【ゾンビ8/14~8/20】
【ゾンビ8/14】
日に日に、避難所の状況は悪化していた。今朝、僕は強盗にあった。配給の食事を受け取り、おちついて食事ができる人気のない場所にいたのが間違いだった。いきなり殴られて、食料を奪われた。
そもそも、最初のうち、僕が体を休めていた体育館の自分のスペースは、ちょっと離れているうちに、知らない家族に場所を奪われた。それを人に訴えても、「君は若くて元気だろう? あの家族に譲れ」と言い返された。
おかげでこのざまである。最初は、家に立てこもっていた人たちも、こうも避難が続いていると、さすがに孤立と物資の不足から避難所に逃げてくるようになった。避難所は、たちまち人であふれるようになった。
災害が起きた場合に指定された避難所は、実は地域の住民を全員は受け入れられないようという話がある。こんな事が起きる前は気にしてもいなかった。まさかこんな事になるとは思わなかったのだ。
最初は、避難所にいればそのうちなんとかなると思っていた。しかし、それではダメかもしれない。避難所から出て、一人で生き抜く道を見つけないと。
【ゾンビ8/15】
ある避難所に、バスの一団がやってきた。
「ここの責任者は誰ですか?」
防毒マスクで顔を覆った自衛隊員が、そう言った。
「私がそうです」
疲れ切った表情の責任者、市の防災職員が答えた。
「政府の命令で、みなさんにはより安全な場所に移動していただくことになりました。移動のためのバスを用意したので、みなさん、荷物をまとめてください」
隊員の言葉に、責任者は不安を感じた。
「なにか、この避難所に問題でも?」
「いえ、ご心配になる必要はありません。しかし、ゾンビ感染が落ち着かない現状では、避難所の分散は物資の供給を滞らせるので、避難所を統合することになったのです」
「そうでしたか」
説明を聞いて、責任者はほっとした。
避難所の外は、荒廃した世界だ。ゾンビ感染の初期の混乱時に、あちこちで事故を起こした車両が放置されている。救難所に支援物資を運ぶトラックが、のろのろとがれきを避けながら進んでくるのを、いつももどかしげに窓から見ていたのだ。
それともう一つは、統合された避難所にいけば自分より上の立場の役人がいるはずだ。彼は末端の役人であり、当初は使命感に燃えていたものの、さすがに収まらないこの事態と、日々、不満を募らせていく避難民たちの板挟みに苦しんでいた。
ようやく、重荷から解放される、と責任者は思った。
【ゾンビ8/16】
避難所を移動することになった。観光用のバスに、ぎゅうぎゅうと詰め込まれ、僕らは新しい避難所に移動することになった。
ごとごと、揺られること数時間、着いた先は、高い壁に囲まれた刑務所だった。
確かにここなら安全だろううが、しかし、どうもしっくりこない。刑務所の収容人数が何人かなんて知らないけど、新しい避難所とするほど収容人数がるのだろうか?
僕らをここに連れてきた自衛隊員は、新しい避難所である刑務所内でもマスクを取ろうとしなかった。どうも怪しい。あんな暑そうなマスク、安全地帯に入ったら取りたいと思うだろう。それとも、ゾンビ感染は空気感染なのだろうか?
考えるときりがない。それはともかくとして、僕らは食堂に通された。パンとインスタントスープを水で溶かしただけの質素な食事が提供される。説明では、このあと、それぞれ個室に移動になるらしい。
僕は空腹に耐えられなかった。
久しぶりの食事にパンを左手に掴み、パサパサのパンを噛み、スープの皿をもう一方の手でつかんで、のどに流し込み、パンを嚥下した。
うまい、なんてうまいんだ。
僕は夢中で食べた。避難所では量の少ない食事しかとれず、さらにそれを奪われたりしたのだ。僕は、あっという間にパンとスープを食べつくした。腹がくちくなったせいか、急に眠気が襲う。
どさりどさり、がらんがらんと、周りの人間も食べながら、テーブルに倒れこんだり、スープの皿を下に落としたりして、大きな音がした。しかし、それでも騒ぎが起こることなく、やがて食堂が静かになる。
「よし、ショクリョウを独房につれていけ」
意識を失う瞬間、僕は食堂ですらマスクを外さない自衛隊員たちがそんな事を話しているのを耳にした。一体、これはなんなんだ。
【ゾンビ8/17】
その避難所は無人だった。ゾンビ感染の隔離のための避難所のはずが、避難所内での感染の発症により壊滅状態になった、そういう話はよくあった。
ゾンビ感染が夏での出来事でなければ、もう少し事情が違っただろう。夏の暑さは、衛生状態を維持するには最悪の状態だった。おまけに、昔と違って、最近の夏は異常な暑さが続いている。昔は、盆の時期を過ぎれば、徐々に涼しくなってくるはずだった。
そんな劣悪な環境下で、避難所をこっそり抜け出して、廃墟となった街から物資を調達し、ゾンビと遭遇して感染を避難所に持ち込んでしまうケースが多く発生していた。
この避難所もダメか、誰もがそう思った。
「仕方ない、次の避難所に移動しよう」
補給物資を運ぶトラックは、次の場所に向かって出発した。
【ゾンビ8/18】
外はとても静かだった。
世界が滅ぶというのは、こういうことなんだなと私は思った。ゾンビの感染率は、そろそろ半分を超えただろう。でも、もう世界は終わったも同然だ。
映画や漫画のような流血騒ぎは、感染の初期の話で、今は、動いている存在自体がまれだ。
どこかの誰かが、「中国で核爆発」なんて不謹慎真な動画を作成してネットに流していたけど、いずれ、それは事実になるはずだ。その時には、その動画作成者も画面の向こう側で笑ってはいられなくなるだろう。
画面の向こう側で、神にでもなったつもりでいるその動画作成者が、本当の世界の終わりを知る時、いったいどんな顔をするのか、私は見てやりたいと思う。
【ゾンビ8/19】
「再稼働しかない!」
「反対だ!再稼働などとんでもない!」
政府の特別委員会では原発を再稼働させるかどうかについて、激論、というよりは感情的な議論が取り交わされていた。ゾンビ感染から一か月、輸入が途絶えた現在、火力発電所を稼働させる燃料は残り少なくなっていた。
「もし、大規模な地震が発生したら、どうする気だ! この状況では事態を収拾できなくなるぞ!」
「大体、再稼働するにも、誰が動かすんだ。避難所から人間を募集するにしても、原発周辺の避難所から募集する事になるから、反対運動が起こるぞ」
「だったら、自衛隊を動かせばいいだろう」
「原発の再稼働をそんなに簡単に考えないで頂きたい。自衛隊は何でも屋ではないんですぞ」
特別委員会のメンバーの発言を聞きながら、首相はこの委員会をどうまとめるか、頭を悩ませた。電力はどうしても必要だ。水力や太陽光などの自然エネルギーでは足りなすぎる。
現在、最優先で電力を供給しているのは医療研究所だ。ゾンビ感染から半月以上過ぎて、これがウィルスによるものだということは判明している。今、全力でワクチンの開発が行われている。
ワクチンが完成すれば、このゾンビ感染を駆逐できる。そのためには、きたるべきワクチン増産の時のために、十分な電力を確保しなければならない。原発の再稼働もやむなし。首相はすでにその判断を下していた。
【ゾンビ8/20】
僕らは、牢屋に入れられていた。一体、なぜ? 知能あるゾンビ? 突然変異?
僕らを牢屋に入れたのは、新しい避難所に移動すると言って、僕らを刑務所に連れてきた自衛隊員達だった。その正体はゾンビだった。
ここにきて、最初に与えられた食事に、睡眠薬が仕込まれていたのだ。こうしてまんまとゾンビたちに囚われた僕らは、家畜のように牢屋に放り込まれた。
ゾンビのための食料。僕らはゾンビに管理され、ゾンビの必要に応じて出荷される。人間の最大の用途は、もちろん食料だ。ただ、ごくわずかに、ゾンビのペットとして連れていかれるものや、闘鶏ならぬ闘人用に連れていかれる人間もいるらしい。
僕はペットには選ばれないだろうし、闘人にも選ばれないだろう。となると、ゾンビどもに食われるその日を待つことになる。
ゾンビたちはどうやって人間を食べるんだろうか。生きたまま腹を裂いて、臓物を綺麗に盛り付ける生け作りだろうか。人間が魚を刺身にするときに良くやることだが、自分がそうされるのは、あまりいい気分ではない。
なんとかして脱出しよう。僕はこれまで、なかばどうでもいいやと思っていたが、死の実感が僕の心に意志の火を灯したようだった。