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 先ほど、リシテがネズミにとめられた、二股の道まで戻っていった。

 片方の洞穴には相変わらず、静かな空気の流れがある。

 気の進まなさそうなレトワは、リシテの後ろからついてきた。


 地下深く、顎を片手の上に載せて、大きな、黒色の竜が、微睡んでいる。

 気持ちよさそうに腹ばいになっているが、時折、鼻のあたりがむずむずするようで、落ち着かないふうでもあった。

 不思議と、恐ろしさを感じない。

 リシテは慎重に近づいて、ちょっと鼻先をかいてやった。

「ここですか?」

 竜が薄目をあける。規則的な呼吸が、一瞬止まる。

 かゆいところを、ちゃんとかいてやれたらしい。竜は再び、気持ちよさそうに、深い眠りへ戻っていく。

 はあっと、後ろで大げさなため息が聞こえた。

「……アレが、怒り狂ってお前を引き裂いたり、火を吹いて炙り殺したりしなくて、よかったな?」

「あれっ? うん、ほんとに。今、何でだろう、あんまり、そういう、……猛犬注意っていう殺気がなかったから、つい……触っちゃった……」

 はあっと、二回目の大きなため息が起こった。ため息の主であるレトワが、リシテの首根っこを捕まえた。

「アレは眠っている。意識の一部分だけ、美しい羽を生け贄にされて、それが気になって外出中だ」

「羽? 誰かに……召喚されてるの? この竜」

「そう」

 羽。

 召喚。

 それらのキーワードに、リシテの記憶が反応する。

 リシテは、レトワの顔を指さした。行儀が悪いから、父にはやめなさいと、子どもの頃に叱られたのだが――。

「レトワ?」

 指先を、竜に向ける。

 未だ微睡む、黒い巨竜に。

「これが、本体?」

「そうだ」

 体が硬直する。

 こんな――こんな生き物だとは、思わなかった。

 こんなに、気持ち良さそうに眠っている、竜だなんて。

「ぐっすり寝てるところを、呼び出したりして、ごめんなさい……」

「変なことを謝る娘だな」

「だって」

 リシテの父だって、こんなもの、召喚したりしなかった。

 リシテの見ているところではやっていなかっただけかもしれないが――もっと、小型のモノばかり召喚していたはずだ。

 自分の手には負えないものだと、いまさらのように、震えが走る。

 レトワが、急に微笑んだ。闇より暗い瞳に、うっすらと、金色の光がにじみ出る。

「パン。水。クッキー? それと野菜」

「え?」

 レトワが、昨日と今日、食べたものの名前をあげていく。

 数えるにしても両手に足りる、わずかな食事。

「あれは、面白いものだった」

 目を細めて、レトワは頷いた。

「変えることを、おそれなくていい。俺も、あの一角獣も、別の見方を学んで――それまでより、面白い人生を見つけている。だから、いいんだ」

「食べ物が、面白かったの?」

「それだけではないが。ひとの変化に……別に、お前が責任を感じる必要はない。お前が召喚を行うのを、父親が、自分のせいだといって気がとがめたりしていたら、お前は、その通りだと言ってののしるか?」

「……ううん。私が、やってみたくて、やってることだよ」

「なら、分かるな? それと同じことだ」

 納得が、いくような、いかないような。

 ふわふわした気持ちで、リシテはレトワと竜を見比べる。

 ぼろぼろと、リシテの足下の土が崩れ落ちた。踏みどころが悪かったらしい。よろけたリシテを、レトワが軽々と抱えあげた。

「あっ、ごめん、物音、うるさかった?」

「そのくらいの音、どうということもない。……アレはまだ、目覚めない。なるほど、あの泥っきれが言っていたはずだな」

「え?」

「怠惰」

 肩を下げて、レトワは呟く。

「己のことながら、確かに怠惰だな……」

 だが、惰眠をむさぼり、暇を持て余す竜の、いっときの夢が己であるのなら。

 そう悪くはない。

 レトワは、ふっと微笑んだ。


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