表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地味で堅物なメイドですが、キラキラ侯爵令嬢に変身した私に坊ちゃんが恋をしました【連載中】  作者: 降矢 菖蒲
2章:キラキラ侯爵令嬢になって坊ちゃんをメロメロにしようと思います
9/14

9.私の秘密バレてました

実用性を重視した平らな石畳の上を、華美な装飾が施されたか細いヒールで歩いていく。

見上げれば、シーツやシャツが、午後の柔らかな風を受けて、バサバサと翼を広げていた。


ここは物干し場だ。

作業をしていたメイドのみんなが、深々と頭を下げていく。


――何だか夢を見ているみたいだ。

坊ちゃんがここにいらっしゃるなんて。


本当に戻って来てくれたんだ。

理解した瞬間、目尻が熱くなった。

ダメよ。ダメダメ。今の私はクロエなんだから。


「こちらが僕のアトリエです」


ヴァレリオ様の手が、薄汚れた扉を開いていく。

私は周囲を見回すフリをして、ヴァレリオ様に目を向けた。


ヴァレリオ様は気恥ずかしそうにしながらも、どこか誇らしげな表情を浮かべている。

私にはそれが堪らなく嬉しくて。


「部屋自体はこの通り酷い有様ですが、手入れは行き届いているでしょう?」

「ええ。良き奉仕者をお持ちのようですね」

「はい。三年間、それもたった一人で掃除をしてくれていたんです」

「えっ……」


私は思わず言葉を失った。


坊ちゃんはご存知だった?

私が――フィオーラがここを掃除していることを。


一体いつから?

誰かに教えてもらった? それともご自分で……?


「本来なら、きちんと断るべきでした。僕はもう一生、筆を執るつもりはなかったので。けど……言えなかった」

「……なぜ?」

「彼女に失望されるのが怖かったんです。ははっ……情けない男でしょう」


ヴァレリオ様はそう言って自嘲気味に嗤う。

私のことを『熱心なファン』だと思って、心を砕いてくださったんだろう。

本当にお優しい方だ。


「……むしろお止めいただかなくて、良かったのかもしれません」

「というと?」

「そのメイドは、貴方が筆を折られたことに、何かしらな責任を感じていたのではないでしょうか。それで、じっとしていられなくて――」

「責任だけですか?」


サファイアブルーの瞳が暗く沈む。

酷く寂しげだ。どうしてそんなお顔をなさるのですか?

戸惑う一方で、なぜだか胸も高鳴って。


「もっと個人的な……例えば、僕にもう一度絵を描いて欲しいとか……そういった願望のようなものはなかったのでしょうか?」

「っ! そっ、そうですね。少なからずあったのかも?」

「本当ですか!?」


ヴァレリオ様のお顔がぱぁっと華やぐ。

きゅ~~っと閉じられた目、胸の前でギュッと握り締められた拳は、まさに『よっしゃー!』と言わんばかりで。


……困ります。そんなふうに返されては。

貴方は、励ましてくれたのがクロエだったから戻って来てくれた。

私では、フィオーラでは叶わなかった。

……そうでないと困る。困るんです。


私は壁際で穏やかに微笑むビアンカちゃんを一瞥して、きゅっと唇を引き結ぶ。


「それじゃあ、お礼を言ってもいいのかな?」

「っ、お礼は言わない方がよろしいかと!」

「どうしてですか?」

「秘密でお掃除をなさっていたのでしょう? 表立ってお礼を言われるのは、その……彼女も本意ではないのでは?」


焦ったせいか、ちょっと……いえ、かなり早口になってしまった。

けど、ヴァレリオ様が不審に思うことはなかったようだ。

うんうんと深く頷かれている。


私の数多の()()を思い返しているのだろう。

居た堪れない。物凄く。


「じゃあ、()()()()()感謝の気持ちを伝えてみようと思います」


ご納得いただけたようだ。

これなら深く踏み込まれることはない。

礼あるいは目礼で、完結させることが出来るだろう。


ああ……っ、良かった……。

内心でほっと胸を撫でおろす。


「えっ…………」


ヴァレリオ様がじっとこちらを見ている。

かと思えば、目を泳がせて。

かなり戸惑っている様子が見て取れた。


背中に嫌な汗が伝う。

疑われてる? いえ、だとしても大丈夫よ。

仮に疑われてたとしても、ステッキの力でゴリ押せるはず。

私は必死に平静を装って、ヴァレリオ様に問いかける。


「何か?」

「いいえ! その……失礼致しました。クロエ様があまりにもお美しくて、つい見惚れてしまって。でっ、では、始めましょうか!」


ヴァレリオ様に促されるまま、木製のスツールに腰掛ける。


流石は侯爵令嬢といったところか、クロエは幼少期の頃から肖像画を描いてもらっているようで、モデルの経験は豊富にあった。


だから、そつなくこなせるはず。

不安に思うことなんてないのに、私は酷く緊張してしまっていた。


「楽にしていただいて結構ですよ。え~、じゃあ、まずは……顔を僕の方に向けていただけますか?」


気付けばヴァレリオ様は、イーゼルの前に立っていた。

手には木炭を持っている。

私と目を合わせるなり、すっと笑顔を消して――。


「…………」


峻烈(しゅんれつ)な勢いで描き始めた。

木製のイーゼルがガタガタと震え出す。

木炭の黒い粉が雪のように舞って、ヴァレリオ様の指先や、生成りのシャツの袖口を汚していく。


けれど、当人はまるで気にする様子はない。

ただ、無我夢中で木炭を走らせていく。


「「…………」」


メイド長様と先輩は、ヴァレリオ様が絵を描いているところを見たことがなかったのか、やや気味悪がっている。

執事様は見慣れているためか無反応。

ビアンカちゃんは大興奮だ。私もそれに近い。

勿論、決して表には出さないけど。


「ヴァレリオ様。作業を始められてから、もう二時間になります。そろそろ、一息つかれてはいかがでしょうか」

「僕はいい。クロエ様にお茶を」

「……はっ」


坊ちゃんは……残念ながら、全然楽しそうじゃない。

だけど、必死に何かを求めるそのお姿は、とても輝いて見えた。


出来ることなら昔のように、その何かを見つけて、無邪気に喜ぶお姿も見てみたいけど……これ以上欲張ったら、罰が当たるよね。

苦笑しつつ、カップに口を付ける。


どうやら彩色もなされているみたいだ。

クロエは来週には帰国することになっているから、今のうちに拾えるだけ拾っておこう……ということなのだろう。


そういえば、今お描きになっている絵はどうなるんだろう?

やっぱりクロエがいなくなったら、消えちゃうのかな?


「みゃお」

「「「っ!!!」」」


窓の縁に一匹のネコが座っている。

尻尾の先だけが白い、すらりとした体型の茶色いネコ。

ネコさんだ! どうしてここに――。


「ペンネロ! 久しぶりじゃないか」


ネコさんはスタタタタッと走り抜けて、ヴァレリオ様の足元でゴロンゴロンし出した。


まるで酔っぱらっているみたい。

私が持っているあの『一欠片の絵』を手にした時と同じ反応だ。

ヴァレリオ様の絵を味わってる? のかな?


っていうか、ネコさん名前あったんだ。

今度から私も『ペンネロ』って呼ばないと。


「ああ、すみません。一人で盛り上がってしまって」

「ふふっ、いいえ。もしかして、お名前の由来は『絵筆』?」

「はい! 何だかこの子、絵筆に白い顔料を付けたみたいでしょ――」

「ヴァレリオ様、お時間でございます」

「えぇ゛!!? ほっ、本当に!?」


ってことは、もう六時間も経ったのか。

本当にあっという間だったな。

体感で言えば三時間ぐらい。


体力的にはまだまだいけるけど、私がこの回でクロエでいられるのは、あと一時間だけだ。

名残惜しいけど、予定通り引き上げよう。


「足りない、こんなんじゃ全然……っ」

「ふふっ、まだあと一回お会いする機会があるではありませんか」


そう。それが()()だ。

以降は関わりの薄かった人から順に、クロエのことを忘れていく。

坊ちゃんもまた、例外なく。


それでいいと思っていた。

反面、いざ目前に迫れば、寂しくなるんだろうな〜……とも思ってたんだけど、今の私はなぜだかほっとしている。


これ以上嘘はつきたくないって、そう思っちゃったのかな。

何かしっくりこないけど、まぁ……そういうことにしておこう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ