【ゾンビ8/7~8/12】
【ゾンビ8/7】
ここは避難所。時刻は夜の10:15 疲れ切った人々が早々に眠りにつく。ゾンビの発生から7日が過ぎた。当初はひどいものだったが、今は小康状態になっている。最初はネットの釣り記事だと思った。だが、事実だった。ゾンビの発生は・・・
最初のゾンビが発生したのは、確か8/1だったと思う。それから一週間、ゾンビ感染は拡大を続けた。今、世界には三つの人種がいる。ゾンビ、避難民、そして避難所の外で好き勝手する無法者だ。
映画やゲームの世界では、無数のゾンビとそれにおびえる避難所の大勢の人々というのが一般的だ。だが、現実にゾンビ感染が広がった世界で、ゾンビを恐れず好き勝手に略奪やゾンビ殺しに明け暮れる無法者が現れたのは意外だった。
【ゾンビ8/8】
今日も一日が終わった。いまだに、ゾンビ感染は終結の糸口を見せない。避難所の物資は不足気味で、夜中に避難所の外に物資の調達に出かける者が後を絶たない。彼らが、感染して戻ってくるようなことがなければいいのだが。
避難所生活は今日で三日目だ。幸い、手帳とペンを手に入れたので、なるべく、色んな事を書き残そうと思う。まず、ゾンビについて。噛まれると感染する。逆に返り血を浴びても感染した例はない。あるいはないだけか。
感染すると数時間でゾンビになる。ゾンビになったばかりの状態では、運動能力がほとんど損なわれず、走って人間を襲ってきたりする。ゾンビ化というより狂暴化といったほうがいいぐらいだ。このせいで、爆発的に感染が広まった当初は犠牲者が多く出た。
感染の進んだゾンビは、やがて動きが緩慢になる。感染の原因であるウィルスか何かが、細胞を破壊していくのかもしれない。この騒ぎが起こってから、現在のゾンビはそんな状態になる。そのおかげで、今の小康状態を守れているわけだ。
現在の状況が続いてくれれば、やがてこのゾンビ感染も収まってくれるだろう。もう少しの辛抱だ。さて、今日はもう寝るとしよう。一応、電力はわずかなながら供給されているし、一日に一度、緊急放送も流れる。少々、物資は不足しがちだが。
そろそろ寝るか。時刻は10:04 昨日より少し早いな。
【ゾンビ8/9】
ゾンビ感染の発生から9日目、政府はその対応に追われていた。日本国内での感染は約3割。人口比でみれば、感染者のほうが少ない。
通常のパンデミックと同じく、感染を避けるために外出禁止令が出されていた。しかし、都心部などでは、食料等の備蓄がない家庭が多く、避難所が設けられていた。
このまま、感染者の隔離処置が進めば、遠からず秩序の回復が図れるはずだが、問題は、それにどれくらいの期間がかかるかだ。海外でも同じような状況である以上、備蓄燃料などは一か月もすればなくなってしまう。
農業、漁業、畜産なども当然ストップしているし、工場も操業を停止せざるを得ないために、いずれ、トイレットペーパーやティッシュのようなものですらなくなってしまう。その時、秩序の崩壊が始まるだろう。
感染者の隔離、避難所への食料他生活必要物資の供給、孤立者の救援。今のところ、すべてうまくいっていた。遠からず、日常を取り戻すことができると、この時、首相は考えていた。
【ゾンビ8/10】
ある都市の道路を、自衛隊の車両に先導されたトラックの車列がゆっくりと進んでいた。避難所への物資を輸送する一団である。
先頭車は、目的地の小学校の前に着くと、ライトを点滅させ、合図を送った。
隊長:「おかしいぞ。誰も人がいないようだ」
救援物資を運ぶトラックの到着は、どこの避難所でも、大歓迎される。みんな建物の窓から身を乗り出して手を振ってくるのだ。
隊員:「かなり避難生活が長引いていますからね。疲労がたまっているのでしょう。あ、ほら、合図を返してきましたよ」
隊員の言葉通り、小学校の門のところに、陸上自衛隊員の隊員が現れ、ライトで返事を返してきた。
隊長:「よし、行くぞ」
門のところの隊員は、トラックが動き出すと、門扉を動かして、車が通れるようにした。全部で10台のトラックが小学校の校庭に留められた。
隊長:「なぜ、誰も出てこない?」
どこでも物資は不足しているのに、救援物資が届いても、誰もそれを受け取りに来ようとしない。嫌な予感がした。隊長は周囲を見回した。何かおかしいものはないか、校舎の一階の窓をひとつひとつ眺めていく。締め切られた窓、こんなに暑い夏なのに。
発電所は稼働しているとはいえ、クーラーを使えるほどの電力はないのだ。締め切った窓の中で、避難所の人間は何をしているのだ。その時、人のうめき声が上がった。一人のものではない、大勢の唸り声だ。
隊長の嫌な予感は当たった。体育館、そして校舎からゾンビたちが津波のように押し寄せてくる。この避難所は、全員ゾンビ化したのだ。早く撤収しなくては、そう思った隊長は、さらに驚くべきものをみた。先ほど門を開けた隊員が、トラックに乗り込んでいる。
その隊員もやはりゾンビ化していたのだが、そのゾンビ隊員が、トラックに乗り込み、それを運転して門を封鎖してしまったのだ。すぐに、そのゾンビ隊員は撃ち殺されたが、ゾンビにトラックを運転する知能が残っているとは意外だった。
隊員:「隊長!」
隊員の声に隊長は我に返り、慌てて指揮車である小型装甲車に乗り込んだ。すぐそばまで迫っていたゾンビの手をすり抜け、ドアを閉める。隊員は、ドアが閉まるか閉まらないかのところで、装甲車を急発進させた。
小型装甲車は、トラックでふさがれた狭い校庭をぐるぐると逃げ回る。そしてそれを追いかけるゾンビ。絶望的な鬼ごっこが始まった。
【ゾンビ8/11】
妻から、メールが届いた。文面は短かった。
「あなた、ぶじ?」
「大丈夫、僕は無事だよ」
僕はそう返信した。どうして、僕はこんな大事な時に家族の元にいてやれないのだろう。せめて、出張がなければ、歩いてでも家に戻ったものを。
「よかった。こどもぶじ、二階、食料ある。はやく戻って」
僕は妻のメールに疑問を感じた。とりあえず、安全な場所にいるなら、自分たちの状況をきちんと伝えてくるのではないか? 妻のメールは、なにかのっぴきならぬ状況で送っているように感じる。
「すぐ戻るよ。それまで頑張って」
僕はそう返信した。たぶん・・・何か良くない事が起こっている。
「はやくもどって、こどもだけ。あなただけが頼り」
妻からの返信を見て、僕は気が付いてしまった状況に、涙を流した。電話、電話がつながってほしい。妻の声が聴きたい。
「必ず戻る。絶対戻る。それで、この騒ぎが収まったら、約束していた旅行に絶対に行こう」
僕はそうメールした。
「ごめん、わたしむり」
わかっていた。わかっていたけど、やりきれない返信に、僕はいつの間にか涙を流していた。
「おねがい、はやくもどって。こどもにかい」
妻のメールを読んで、僕は彼女の思いにこたえなければならないと思った。
「必ず戻る。だから安心して」
「ありがとう」
「愛してるよ」
「私も」
これ以降、妻からのメールの返信はなかった。電話は無理だけど、メールは出来る環境で、妻とのメールのやり取りだけは出来なかった。もしも、子供がいなかったら、僕はここで諦めただろう。だが、今はなんとしても戻らねば。
【ゾンビ1970】
1970年代アメリカ とある酒場にて
「おい、聞いたか? 隣の州でゾンビが出たらしいぜ」
「ああ、その前は別の州だったな」
「世も末だよな。死体が墓から蘇るなんて」
「地獄もいっぱいなんだろ。戦争も続いてるし」
「ところが聞いて驚くなよ。ゾンビは地獄とは関係ないんだ」
「なんだよ。何か知ってるのかよ」
「ああ、ゾンビの出た州では、どちらも軍のトラックが事故を起こしてるんだ」
「でも、政府発表じゃ、ゾンビは病気だって」
「そりゃ、軍の極秘研究だからさ。やつらは戦争に勝つために、究極の兵士を作ろうとしてるんだよ」
「そんなヨタ話、誰が信じるかよ。まあいいや、おーい! ビールもう一杯くれ!!」