下のほうから流れてくる味噌汁のにおいには僕も気が付いた。たぶん錯覚だろうが、ご飯のにおいも嗅ぎ取れた気がする。
「おい、向うの部屋では味噌汁がだされているみたいだぞ!」
「こっちにはないのか?」
「どうして、こっちには出せないんだ?」
「おい、こっちにも味噌汁を寄越せ!」
味噌汁のにおいに色めきだって、どの部屋でも、食事の差ししれ口からみんなが手を伸ばし、むなしく宙を掻いた。大の男たちが、身を重ねて押し合いへし合いしながら、みそ汁を寄越せと手を伸ばす。
まるで、ゾンビだ。生者の肉を求めるゾンビのように、皆が皆、届くはずのない手を伸ばしている。しかし、僕は思った。ああ、あれは、出荷前に最後の食事をさせているんだなと。案の定、彼らはその日のうちにどこかへ連れていかれた。
僕はその日の夕方、食事を我慢した。あることを思いついたのだ。そして夜になり、みんなが寝静まった頃、僕は眠らずに一人起きていた。いつもは、夜はすぐに眠くなってしまって、いつの間にか朝を迎えていたのに、今日は眠くならずに済んだ。
どうやら、夕方の食事には薬が盛られていたらしい。なるほど、これでは誰も脱走を企てたりできないはずだ。
僕は慎重に行動を開始した。一晩で脱出できるほど、刑務所はやわではないだろう。でも、なにか脱出口を探せるかもしれない。夜中は薬で眠らせるぐらいだ。監視も甘いだろう。
「ううう・・・」
僕が壁を調べていると、その壁の向こうからすすり泣きが聞こえてきた。誰か起きている人がいるのか。
「もしもし、誰か起きているんですか?」
「ひっ!」
「心配しなくて大丈夫です。僕は、となりの牢の人間です」
「となりの?」
壁越しの会話はもどかしかったが、粘り強く話した結果、相手が八木田というサラリーマンだとわかった。出張先でゾンビ災害に遭い、自宅を目指して徒歩の旅を続けていたところ、無法者に捕まったらしい。
無法者は知能のあるゾンビと繋がりがあり、八木田さんは無法者に物資と引き換えにゾンビに売られたという話だった。「娘に、娘たちに会いたい。妻との約束なんだ」会話の途中、八木田さんはこの話を何度も繰り返した。
「脱出しましょう、八木田さん」
「出来るのかい?」
「今、考えてるところです」
僕は、この日、味方を一人得た。
私はその日、適当な民家の寝室で夜を過ごした。夫婦の寝室だろうか、ダブルベットがあったのでそこで寝ることにした。ついでに、タンスからネグリジェも失敬する。
どうせ、家主には不要の物だし。このベットを使用していた妻のほうは、庭でぐちゃぐちゃにつぶれていた。たぶん、ゾンビになるのがわかって、自分で命を絶ったのだろう。
では、旦那のほうはどうしたのだろうか? まあ、子供部屋もあるようだし、子供と一緒に逃げているだろう。そんなわけで、私はダブルベットを一人で占有し、快適な睡眠を得ることができた。
翌日、私は快適な朝を迎えた。夏の暑さも収まってきて、涼しい風が吹いている。ベットの上で私は軽く背を伸ばし、そしてやわらかい二つの違和感に気が付いた。
「ママ・・・」
やわらかいものの片方が寝言を漏らす。
私の体には、二人の女の子が抱き着いていた。この家の子供? それとも、浮浪児だろうか。事情は知らないけど、このゾンビ感染をこんな子供だけで、よく今日まで生き延びれたものだ。私は、二人の子供の頭をそっと撫でてあげた。
「かわいいわね。食べてしまいたいくらいに」




