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 町の役人にも、泥の姿をした<異質なモノ>がやった事態を、連絡しなくてはならない。

 攻撃されたリシテとしては、自分も事情聴取されると覚悟した。

 ただし、目撃者となった通行人達は、口々に、自然災害のようなものだから仕方ない、と言ってくれた。

 簡単に、事情と氏名をメモ書きして、帰宅を許される。

 長く、くねっている坂道をのぼりながら、レトワはリシテの頭部を見下ろした。

「皆、手慣れているようだが。そんなに、あぁいうものが出るのか?」

「昔は、出てたみたいだよ。お父さんが来るちょっと前くらいに、静かになったらしいけど……」

 リシテは、空を仰ぐ。空、というよりも――空のほとんどを、覆い隠す、黒々とした巨大な山を見上げた。

「すぐそこに鉱山があって、鉱石が好きな妖精が住み着いたから、人を驚かせたりするタイプの<異質なモノ>は追い払われたみたい?」

「無機物好きな妖精に追い払えるくらいの、弱い輩しかいなかったのか?」

「それって弱いの? どうだろ? 鉱山の奥底は、異界と繋がってるみたいなんだけど、妖精がきゃあきゃあ騒いでうるさいから、あんまり通路を使わなくなった、ってお父さんが……召喚したひとに事情を聞いてたことがあるよ。……もしかして、お父さん、鉱山経由で出会えるかな?」

「それは分からないが。それにしても、妙な土地だな?」

 レトワが、ちらりと背後を見やる。地面を軽やかに踏んで、銀髪の青年がついてくるところだった。キオがついてくると、通行人にものすごく、興味深そうに見られるので、ちょっと視線が痛い。リシテは、返答を考えることに集中した。

「山が大きいからかな? 大きくて、偉容のあるモノに、<異質なモノ>達も人間も、何となく惹かれて集まってくる、って」

「それも、父親が言っていたのか?」

「うん」

「会ってみたいような、会わない方が安全なような……怪しげな男だな」

「人のお父さんを怪しげな男っていう一言で説明しないで! 事実だけど」

「事実なのか」

「うん」

 お腹が鳴る。ばつが悪くて、リシテは首をすくめた。

「ごめんなさい、ちょっと寄り道していい? お父さんがいなくなってから、あんまり食欲がなくて、食べてないんだよね。いまさら、何だかお腹がすいて……」

「空腹は、謝るようなことか? 自然の摂理だろう」

「……そうだね」

 言われてみればそうである。近くの食堂に入り、スパイスやハーブの効いたパンや、平たい生地にたくさんの野菜を乗せたものなど、いろいろ頼んだ。キオは匂いに怯えて、建物の外で待っていた。

 自宅に戻り、リシテは庭で仁王立ちした。

「ねぇキオ。さっきのお店で言ってたの。最近、悪ぶって、付け払いで食べて帰る、荒くれな人が来るって。その人達は、お金になるようなものが森にあるから、それを掘り返してるんですって」

「そうらしいな」

 レトワが相づちを打つ。その辺に放られていた芋類を、投げたり拾ったりしながら。

 おざなりなレトワは置いておいて、リシテは真面目な顔を保った。

「だからね、危ないと思うの。キオは、国に帰るか、もしくは、どうしてもここにいるって言うのなら、留守番をお願いする」

「留守番!」

 悲壮な叫びをあげたキオに、留守番も大事な仕事だよ、とリシテは真顔で告げる。

「私は、森に行くつもり。森だけど、さっき言った通り、悪意とか暴力とか、貴方の体に悪そうな人達が出るっていうところなの。今から行くと、野宿になっちゃうから、明日。……うちには、ちょっと珍しいものがいっぱいあるのは、知ってるよね? 悪い人が襲ってこないように、見張ってて」

 キオが唇を尖らせて、リシテを見る。まるきり子どもの仕草だが、年齢も子どもなのだろうか。分からない。召喚したのは一度だけで――ふわふわした羽やリボンといった、可愛いものを使ったのだ。

 レトワが芋を投げてきた。キオが、子猫みたいに、ふーっと威嚇する。

「レトワ!」

「森の中に、赤い竜が来ていると聞いた」

 レトワは次の芋を構えながら、キオに笑いかける。

「ここは地脈の声は遠いが、風の精霊は自由に喋っているな。森には鉱山の地下への入り口もあるし、その奥へ踏み込めば、そのうち異界としての<地下>にも通じるだろう。情報通だという赤い竜もいるから、先に話を聞けばなおいい。面白そうじゃないか。そして、――俺は行くが、お前は戦闘に向かない。ここに残れ」

 全くの逆効果だった。気持ちを逆なでされたキオが、涙ぐんで、作業部屋に入ろうとしてドアにぶつかってしゃがみ込む。美青年が台無しである。

「お願い」

 丸くなってすねてしまったキオに、リシテはイスを差し出した。

「留守番も、必要なの」

 戸締まりするし、留守番などしなくてもいいと言えばいいのだが。

 不承不承、キオは頷いた。涙さえも銀色を帯びた透明で、宝石みたいで、何だかもったいない。

 ぽろっとこぼれた涙を掌で受けて、リシテはふと気がついた。

「キオ。これ、もらってもいい?」

「いいけど」

「ありがとう」

 キオの涙を小瓶に入れて、蓋をする。

「君にとっては、召喚されたモノは、道具なんだね」

「うっ……綺麗だから、とっておきたかったけど……確かに、召喚に使えるかもって、思った。ごめんね」

「ううん、いいんだ。もっと、君のモノでいたいのに」

 熱烈な告白のようだが、リシテには今一つ理解できない。

「貴方、以前の召喚時に使った羽とリボンが、よっぽど気に入ったんだね」

「そうじゃない」

 そうじゃないんだ、と青年は首を振る。しょんぼりしながらイスに座った。

 キオはあまり納得していないようだが、ひとまず、話は落ち着いた。

 リシテは、住まいにしている建物の、居間を片づけはじめた。ソファーやイスなどを組み合わせて、即席の寝床を二つ作る。

 一方、庭で、レトワは銀髪の青年をじっと見た。

「……何だ」

 キオは、じりじりと焦りの滲む顔をする。耳を伏せて毛を逆立てた子猫のようである。

 レトワは、にやり、とした。

「取引をしないか」

「何だ?」

「私は今、記憶が欠けている。だから、召喚士の要請に即応できない。人間のように、ヒントを探して歩き回らねばならない」

 身をかがめ、レトワは囁く。キオからすれば、薄曇りとはいえ太陽を背にした男は、真っ黒な影のように見えた。

「あの娘を、助けてやりたいのだろう?」

「それは、そうだ」

「お前は一角獣の一種のように見える。間違いないか」

 用心深く、身を低くして、キオは息を吐き出した。

「……そうだな」

「お前をひとかけらでも食えば、力と記憶が戻るやもしれん」

「は!?」

 叫ぶや否や、キオは、ずどん! と相手に頭突きをした。避けるつもりで笑っていたレトワだが、うまくいかずにまともに食らった。

 吹き飛ばされて、建物に激突する。

「何! 今の音、何!?」

 リシテがドアを蹴るようにして飛び出してくる。

 地面に転がったまま、レトワがうめいた。

「今そこで、ヘラ鹿に襲われたのだ……」

「えぇ!?」

「からかっただけなのに、本気で来た……冗談の分からない奴だった……」

「えぇ?」


「鹿じゃないのに……!」

 その脇で、暴力沙汰の犯人となったキオが、歯がみしていた。

 翌朝、日が昇るのもそこそこの時間に、キオは寝床を片づけて、きちんと待っていた。留守番の彼を置いて、リシテは鞄を持って出かける。

 手ぶらのレトワが、後に続いた。


 早朝の森は、露草の匂いがする。

 リシテは、足下の草や木の上、蔓の絡まるところなどを観察する。

 レトワが背中を押すようにしてついてきていなかったら、もっとしょっちゅう立ち止まっていただろう。

「あっあんなところに、秋アケビの蔓が」

「いいから進め」

 慣れてきたのか、レトワは手際よくリシテを押す。リシテの気をそらせようとして、なのか、話しかけてきた。

「これほど近くにいるくせ、なぜ赤い竜は召喚に応じなかったのだろうな」

「貴方は何で応じてくれたの?」

「忘れたな」

 話は数秒で終了した。

 さくさく、と草を踏んで歩いていく。

 途中、紫色のキノコを見つけた。

「やった!」

 リシテは飛び上がる。さっそく、いくつか拾い上げた。

「これ珍しいよ! もっと南に生えてるものなの」

「南に生えているのなら、南に出かけたときに腐るほど手に入るだろう。今、必要か?」

「必要必要。いつ行けるのか分からないから。わぁ、森って、お父さんがあんまり入っちゃいけないって言うから、来たことなかったんだけど……いいなぁ」

 さっきから、落ちていた毒蛇の鱗など、いろんなものが、リシテの鞄におさめられている。このキノコも、同じ運命を辿った。

 レトワが平坦な声で言った。

「……それを、持って歩くのか」

「だって、これから赤い竜に会うんでしょう? いざというとき、相手の気に入るモノがあるかもしれない。持ってたら、あげられるよ」

「柑橘も、そうなのか?」

「これはおやつ兼用」

 リシテは、柑橘の実を、鞄に入れて持ってきたのだ。

「食べる?」

 森には涼しい風も吹いている。だが、歩いているせいで少し蒸し暑く感じた。喉が乾く。リシテは鞄を開け、ナイフで皮をむき、房から実を取って、相手に差し出した。皮は、紙に包み、鞄の中にしまいなおす。

 実を受け渡すときに、互いの指先がふと触れた。

 リシテは不意にびっくりする。

(普通に、飲んだり食べたり、眠ったりもしてたけど)

 体温がある、ということに、改めて驚いた。キオはいくらか冷たくて、磁器に触れているような手触りなのだが――この生き物は、違うようだ。

(いろんな、<異質なモノ>が、いるのね)

 リシテがじっと見ていると、何を思ったのか、レトワはリシテの頭を撫でた。

「なっ、何?」

「ん? いや、別に」

 人間の手というのは、ものをあまり壊さないで済むから便利だなと、レトワは口ずさむ。

「貴方、元が怪力なの? それとも」

 力が大きいとか強い、というだけではなくて、巨大な生き物なのだろうか。やたらと高く跳んでいたことなどを考えると、巨大な生き物ではないような、気もするが(巨大なものが空を飛ぶのを、見たことがないので)。

 ふと、大きな風が吹いた。なまあたたかくて、湿っぽい。

 リシテは、風の吹いてきた方角を見た。くくった自分の髪が、まだ、ちぎれんばかりにそよいでいる。

「ふうん?」

 一声が、地を揺るがした。発したモノは、小山を軽々と越える巨体だった。

 口を三日月型にひんまげて、真っ赤な生き物が、笑っていた。犬猫のように、行儀よく前足を揃え、とがった歯を見せて、こちらを見下ろしている。

 短めの尾が、びゅんと風を切る。開けた草原とはいえ、その生き物は、器用に、小さな木々を避けた。

「来たね」

 ごう、と、その口から風が吹き出す。

 その背中には、折り畳まれてはいるが、広々とした皮膜の羽。細かな鱗、熱砂に強そうな、堅そうな皮膚。鰐やトカゲにも似た、長い顔。

 どこからどう見ても、それは、赤い竜だった。

 硬直して、リシテは相手の顔を見上げ続けた。

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