表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

9

 さて、戻ってきてみると――妖精は紫色の石を抱きかかえ、不審者を見るような顔で、こちらを威嚇しなおした。

 が、レトワが偉そうに、助けてやったと恩を着せると、徐々に意味が分かったらしい。

 借りを作るのは嫌だとばかりに、手招きをして、<地下>を案内してくれた。

 どこへ行くのか聞いても、捜しモノが見つかる、とだけ答えてくれる。罠だったら<地下>ごと破壊して出ていけばいいさと、レトワが危険なことを嘯くので、リシテは気が気ではなかった。

(どうか、レトワに脅されたこの妖精さんが、悪意を持っていませんように!)

 人の知覚など役に立たないくらいの奥底、闇をこえると、徐々に空気が変わってくる。もう、異界としての<地下>に、入ったのかもしれない。

 リシテは、隣を行くレトワに話しかけた。

「そういえば、さっきの人達には、この妖精が見えなかったみたい」

「お前は見えたのか? それは……地脈水脈、風脈に耳を澄ませ、読みとろうと努力し、話しかけ、対話を望む召喚士だから、見えたのだろう」

「……それって、何だか魔法使いみたいだね」

「魔法使いのようなものだろう、召喚士は」

「そうかなぁ。自分では、あんまり、直接、すごいことってできないよ……助けてくれて、ありがとう」

「礼を言われるのは、悪い気分ではない」

「リシテ!」

 レトワの声に覆い被さるようにして、美しい声がリシテを呼んだ。

「キオ?」

 この、薄暗い地下の底に、なぜ、あの銀色のひとが来ているのだろう。しばらく、自分の目が信じられなかった。

 だが、見間違いではないらしい。銀の美青年が、憂い顔で、すぐ近くに隠れていた。

「キオも、<地下>に落ちたの!? 大丈夫!?」

「まだ平気だ! それより君は」

「私は大丈夫。レトワもいたし」

「……そう……」

 キオの声が沈み込む。

 一方、あのとき一緒にいたもののことを、リシテは思い出した。

「あっ、あの赤い竜は?」

「アレは落ちなかったよ。ちゃんと、ひび割れを避けてた」

 それから、それから。大切なことを、忘れている。

 リシテは悲壮な声を出した。

「お父さんを、捜さなきゃ」

「君のお父さんなら、そこにいたよ」

「え?」

 キオの、すらりとした指先が、闇の奥を指し示す。ほのかに、キオの体から、銀色の光が広がった。

 そこには、牛や馬やトカゲに似たモノ達が、重なりあうようにして並んでいた。それらのモノの奥に――彼らに囲まれて、食堂のイスみたいなものに腰掛けて、丸い眼鏡と、くるくるした髪の男が、やあやあと、上機嫌に手を振っていた。

「は?」

 リシテは思わず、ぽかんとした。

 男は、のんきに、グラスの水を飲み干す。そして、リシテも来てしまったのかあ、と笑みをもらした。

「でも、お互い無事でよかった。いやあ参った参った」

 しごく嬉しそうに、リシテの父は頭をかいた。

 レトワが、本当にアレが本人か、と言わんばかりに、戸惑いの視線を投げてくる。

 リシテは、数度、小刻みに頷いた。

 アレは間違いなく――父だった。

「あの、泥を見たかい? あれは、触れてはいけない、禁域の魔女だってみんなが言うんだ。あぁ、みんなって言うのは、これまで召喚したことのある、地底に住む<異質なモノ>達と、最近知り合ったモノ達なんだけど……」

 <地下>に落とされた直後、リシテの父はいくつかの<異質なモノ>に囲まれた。普通、人間はこんな<地下>に落ちてこないし、落ちてきたとしても、最終的には<異質なモノ>達に食われるのだ。

 <異質なモノ>達は、最初、リシテの父のことを食糧だと考えていたようだ。

 それなのに、その人間は、まったく、怯えを見せなかった。むしろ、目がきらきらと輝いていた。

 <異質なモノ>達は、無神経な男のことが気味悪かった。

 どのくらい無神経かというと、「ねえこれどういう仕組み? 触るとどんな感じ? えっ中は空洞なの?」などと言って、羽や牙や角の仕組みを聞いたり触ってくる。

 そんな男のことを、皆、うとましがっていた。が、男にあまりに悪気がないので、やがてしょうがないなと、見守る気持ちを持ち始めた。

 それにしても――この男。地上に押し返してやりたいが、その動作が目立ちすぎる。もっと強くて、人間嫌いの<異質なモノ>に見つかれば、一瞬で壊されてしまうだろう。

 それは、嫌だ。

 <異質なモノ>達は、頷きあった。

 これが壊れるのは嫌だ。

 だから隠すことにした。

 人間の匂いが分かりにくくなるように、赤い花の蘂の粉をまいてやった。男の頭に、尖った四本耳のオブジェをつけてやったり、ありとあらゆる魔除けを施してやった。

 当人は、<地下>の生活でいろいろと見聞きできて、非常に満足していたが――ようやく娘と、それから大竜の意識の端切れが迎えにきたので、帰ることにしたのだった。

 イスから立ち上がりながら、リシテの父はリシテを抱きしめた。リシテも、父にしがみつく。いろんな目に見られているのは分かっていたが、涙ぐむのは止められなかった。

「さぁ僕の、小さいお嬢さん。再会の喜びと近況報告は、うちに帰ってからでも遅くない。君の連れを、紹介してくれるかい」

「あっ……そうだった……お父さん、このひとは、私が召喚したの」

 父はリシテを離すと、レトワの方に向き直った。

「やぁ、君があの、アルデバランだね」

 陽気に問われて、レトワは不承不承、頷いた。

「そのような名前ではあるが……アルビバランテ、だ」

「それは失礼した。何だか、竜はみんな名前が似ているから! アルビバランテ、だね」

 じっと、目を覗き込まれて、黒の大竜は困惑する。心の内を暴かれるような、不愉快なような、妙な気持ちだ。

「……いや。今は。この姿では、レトワと名乗っている」

「レトワ・アルビバランテ。いい名前だね」

「そうか?」

 首を傾げて、レトワはリシテの方を見やる。

 リシテも同じように首を傾げた。

「確かに、私がレトワってつけたんだけど……きらい?」

「そんなことはない。むしろ好きだ」

 何だか万感がこもった言い方になったが、親子はまったく気がつかなかった(父親の方は、フリかもしれない)。


 リシテの父は、周りの<異質なモノ>達に手を振った。またね、と言っている辺り、何も反省していないようだ。

「お父さんっ、もう、変なモノは召喚しないで」

「うーん。そうもいかないなぁ」

「お父さん!」

 歩き出しながら、父は視線を巡らせた。

「あぁ、そうだ。リシテ、今回の召喚は楽しかった?」

「楽しいというには、不謹慎だけど」

 話を変えられた。リシテは、口角を引き下げたが、ちゃんと答えることにした。

「……召喚に応えてもらえて、助かった。私だけじゃ、お父さんを捜せなかったよ」

「それはよかった。それにしても、二人も来てくれるなんて。何を使って召喚したの?」

「召喚したのは、レトワだけ、なんだけど」

「えっ?」

 父が、銀髪の青年を振り向いた。

「これは?」

「それは、前、一度召喚したことがあるひと」

「それは知ってる。見たことがあるよ」

「で、今回、キオも……助けてくれたの。ありがとう」

「召喚していないのに、来てくれたんだ?」

 リシテの父の視線を受けて、キオは、かすかに首をすくめた。

「召喚してもらえないなら、さ。勝手に、召喚されたことにしようと思って。鞄に入ってた、群青の石をもらった……これで、召喚てことじゃ、だめ?」

 キオは、リシテの鞄を抱えて首を傾げた。完全に、召喚の押し売りである。

「……いやはや、熱烈だね……」

「お父さんがさっきのひと達に守られてたほどじゃ、ないよ……」

「えっ? そうかなあ」

 不思議な連れとともに、リシテは地上へ向かっていく。

 明るい日差しの下に、歩いていく。

(助かったけど……)

 さて、どうしたものかと、リシテは少しだけ頭が痛い。

 父が戻ってきたのだが――以前召喚したモノと、今回召喚したモノが、当然の顔をしてついてくる。

(もしかして、もうちょっと、うちでご飯を食べて暮らしていくつもりかな)

 それはそれで、面白いことなのかもしれないが。

 また、あの泥みたいな事件が起こりそうで、リシテの心配の種は尽きそうにないのだった。

 初めは、やけに仰々しいなと思った。誰かが、何かを召喚しようとしているようだった。その輩は、やたらときらきらしい道具を並べて、必死に、小鳥の雛みたいに鳴いて、助けを求めている。

 そんなにわめくと、よからぬ輩に聞きとがめられるだろう。

 のっそりと、顔をあげて、黒い竜はため息をつく。

 そこまでしなくても、よかろう――初めは、諭してやるつもりだった。

 だのに、思ったよりも強く、引っ張られる。

 そうして見る夢は、それなりの日常に彩られ、竜の心を和ませた。

 そうか。そうか。

 ではもうしばらくは――。

 顎を前足の上に乗せて、竜はゆったりと微笑んだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ