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「風の噂で、人間の子どもが親を捜すために、話を聞きに来ると知っていたよ」

 弾む声色で――けれど巨体のためか、人間よりは幾分重たげに、ソレは話した。

「貴方が、旅をする竜、西の竜、赤い竜と呼ばれるかたですか?」

「いかにも」

「私はリシテ・オードラン。召喚士である父を、捜しています」

 この中に、お気に召すものがあればいいんですけど、と、リシテは鞄をひっくり返した。

「全部一気に見せる奴があるか」

 レトワが呆れた顔をする。

 それらを眺め渡し、竜は最後に、レトワの方を見て、眉尻(の、ようなところ)を下げた。

「あぁああ。みすぼらしい姿になって、まあ」

 ぞわあっとする喋り方だった。レトワは心底嫌そうな表情を作った。

「なるほど……だから気が進まなかったのか。ゴシップ好きの、腐れ外道。赤い竜とは貴様のことか……」

「おやおや? その分だと、私のことは覚えていてくれたようだねえ」

「全く! 今思い出したばかりだがな! 帰るぞ!」

 荷物を鞄に戻していたリシテは、首根っこを掴まれて息が詰まった。

「やっ、やめて! 首が!」

「あぁ悪かった」

「小脇に抱えるのもやめて! せっかく来たばかりなのにもう帰るの!?」

「こいつは品物を受け取らない。こいつがほしいのは――」

「ゴシップ、だなぁ。お嬢ちゃんが知っていなさそうなモノだ。あんまり、交換できる手札がなくて、残念だったねえ」

 ふっふと、竜が笑っている。

 眉間にしわを寄せ、レトワは竜を睨み返す。その服装の通り、本当に軍人だったら、すぐさま抜剣して切りかかっていそうな勢いだった。

「昔召喚されたときのように、召喚士の服装をまねてるのかい?」

「……お前がなぜ知っている」

「いろいろと不安定だねえ。この私にひざまずくかい? ふっふ、できないだろうねえ。あぁおかしい」

「何が言いたい」

「……ねぇレトワ、自分の記憶が、戻ったの?」

「その話はいい」

「あははははははは!」

 竜が轟音で笑う。リシテは頭を抱えてやりすごした。

「レトワ、貴方が嫌だっていうのは、分かったよ。でも、せめてお父さんの話を――」

「その男なら、無事だよ」

 竜は、大きな鉤爪で、笑いすぎて出た涙を拭った。

「変な、ちんちくりんのぼさぼさ頭の人間だろう? 丸い鱗を張り付けてる」

「眼鏡のことかな……たぶん、そうです」

「面白いものを見せてもらったから、礼代わりに、召喚士の娘に教えてやろう。まだ、アルテバイゾンが、その人間を探し回っている。<地下>に落とすとき、見失ったようだねえ」

「アルテバイゾン……が、あの泥みたいなひとの、名前ですか」

「泥になっているが、元は竜の端くれだった。いやそれにしても、その人間も、呼び出した相手が悪かった、あいつは話しかけられると、人間のくせにとか、下等のくせにと言って、火がついたように怒るんだ」

「噂をするな」

 レトワが、目の下に皺を刻む。彼の口元のゆがみとは対照的に、竜の口角はますますつりあがった。

「捜しているくせに、何を言うんだい? 噂が一番さあ。誰だって、噂をされれば、顔を出したくなる」

 がさり、と、下草が揺れた。

 リシテも、思わず身構えた。

 鞄に入っているもののうち、武器になるのは、果物や蔓を取るためのナイフだけだ。

 緊張しきった空間に、なかなか、音の主は姿を見せなかった。

 ふとレトワがため息をつく。

「リシテ。お前が許してやらないと、そいつは話もできないらしい」

「えっ? 誰?」

「誰、って……」

 しょんぼりと、銀髪の頭が、草むらから現れる。後ろ足が、まだ蹄型になっていたので、一度草むらに戻り、人間に化けて出なおしてきた。

「キオ! ついてきちゃったの?」

「ごめんね……留守番は、できなかった」

「ううん、来たものは、しょうがないよ」

「戸締まりもしてきたよ」

「ありがとう」

 誉めてほしそうに、眩しげに、キオがリシテを見つめる。

 こんなふうに、人間の暮らしに混じって、感化されて――。

(私のせいで、このひとは、変な癖がついてしまったのかもしれない……)

 召喚することで、相手を、変えてしまったのかもしれない。

 恐ろしいことをしたようで、リシテは暗い気持ちになる。

「ごめんね、私が、召喚したりしたから……貴方は、森に住む、綺麗な生き物なのに。そんな顔させて、ごめんね……」

 キオが、リシテは悪くないよ、と首を振る。でも、リシテは責任を感じてしまった。

 ふん、と、竜が鼻息を浴びせてくる。

 竜のにやにや笑いに気を取られず、レトワが、大ざっぱにリシテの頭を撫でた。

「!? 何?」

「人間は難しいな。歴史に学ぶまでもなく、弱い弱いと思って余裕を持って観察していると、そのうち、経験と情をもって、我々を飼い慣らす」

「それが不快なのか?」

 キオが、銀色の目を細める。レトワが肯定しようものなら、その瞬間にも、噛みつかんばかりの剣呑さだ。

 ――一角獣に生き物が殺せるのかどうか、レトワは知らないが、この勢いだと相打ちになってでもしそうで、ちょっと怖い。うっかり殺しでもしたら、リシテが悲しむだろう。

(怖い?)

「は!」

 突然哄笑したレトワに、キオが飛び上がる。脅かされた子猫並みの様子に、リシテは「どうしたの!?」と、さらに驚いて、キオとレトワを見比べた。

「怪我をしたの? 違う? 何?」

「いやいや。新しい感情を見つけた。これは面白いな」

「何が?」

 キオの頭をも撫で回し、レトワは何でもない、と笑い続ける。

「何でもない、私の感情だ」

「私?」

 一人称の変化を認めて、リシテは首を傾げた。

 森がざわめく。竜が首を巡らせて、にいと笑った。

「あぁ、私の前で喧嘩はやめておくれ。醜聞以外はつまらないよ。それに、さっきから出ていきそびれている奴が、怒りを静かにつもらせているよ!」


「……だナ」

 ぼそぼそと、粟粒がはじけるような声がした。

 リシテ達が振り向くと、すぐ近くに、茶色い、泥の塊が泡立っていた。

 泥の表面に、女の顔が浮かび上がる。

 リシテは、アレを知っている。昨日も、アレは石畳をはがすだけはがして去ったのだ。

「おっ、お父さんを帰して!」

「捕まえソコねタ、やかましい人間ノ、――娘、か」

 細々していた声が、ぞわりと、鋭く一塊になった。リシテは飛び上がりそうになる。産毛が逆立ち、大きな獣に狙われている小動物の気持ちがいっぺんに理解できた。

「わっ、私には魔法が使えないので! 召喚したモノが代わりに応じます!」

 レトワを呼ぶ。

 黒服の男はにやりと笑った。

 宙にわずかな、蜘蛛の縦糸みたいな透明なものがぴんと張る。それを伝って、レトワの、老然とした、それでいて大きな、快活そうな力が広がる。

 どん、と宙で爆発が起こった。泥の欠片が粉砕され、またぞろりと集まっていく。

「レトワ! 壊さないで!」

 町とか町とか町とか。

 森の中とはいえ、この勢いでやられるのは、非常に危ない気がする。

 対するレトワは、相変わらずどこかの制服を着崩したような格好で、軽々と宙に飛び出していた。中空で、茶色の泥が蹴り飛ばされ、もごもご、と文句を言う。レトワはソレを勢いよく叩き落とした。

 その間に、赤い竜の足下で、キオがリシテを背にかばう。

「レトワ! 喧嘩が目的じゃ、ないから! 忘れないで!」

「何をいまさら」

 べしゃりと、茶色の女の顔が、地面に張り付く。

 遅れて、レトワが大鳥のようにふわりと降り立った。

「アルテバイゾンだな!」

 レトワは目を輝かせる。心なしか、口角に唾がたまっているようだが――。

「ね、ねえ、レトワさん」

 思わず、リシテは相手をさん付けで呼んでしまった。

「何だ。俺は今、忙しい」

 こちらを振り向きもしない相手に、リシテは構わず問いかけた。

「あの……アレを、どうするおつもりですか」

「決まっている」

「何がどう、ですか」

「食べるんだ」

 にやあっと、冷酷そうな顔が笑み崩れて、それなりの美男子が台無しである。

「た、食べるんですか!?」

「そうだ!」

 ざあっと、茶色の塊が地面を走って逃げる。泥は、キオの足下を一瞬ですり抜ける。

 泥に足をすくわれたリシテは、軽々と吹き飛ばされた。

「ばかめ」

 片手でリシテを拾い上げ、レトワはどん、と地面を蹴った。

 体重がないもののように、高々と空へ駆ける。

「うわあ……っ」

 本当に、何てモノを召喚してしまったのだろう。

 改めて、リシテは思う。

 レトワは、人の形になっているけれど――たぶん、元は違っている。

 空を駆けるし、茶色の泥女が雨粒のようなものを、弾丸みたいに地面から打ち上げてくるのを、すべて片手ではたき落としたりする。

 並みの、<異質なモノ>ではないはずだ。

 元が「何」だったのか。知りたいような、知りたくないような。

 不利を悟ったのか、泥が地面に沈み込んだ。

「逃がすか!」

 レトワは追いかけるようだ。が――リシテにとっては地面に激突、としか思えない。

「やめてえ!」

 キオもおろおろする。

 その、すべての足下が、大きく割れた。

「<地下>……!?」

 リシテの父がのまれた、亀裂と同じものだった。

「あぁ、それなら便利だな! 話が早くて助かる」

 嬉々として、レトワは<地下>に飛び込んだ。

 リシテはそのとき、彼の小脇に抱えられたままだった。

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