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クライム・トゥ・ザ・ハッピー  作者: ライスサワー
1/5

底辺と頂点

縦書き表示推奨です。

 窓際族というと、社会的には弱者を表す言葉らしい。とんでもない。中学生社会において、窓際族は暴走族にも等しいパワー系集団なのだ。世間が不良と呼ぶ素行の悪い少年たちは、なぜか窓際に好んで座る。たぶん自分で体温を調節できないから日光浴をする、ハチュウ類なんかと脳みそのレベルが同じなんだろう。窓際が埋まると、次に体育会系の馬鹿たちが授業中に好きなだけ眠れるように後ろの席を占拠する。そして俺のような教室難民は、自然と最前列のど真ん中へと追いやられるのである。

「あら、奥山くんはまたここなの?」

 ダメ教師の沢木が俺を見て言った。ふざけんな。おまえが「席替えするので、自由に好きなところへ座ってね」とかアホなこと抜かすからだろうが。

 一応、同じ席には座れないというルールがあるのだが、完全に形骸化していた。隣同士一個ずれるという誰もが思いつくような法の抜け道が使われ、教室内の勢力分布が変わることは無かった。

「ほらほら、あなたたちも早く席選んで座りなさい」

 沢木がまだ立っている男子たちを促した。空いてる席といえば、もう俺の前後左右に斜めを加えた場所のみである。この展開もいつもと同じだ。変わることが無い。

「オタク山の周りかよお」

 残りモノ系男子の一人、田中が口を尖らせた。ちらちらと窓際の不良グループを見ている。馬鹿らしい。俺の近くの席が嫌なことを、不良たちにアピールしてるのだ。自分までハブられないように。

「おれ、せめて隣は避けたいわ」

「あ、ずりい。おれだって後ろがいいんだけど!」

 他の男たちもアピールに必死だ。いま席を確保できてないという時点で、この男たちがピラミッドの下部にいるのは明らかなのに。それでもこいつらは俺を自分たちより弱い男に仕立て上げて安心したいわけだ。

 沢木が露骨な差別発言にオロオロとしている。やめなさいよ、と健気に注意しているが、中学生とはいえ男ばかりのクラスに怯えているのがバレバレだ。及び腰の教師に素直に従う者などいない。クソ教師が。怖いんだったら男子校になんか来るなよ。

「奥山くんも、黙ってないで嫌なことはちゃんと言わないと」沢木が言った。

 思わずカッとなった。自分の無能ぶりを棚に上げて俺を悪くいうのかよ。こっちは被害者だっつーの。

「オタクやまあ。なに、おまえ文句あんの?」田中がニヤニヤと訊いてきた。調子に乗りやがって、おまえだって底辺のくせに。

「おい、なんか言ってみろよ!」

 田中が俺の背中を揺すった。人に触られたのは二週間ぶりだった。

「ぼ、ぼくは」俺は仕方なく口を開いた。声を出したのは三日ぶりだった。「あの、べつに、なんでもないでしゅ……」

 噛んだ。久々の日本語に舌がもつれたのだ。

 教室に爆風のような笑い声が轟いた。馬鹿どもは腹を抱えて笑い転げていた。

「な、なんでもないんでしゅか」

「オタク山くんはビビりでしゅね」

 悪魔たちは俺の真似をしながら目に涙を浮かべて笑った。何がそんなに可笑しいんだ、このやろう。耳障りな声で爆笑する悪魔たちを、俺は頭の中で殴り続けた。想像の中の男たちの顔が青ざめれば青ざめるほど、俺の顔は羞恥で赤くなっていった。

 いうまでもなく、俺の発言は「デシュ語」と名付けられちょっとしたブームになった。



 俺は三階のトイレを掃除していた。いや、掃除の時間を潰していた、という方が正しい。雑巾もブラシも持たず、俺は窓の外に見える中庭をぼんやりと眺めていた。

 今日は掃除場所に来ているのは俺一人だけだった。ラッキーだ。悪魔たちが俺を個室に閉じ込めて水をかけたり、便器用ブラシで顔を擦ってきたりするのに比べれば、いっそ掃除を押し付けられた方がありがたい。あとは掃除終了の放送が流れたら、速やかに教室に戻ればいいだけだ。遅くなると掃除を終えた悪魔が用を足しに来て、ついでに俺に一蹴りいれていくのだ。

 ベートーヴェンの「田園」が流れた。掃除終了の時刻だ。最初のうちは、俺はこの長閑な曲を掃除終了の音楽に選んだ奴のセンスを絶賛していた。一日の長い苦行を終え、肩の力がふっと抜ける感覚にぴったりだと思ったのだ。しかし最近、俺は一日が終わったことへの喜びと同時に、翌日への憂鬱を感じるという離れ技を身に付けた。そうなると、「田園」は急に能天気で空気の読めない曲へと姿を変えた。俺は選曲者への絶賛を取り消し、代わりに大馬鹿という称号を授けた。この称号は俺以外のほぼすべての人間が授与されているので、あまり価値は無いのだが。

 俺が教室に戻ろうとトイレの窓を閉めていると、入り口のドアがギイッと開いた。

 うかつだった。窓なんて律儀に閉めずにスタートダッシュを決めるべきだったのだ。

 トイレに二人の悪魔たちが入ってきた。デカブツとチビ。違うクラスの男たちだがそんなことは関係ない。俺への差別はボーダレスなのである。

「オタク山じゃん」チビの方が言った。

 俺はその場から動けなくなってしまった。黙って出て行こうとすればタダじゃすまない。かといって残っていてもタダじゃすまないのだが。

 チビが便器に向かって用を足し始めた。デカブツは何もしないで立っているだけだ。用が無いなら来るなよ。こいつらは一人じゃ小便もできないのか。いつでもどこでも群れやがって。

「あ、こいつ今、おまえのチ○コ見てたぞ」ボーッと突っ立っていたデカブツが、用を足していたチビに向かって言った。

「げ、マジかよ」チビが放尿を終えた性器を慌てて閉まった。「なに、おまえホモなの? 気持ちわりいな」

 は? なにいってんだ。誰がおまえのみすぼらしいムスコなんか見るか。

「うわ、こいつ言い返さねえし。ガチかよ」チビが顔をしかめた。

「おいおい、おまえ今日のオカズにされちまうぞ」

 デカブツは下卑た顔で笑うと、手で輪を作って股間の前で前後させた。下品な奴らだ。こいつらの頭には性に関することしか入っていないのだろう。

「キメえんだよ!」チビが俺に蹴りを入れた。デカブツの方も、なんでもかんでも真似するサルのように蹴りを入れてきた。腹に足が食い込む。口の中がすっぱくなった。

 いつもなら一回蹴りを入れられるだけで済むのだが、なんの増量キャンペーンなのか、二人の悪魔は何度も何度も俺を蹴った。胃から何かがせり上がってくる感覚がして、気がつくと俺は嘔吐していた。

「わっ、汚ねえ!」デカブツの足に俺の吐瀉物がかかった。「どうしてくれるんだよ!」

 吐いたせいで俺はますます蹴られた。理不尽さに対する怒りすら、苦しさのあまり湧いてこなかった。

 ギイッとまた入り口のドアが開いた。ああ、さらに悪魔が増える。どうか下級悪魔でありますように。

 入ってきたのは一人だけだった。が、その一人が最悪だった。うちのクラスのドン、稲倉である。

「げっ……」チビが顔色を変えた。悪魔たちの中にもランクがあって、雑魚キャラはラスボスの逆鱗に触れないようにいつも怯えている。つまり、チビたちと稲倉の関係がそうだという意味だ。チビとデカブツは稲倉に関わらないよう、すごすごと退散していった。

 トイレの中には吐瀉物にまみれた俺と稲倉だけが残った。これは俺にとっても最悪だ。全治三カ月までは覚悟を決めた。入院して学校を休めるならそれもいいかな、と場違いに思った。

「汚ねえな」稲倉は吐き捨てるように言った。「臭えし」

 俺は体を震わせて黙っていた。こういうときに謝罪を口にするのは素人だ。俺のとれる最善の策は、石ころのように何もしないことだった。

「こんなとこで小便できるか」

 稲倉はそういうとトイレの外へと出ていってしまった。

 奇跡だ。

 俺を蹴らずに悪魔が帰っていくなんて。今日の俺は十二年に一度の幸運期なのだろうか。さすがにそれは無いか。自分の体が吐瀉物まみれなのを思い出して俺は考えを改めた。

 トイレットペーパーと水道水で俺は制服をきれいにしようとしたが、匂いも汚れも完全には落ちなかった。


 

「また吐いちゃったの?」お袋が俺の制服を手にとって目を丸くした。うるさい。おまえは黙って洗濯すればいいんだ。

「なあ、病気かもしれんから病院に……」

 お袋の言葉が言い終わらぬうちに、俺は早々に部屋へと戻った。親には俺が差別されていることを言っていない。あんな馬鹿面の親から、同情の目を向けられたらうんざりするからだ。

 部屋に帰ると俺はすぐに参考書を広げた。世の中に何百人といる被差別者の悪いところは、逃避の方向をネットやゲームに向けるところだ。そんなんだからいつまでも底辺から抜け出せない。俺は成績をあげて高校は一流の進学校に通うつもりだ。頭のレベルが高い奴らならば、きっと俺を認めてくれる。俺の親は優秀な息子を持ってなんて幸せなのだろう。

 コンコンと部屋の戸がノックされた。

 また余計な心配をかけてくるつもりか? 俺はイライラしながらドアを開けた。廊下にはお袋が電話の子機を持って立っていた。

「たくちゃんに電話」お袋はおずおずと受話器を差し出してきた。俺はひったくるように受け取ると顎をしゃくってお袋を追いやった。

 ドアが閉めると俺の心臓がバクバクいい始めた。電話? 俺に連絡をとりたがる奴がいるとも思えないし、いるとしたらロクな用じゃないに決まっている。切ってしまおうかとも思ったが、そうなると学校で何をされるか分からない。

 俺は黙ったまま受話器を耳に当てた。相手を確認してから対応を決めればいい。しかし通話相手は受話器の向こうで沈黙したままだった。仕方が無い。俺は意を決して要件をきくことにした。

「もしもし」声が震えた。「し」の発音もひどく悪い。

 受話器の向こうで人が動く気配を感じた。

「……奥山か?」相手がようやく喋った。

 当然だが、聞き覚えがある声だ。さて、これは誰の声だったか。他人には興味がないし、いかんせん人を侮蔑するときの声はみんな同じに聞こえるものだから、電話主の声と悪魔たちの顔が結びつかなかった。

「あ、あの…」

 誰ですか、と訊こうとして言葉が出なかった。相手を不快にさせたら明日蹴られるかもしれない。

「おれ、稲倉」男の声が言った。

 稲倉?

 金属バットで頭を殴られたようだった。言葉の暴力というのは本当にあるらしい。四音節の名前を聞いただけで、俺はひどく気分が悪くなった。

「いまから俺ん家に来い」

「え?」一瞬、言われた意味が分からなかった。

「三十分以内」稲倉はそう言い残して電話を切った。

 俺は呆然として受話器を耳に当てたまま、ツーツーという電子音を聞いていた。

 家に来い。三十分以内。

 どんな死の宣告だこれは。医者にあなたは末期ガンですと言われた方がまだマシな気がした。今日のトイレでの事が気に障ったんだろうか。きっと稲倉の家には不良たちが待ち構えていて、骨の八割が折れるか胃の中のものを全部出すかするまでリンチされるに違いない。

 俺は慌てて父兄会の役員名簿と電話帳を引っ張り出して稲倉の住所を調べた。どんな地獄が待っていようと、三十分内にいかないと命が危ない。稲倉の家はうちからチャリで十分ほどの場所にあるようだった。そんなに近くに魔物の巣窟があったとは。俺は五分を衝撃を和らげそうな服を選びだすのに使い、五分を気持ちを落ち着けることに使い、五分間この世でやり残したことがないか考えた後、ようやく家を出発した。

 

 稲倉の家はどんな禍々しいオーラを放っているかと思えば、なんてことはないクリーム色の二階建てだった。可愛らしいぐらいだ。なるほど悪魔の親玉はあえてファンシーな家をアジトとすることで、世間の目を欺こうとしているようだ。俺は深呼吸をしてインターフォンのボタンを押した。

「はい」優しそうな女性の声がした。母親だろうか? 大人がいるなら悪魔どももそこまで暴れることはできないだろう。少し気持ちが落ち着いた。

「あの、中学のクラスメイトの、あの、奥山っていいますけど、その」

「ああ、奥山くんね」女性が合点したように言った。「どうぞ」

 門が開いた。俺はきれいにガーデニングされている庭を歩いていった。ガレージに黒塗りのベンツが見えた。そうだ、あれこそ悪役にふさわしい車なのだ。ベンツはかなりほこりを被っていて余計に意味ありげだった。ほらみろ、いよいよこの家が本性を表してきたぞ。

「いらっしゃい」

 扉をあけると先ほどの声の女性が待っていた。きれいな人だった。あの冷淡な目をした稲倉と同じ血が通っているとは思えない。

「シュウは二階の部屋にいるからね。登ってすぐ右の部屋」

「あ、はい」俺は緊張した面持ちで答え「おじゃまします」と消え入りそうな声で付け足した。

 サッと玄関の靴をチェックする。三足。女モノはこの女性の、男モノは稲倉の、もう一足の皮靴は中学生が履くような代物じゃない。悪魔たちが素足でやってきていない限り、稲倉は一人のはずだ。

 俺は重い足取りで階段を登った。落ちつけ俺、向こうも一人だ。かといって俺に何かできることが増えるわけじゃないが、最悪の事態は避けらそうだぞ。

 登ってすぐ右の部屋。ここか。俺はもう一度深呼吸をするとコンコンとドアをノックした。すぐにガチャリとドアが開いて、稲倉がぬっと姿を現した。

「よう」稲倉が言った。怒気は感じられなかったが、こいつはいつも無感情に喋るので簡単には判断できない。

「入れよ」

「はい」

 俺は思わず敬語で答えると、悪の総本山へと足を踏み入れた。

 意外にも小奇麗に片付いた部屋だった。というよりも物が少ない。ベッドと丸いガラスのテーブルが置いてあるだけで、ポスターもカーペットも椅子すらも無かった。置かれている二つの家具がお洒落なおかげで、なんとか刑務所と見分けがつくといった感じだ。

「座れよ」稲倉が言った。こいつは十文字以上続けて喋らないんだろうか。俺は指示通りにしようとして動きを止めた。どこにどうやって座ればいいのだろう。正座は最低ラインとして、テーブルの前に腰を降ろしたら、偉そうな奴だと思われて機嫌を損ねるのではないだろうか。

「なにしてんだ」稲倉が怪訝そうに言った。

「あ、いや……その」

 挙動不審な俺の態度に、稲倉の眉がつり上がった。いけない。怒らせてしまう。

「ど、どこに座れば……」思いきって訊ねた。

「は?」稲倉が目を細めた。

「あ、すみません」俺がすぐさま謝った。出過ぎたことを言ってしまった。

「なにを謝ってんだ?」稲倉は首を傾げるとテーブルの前を指さした。「ほら、そこに」

 そこに、座れ、だよな。俺はビクビクとしながらテーブルの前に正座した。

 稲倉は部屋に備え付けられているクローゼットを開けて、灰色のクッションを二つ取り出した。そのうちの一つを俺に放り投げる。

「クッション」稲倉が言った。

 クッションに、座れ、でいいんだろうか。稲倉がクッションを尻に敷いたのを見て、俺は様子を窺いながら正座を崩してクッションの上に腰を下ろした。幸いまだ一度もぶたれても蹴られてもいなかった。幸運期説が有力性を増した。

「あのさあ、おまえに頼みがあんだよね」稲倉が俺を見て言った。珍しく長い文を喋ったな、と俺は感心した。そしてすぐに何を頼まれるのか想像して背筋が冷たくなった。合法的な範囲なら何を要求されても言うことを聞く覚悟だが。

「俺に勉強を教えてくれないか?」米倉が淡々と言った。

「え?」

 今なんと言われたのだろう。勉強を教えろと聞こえたが、俺の逃避願望が「金を出せ」と言われたのを聞き間違えさせたのかもしれない。

「勉強」稲倉がもう一度言った。「おまえ、成績いいだろ?」

「え……あ」

 はい成績優秀です、などと言ったら殺されるかもしれないのと、事態の展開が呑み込めなかったのとで、俺は言葉を濁した。どうやら本当に稲倉の頼みとは、俺に勉強を教えてほしいということだったらしい。

「勉強?」俺が唖然として呟いた。

「そうだよ、何度言わせんだ」稲倉がイライラと言った。

 稲倉が、勉強。警察官が強盗するようなものだぞと俺は考え、いやそっちの方がまだありえそうだなと思った。

 稲倉はベッドの下から何冊かの冊子を取り出した。アダルト関連の雑誌かと思ったが、数学の参考書と問題集だった。

「ほら、さっさと教えろ」稲倉がバンバンと問題集を叩いた。

 簡単に言ってくれるじゃないか。靴を舐めろと言われればそんなことはすぐ出来る。しかし勉強を教えろと言われても、教員免許どころかロクに人と話したことすら無い俺には難題だ。とりあえずテーブルの上に教科書を広げさせ、俺は混沌とした頭で家庭教師を始めた。

 

 それからの稲倉と俺のやりとりは、ぎこちないことこの上なかった。

 俺はとにかく文末に気をつけ、「ここはこうしろ」という文章を「ここはこうしたほうがいいかもしれない」という文に全て変換して話した。稲倉は稲倉で分からないところがあると(多々あったが)、「ああ?」とか「はあ?」とか機嫌悪そうにつぶやくので、俺はその度にビクビクしなければならなかった。一分が一時間に感じられ、どんどん疲労が溜まっていった。早く稲倉のやる気が無くなることを祈ったが、悪の親玉は信じられないぐらいの集中力を持続させていた。

「シュウ、ばんごはーん」

 下の階から間延びした女性の声が聞こえてきた。時計を見ると八時になろうかというところだった。かれこれ二時間近く勉強していたことになる。

「あの……」俺がおずおずと切り出した。「夕飯らしいし、今日はこの辺にしときませんか?」

「もう少しだけ」稲倉は問題集を見つめたまま答えた。

 その真剣な目を見つめて俺はハッとした。俺も死に物狂いで勉強しているから分かる。こいつは本気だ。事情は知らないが、本気で勉強して成績をあげようとしているのだ。

「シュウ! ごはんだってばあ!」再び階下から声が聞こえた。

「ったく、うるせえババアだ」稲倉が苛立たしげにシャーペンを置いた。

 俺はふうと息を吐きだして肩の力を抜いた。ようやく終わりのようだ。いくら稲倉が本気だろうと知ったこっちゃない。体力的にも精神的にもヘトヘトだった。

「おい」稲倉が俺を見据えた。「おまえも食ってけよ」

 はい? どうも今日の稲倉は予想外の言葉ばかり言う。まさかディナーに誘われるとは。

「いや、今日は勘弁してください」泣きそうな声で俺が言った。

「なんだよ、人が親切で言ってるのに」稲倉が俺を睨む。「まあおまえが嫌ならいいけど。帰れば?」

 いつもの俺なら「これは試されている!」などと疑って、素直に夕飯を食べていくところだが、とにもかくにも早くこの場から立ち去りたかった。それならお言葉に甘えて、と俺は自分のバッグをひっつかむと一目散に退散した。焦りすぎて「おじゃましました」を言うのを忘れた。明日学校でシメられるかもしれない。

 でももう、どうでもいい。俺のキャパシティはもうとっくにオーバーしている。一体何が起こっているのか、早く自分の部屋で整理したかった。


初投稿です。ここのサイトの使い方もよくわかってませんが、マッタリ書いていきますので、ご感想よろしくお願いします。

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