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「……うう」

 真っ暗だ。明かり一つ見つからない。鞄は、地上に落としてきたようで、手元にない。リシテは完全に丸腰だった。

「レトワ……?」

 呼んでみるが、誰も、近くにいる気配がしない。

 ぴちょんと、遠くで、岩肌に水が伝う音が聞こえる。

 手を伸ばしたら、指先を少し岩で切ってしまった。

「痛い……」

(私、どうしよう……何も、できない)

 助けを待つより他に、どうしようもない。方角も、何も分からないのだ。

 身をかがめて、息をする。不安に押しつぶされそうで、掌をぎゅっと握り込んだ。

 ――リシテ。

 目をつぶると、父の声が思い出された。

 ――僕達は、すごいことなんて、ぱぱっとはできない。だから、それができるひとに対して、よいものをプレゼントして、お願いする。

(お父さん……?)

 なぜ、今思い出すのだろう。

 人は危険なときに、頼りになるヒントを思い出そうとすると言うが――走馬燈みたいに、父の言葉がよみがえってきた。

 ――祈りも願いも。誰かの心を動かして、物事の流れを変えていく。よい歌。よい食べ物。楽しい踊り、情緒。光と闇のすべてが、力になる。

 ――僕は、いろんなことが知りたい。だから、祈りと願いを使って、知識を持つ者を引き寄せる。リシテ。僕らの子供。君はどう?

「私は……」

 急に、辺りがぱあっと明るくなった。

 我知らず、立ち上がって踏み出していた足に、何かが当たる。

 紫色に輝くそれは――キノコだった。

「あっ……森で取ったキノコ……」

 鞄に入れたつもりが、ポケットにも無意識に詰め込んでいたらしい。

 レトワには嫌がられたが、持っていて役に立った。

 キノコは、闇に慣れてきた目には、十分に明るかった。

 リシテは、ポケットを探ってみる。キャラメルや飴の棒が入っていた。一つずつ、ネズミ型の<異質なモノ>にあげるなどして、交渉しながら――人間を見たかどうか、など聞きだしつつ――リシテは洞穴を進んでいった。

(何だろう、わくわくする?)

 緊張して、胸が痛い。なのに、うまく交渉できると、嬉しくて仕方ない。

 レトワらしき人を、ネズミ達は見ていなかったし、出口も分からない中、喜んでいる場合ではないのだが。

 ネズミ(の形をしたモノ)が、小さく鳴いた。

 ――ソッチ、だめ。

 リシテは、二股に分かれた洞穴の、真っ暗な方を突き進もうとしていた。かすかに、風が吹いてくるので、外への出口でもあるのかと思ったのだが。

 ――コッチ。

「この先には、何があるの?」

 ――オオキイ。アブナイ。

 それだけを答えて、ネズミが首を傾げる。

 リシテの好奇心が、自制心を一瞬だけ上回った。

「ちらっとだけ、見てもいい?」

 ――ダメ。

 ネズミが駆けていく。

 案内人を、みすみす逃すわけにもいかない。

 リシテは残念に思いながら、脇道探検をあきらめた。ネズミを追って歩き出す。

 やがて明るくなってきた。外、ではないようだ。煤けた、たき火の匂いがした。

 ――ニンゲン。イル。

「案内してくれて、ありがとう」

 ネズミ達は、ちちっと鳴き交わして、逃げていった。

(さて……)

 人間がいると言っても、安全かどうかは別問題である。

 リシテは、そっと、岩穴の隅から顔を出した。

 下は広々としている。どうやら、石を掘りだした後の空間――鉱山の跡地のようだった。険しい顔をした男達が、数人、文句を言い合い、歩き回っている。

 町の近くの鉱山は、以前はいい石がとれたそうだが、最近は閉山状態だと聞く。石自体は、燃料にしたり、磨いて宝石にしていたらしいが――。

(下には行かない方がよさそう)

 食堂の人が言っていた、柄の悪い、一攫千金を狙う男達と、同一人物かもしれない。

 ちっちっと、音がする。またあのネズミが戻ってきたのだろうか。

 首を傾げたリシテは、自分のいる洞穴の隣、別の穴にある、紫色の光に気がついた。

 キノコが光っているのかと思ったが、違う。

 薄い羽を背に生やし、薄紫の淡い紗をかぶった妖精が、人には分からない言語で、下方の人間を威嚇していた。まだ人間達は妖精に気づいていない。ツルハシなどの道具を持って、適当に辺りを荒らして回っていた。

(あの妖精……石を守ってるんだ!)

 紫水晶にも似た、透明な紫の石を、妖精は抱え込んでいた。親鳥が雛を守ろうとするかのようだった。

(でも、あんなところにいたら見つかっちゃう)

 リシテは、慎重に足場を確認して、隣の洞穴に移ろうとした。

 リシテに気づいた妖精が、しゃーっしゃーっと威嚇する。

「だ、大丈夫だからっ……もうちょっと、奥へ隠れよう? ね?」

 人間など誰でも同じ、とばかりに、妖精が、小さな牙をむき出しにする。

 どうにか、リシテの手足が、隣の洞穴に届きそうになる、そのとき。

「何だありゃあ!」

(見つかった!)

 驚いたせいで、足が滑った。必死で踏みとどまるが、洞穴の中に自分で戻るよりも、男達が駆けつけてリシテを掴みあげる方が早かった。

「痛い!」

 髪を掴まれ、引きずられる。

「おいおい、何でこんなところにガキがいるんだ」

「顔を見られたぜ」

「まぁ、石もどうせこの辺りで売りさばいたりしねえが……用心に越したことはねえな」

 リシテの隣で、乱暴に叩かれた紫の石が、一部砕け散った。妖精が騒いでいる。だが、男達には見えないのか、妖精をほとんど相手にしなかった。リシテは、怖さよりも怒りが先に立った。

「そんな、ひどいこと、しないで! 石がほしいなら、そこの妖精に、ちゃんとお願いしなさいよ!」

「何だこのガキ」

「何もできねえガキが。引っ込んでろ!」

「……何も、できなく、ないもの!」

 十代後半、リシテは、子どもと言うほど子どもでも、ないのだ。

 この石を守るには、どうしたらいい?

 ポケットの底に入れていた、蛇の鱗を、男達の足下に投げる。

 父の作った、道具や魔法陣もないけれど――震える唇で、呪文を唱える。途中で叩かれそうになったが、リシテはめげなかった。

「この、鱗を、私と一緒に拾ったひと! どうか聞こえるなら、」

「俺をさっさと呼び出さないとは! いい度胸だな雇い主!」

 召喚が完了する前に、黒い影が現れた。黒髪に金色の光をまといつかせ、彼は反対側の洞穴の壁を蹴って、軽々と、こちらの岸に飛んでくる。

「何だありゃあ!」

 騒ぐ男達には目もくれず――レトワは、リシテに指を突きつけた。

「お前はどこをほっつき歩いていた!? 本来の目的を忘れていないか!」

「わっ忘れてないよ! お父さんを捜すの! でもレトワとはぐれちゃったから、しょうがないじゃない」

「何だこいつ……!」

 男達が、怯えて後ずさりする。が、足下に転がる、紫の石に蹴躓いた。妖精が、ここぞとばかりに男達を殴り始める。

「ひっ!?」

「何だ!?」

「ばっ化け物!」

 見えないが、何かが触っているのは分かったのだろう――男達は全速力で、後も見ずに逃げていった。

「怪我はないか」

「うん、あの」

 男達の悲鳴が聞こえる。遠くで、茶色の塊が、彼らに襲いかかるのが見えた。

「あれ! レトワっ」

「……助けるのか」

「そうだよ! 悪い人でも、食べられるのは見過ごせないよ!」

「仕方ないな」

 レトワがため息をつく。だが、一瞬の後にはもう、口元に笑みが浮かんでいた。


「あんまり暴れないで!」

 リシテは叫ぶ。妖精を守ろうとしたのだが、むしろ自分が抱きついて怯えている格好だった。

 どおんと、天井が大音声で震えている。

 泥が、ぎゃあぎゃあと、わめき声をあげる。

 レトワは何度でも蹴り飛ばし、あるいは掴んで背負い投げすらした。

 相手は泥の形をしているのに、逃げることもできず、ひどく不自由そうにもがく。

「黒、竜、め!」

「む」

 一瞬、レトワに隙ができた。中空でもつれた両者だが、泥がレトワを叩き落とした。

「レトワ!」

 加勢したいが、何をすればいいだろう。

「えぇと、何か、何か、何か」

 ポケットを裏返す。さっきまでに、大分、<異質なモノ>達にあげてしまっていたので、それ以上何も出てこない。

「レトワ! 無事!?」

「あぁ……」

 土煙の中から、上着の裾をぼろぼろに裂かれ、けれど体には傷一つ負わずに、男が立ち上がる。にや、と斜に構えた笑みを浮かべた。

「なるほど? 心配される、というのも、面白いな」

「何言ってるの!」

「まぁいい。さて、アルテバイゾン。お前もしばらく眠れ? お前も、古い竜の端くれだろう――恨みつらみの行きどころがなければ、しばらくは寝て暮らしてみろ。面白いものが、見られるかもしれないぞ」

 婉然と、笑んで。

 レトワが、腕を振りおろす。泥が、見る間に圧縮された。女の、ぐしゃぐしゃに潰れた悲鳴が、鉱山に響きわたる。

 泥であったモノは、爪の先ほどもない、ちっぽけな、小石になった。

 まだ、恨み言をぶつぶつと言っている。

 レトワは辺りを見回してから、リシテの手元に視線を落とした。

「お前、小瓶を持っていないか?」

「持ってないよ。鞄の中にはあるんだけど、鞄を落としてきたから……」

「ではこのままでもいいか」

 レトワは、小石を、自分の上着のポケットに入れる。

 嫌な予感がして、リシテはこわごわと、レトワを見上げた。

「……それ、持って帰るの?」

「置いて帰るよりマシだろう。妙な輩に拾われて、悪用されると面倒だ」

 洞穴は、すっかり静まり返っていた。人間の持ち込んだたき火は消えていたし、さっきの男達も、どうにか、逃げて行ったようだった。

 紫の石が、リシテが持っていた(そして洞穴を移ろうとしたときに落とした)キノコのように、うっすらと輝いているばかりである。

「そういえば、レトワは……さっき合流するまで、<地下>のどこにいたの?」

「あぁ……」

 躊躇うような、視線の揺らぎがあった。

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