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見習い召喚士と黒色のアルビバランテ


 急いで、やり遂げなくてはならない。

 リシテは、青い羽を瓶に入れる。羽も瓶も、慎重に、選び抜いたものだった。

 首まで覆う、立て襟の上着は、集中して作業するには少し暑い。着古して柔らかく、自分になじんでいるから、この服を選んだのだが。袖は作業の邪魔になるので折り曲げたままだ。細い腕が、より頼りなく見えた。

「一ミリの、白銀糖」

 呟く、その吐息で吹き飛びそうな粉を、油紙から小さじで、瓶の底に移し入れた。

「これで、全部かな……」

 どっと、安堵で気がゆるんだ。

 根を詰めていて、ずいぶん眉間と肩に力が入っていた。今になってそれが、よく分かる。

 けれど、気を引き締めなおさなくてはならなかった。

「さぁ、ここからが本番よ」

 まっすぐな黒髪を、リシテはするりと櫛でまとめなおす。高い位置でくくると、蓋をした瓶を持って、家を出た。

 小屋と言ってよいような、作業部屋の外に、猫の額ほどの庭がある。あいにくの曇天だが、こんな日和だからこそ、青空みたいなこの羽を、美しがって、誰かが応じてくれるかもしれないのだ。

「これより、召喚の儀を執り行います」

 思ったより、か細く、声が震えた。

 こうしてきちんと宣言すると、それだけでもう、風の吹く音すら別物のように感じられた。

 召喚の呪文は、そう難しくも長くもない。父の口調を、リシテはきちんと覚えている。

 リシテの父が、楽しげに品物を用意して、「危ないから下がっていなさい」とリシテを作業部屋に押し込めてから、一人で、何かを呼び出していた。リシテはそれを、こっそりと覗いたものだった。

 リシテ自身も、二度、何とか、召喚に成功したことがある。

 飴玉を小瓶に落として、召喚した。それは掌ほどの大きさの、透き通るガラスの羽を持つ、人形みたいな妖精だった。妖精は、ひとしきりわめいたが、言葉が通じないことに途中で気づき、飴玉をよこせと身振りで示した。リシテが、珍しい花をちょうだいと言ったら、妖精は怒ったように、ぼん、と、けたたましい音を立てて、細切れの花びらを押しつけて、飴玉と一緒に消えてしまった。もう一回のは――。

「あっ、考えごとしてる場合じゃなかった」

 慌てて頭を振り、小瓶の蓋をあける。

 さあっと、涼しい風が瓶の口を撫でていった。

「我、リシテ・オードランが、闇の底、天の果てより、人の知の及ばぬところ、なにがしかのまじないと理を借りて希います」

 瓶に手を当てて、気持ちを込めて、召喚に応えるものを探す。

 かたかたと地面が震える。鮮やかな、けれど柔い光が、小さな庭に満ちあふれていく。

「捧げるは空の小瓶、我が願いに従う者はうべなうなら応えたまえ」

 光は、たふたふとリシテの顎にまでのぼりつめ、やがて小瓶の周りに収束した。

 ぎゅうっと、光が圧縮される。徐々に光の中心が暗くなった。人、のようなものが、光の輪の中心にたたずんでいた。

 黒髪の、人間に似ていた。

 どこか着崩したような、元はかっちりしていたはずの上着やシャツ。古めかしい紋章の入ったベルト。武器はない。

 もしかして、単なる人間を引き寄せたのだろうか。

 リシテが困惑しながら、相手を見上げていると、相手がぱちりと瞬きをした。

 闇色の目が、深くて、底が見えない。

「へえ」

 じろじろと、高見から――確かに相手の背は高い。それに、相手は未だ、召喚の余波で宙に浮いている――見下ろされるのは、居心地が悪い。召喚士の人は、みんな、召喚した相手から値踏みされると聞くが、これほど露骨にばかにした態度をとられるとは思わなかった。

 相手が、ふと笑って、地面へ踏み出す。ぱりぱりと円陣が崩れて燃える。

「だっ、だめ!」

 リシテは慌てた。

 強い「召喚」物――異界に住む、<異質なモノ>であることが多い――は、召喚士が許可しなくても勝手に円陣を出て、召喚士を滅ぼし、暴れて帰ることがある。それと――うまく現世に姿を結びつけていない状態で、不安定な<異質なモノ>が召喚士の効力範囲から出ると、形を保てなくて壊れることがある。

「まだ契約をしてない! 無理しないで、嫌なら嫌って、円陣の中で言って。外に出たら、貴方、死んじゃうかもしれないんだよ!」

 強いモノでも、壊れることがあるのだ。だから、円陣から出てはいけない。

 リシテは必死で、光の壁から出そうになっている彼の足を、両手で押し戻した。

 男は、片眉をあげている。怪訝そうな声が響いた。

 ――俺を無理矢理、円陣に押し込み直すのは、捕まえておくためか? それとも、今自分で言ったように、俺が、こんなちっぽけな術を破ったくらいで壊れるような、やわな奴だと誤解しているのか。

「やわかどうかは知らないけど、何かあってからじゃ、遅いよ! 召喚士は、相手の都合を無視して、魔か何かわかんない人の力を借りようとするんだから、気を遣って当然だと思う」

 ――ふうん。

 黒い瞳が、つかの間、雷光のような、怪しい金色に輝いた。

「うっ」

 ものすごく、愚かしいことに、リシテはいまさら気がついた。

「もしかして、ものすごく、強い、んです?」

 ――あぁ、だろうな。

 品物と召喚方法が、相手の気に入ったところで、召喚士がつまらない人間だったら、不興を買って、殺されることもある。

 リシテはしばし、両手を宙につきだしたまま硬直した。

 ……相手の心配をしていたが、自分が殺される可能性を、考えていなかった。

 相手が、ふうっとため息をついた。

 ――召喚士。お前が弱すぎるから、俺は器に収まりきらない。俺の力と記憶とが、お前達の世界で用意された、このカタチの器には入りきらない。

「じゃ、じゃあ、術をほどいてお帰りいただいたほうが、いいっていう……」

 ――そんなわけがあるか。中途半端なことを言うな。一度壊れたものは簡単には戻らない。あとは、そうだな、ここで体を慣らしていけば、そのうちかけらも戻るだろう。

 ふと、男がひどく優しい声音になった。

 ――来い。不本意ではあるが、現世に干渉し、幾年か遊んでやることは出来る。

「契約、してくれるって、ことですか」

 ――そうだな。お前は見返りに何をくれる。

「見返り?」

 瓶に入れた青い羽根。世界の闇を閉じこめた、氷山の氷の石。とっておきの、砂漠のバラ。

「あれだけじゃ、足りなかったんです?」

 召喚士は、最初に、相手を呼び出すに足る、波長の合うだろうとっておきの小道具を用意する。それが気に入れば、相手は(ふらふらとでも)引き寄せられてくるわけだが。

 きょとんとしたリシテを、男は手招きして呼びつけた。

 光の壁の、すぐ側に立って、リシテは相手をじっと見上げる。

 男の腕が伸ばされて、リシテの、まっすぐな黒髪をするりと撫でた。

「ひっ」

「何だ、色気のない反応だな」

 まぁよかろうと、偉そうに呟いて、男が頷いた。

 円陣が自然にほどける。契約が成立して、召喚の術が完了したのだ。

 地面に降り立った男は、リシテを再び見下ろした。

「で。俺は何をするために呼び出されたんだ?」

 それこそが本題だ。リシテは、緊張しながら口を開いた。

「あのね。お父さんを捜してほしいの」

「は?」

「お父さんが、<地下>に落ちてしまったから……捜したい」



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