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21.坊ちゃんと幸せになります

「はははははっ! 喋るネコまで出て来られたんじゃ、もう何でもありだね! そうか! フィオーラは魔女だったのか!」

「違います! ペンネロが精霊?で、私にクロエやルクレツィアに変身出来る『魔法のステッキ』をくれたんです!」

「へえ? 認めるんだ?」

「っ!!??」


背筋が凍る。しっ、しまった!? 何やってんの私!?

焦ってあろうことか、すべてをぶちまけてしまった。

早く、早く誤魔化さないと。


「あっ、えっと……これは……その……」

「はぁ~、もう可愛い……」


頬に何かが触れた。

温かい。これは……唇?


「ぼっ、ぼぼぼぼっ、坊ちゃん!?」

「へへっ、ごめん。つい」

「ダメです! こんなこと……っ。私ではとても釣り合わない」

()()()()()()()()、当主はじめサヴィオラの者達を守ったのだ。問題はなかろう」

「ペンネロ!!」

「……どういうこと?」

「コイツはもうメイドはやれん。二か月後には修道院に送られる」


言わないでって言ったのに。

いえ。今は怒っている場合じゃないわね。

頭を切り替えて、ヴァレリオ様を思い止まらせないと。


「兄さん達も、ルクレツィアのことを覚えているのかな?」

「奴らはあの女に命を救われている。完全に忘れるのには、それなりに時間がかかるだろうが……まぁ、数日ともたんだろうな」

「フィオーラに、もう一度変身してもらうことは?」

「不可能だ」

「……そう。分かった」


ヴァレリオ様は一息つくと、椅子から降りてベッドの下に片膝をついた。

何をされるのかと思えば、私の右手に向かって手を差し伸べてこられて。


「改めて、ちゃんと言うね。……僕の傍にいてほしい」

「いけません。貴方様のその尊いお身体は、私のような者のためにあるのではありません。しかるべき御方と結ばれ、血を繋ぐ。それが貴方様の負うべき義務であるはずです」

「説得してみせるよ。君が取り戻してくれた、この手で」

「……っ」


遠くから見ているだけで良かった。

嬉しそうに笑われているお姿を見られれば、それで良かったはずなのに。

私の手は少しずつ、ヴァレリオ様に向かって伸びていく。


「君のありのままの気持ちを聞かせて。全部、全部受け止めるから」

「私には……私には……もう何の価値も……」

「僕は君がいい。君じゃなきゃダメなんだ」


私の頬に涙が伝っていく。


完璧なメイドに近付くたびに、私は自分に自信を持てなくなっていった。

周りの人達に迷惑をかけたくない、ガッカリさせたくない。

そんな私が辿り着いたのが、歯車(礼法)に従って生きることだった。


我ながら上手くいっていたと思うし、不満もなかった。

だけど、坊ちゃんだけは違った。


来る日も来る日も待ち続けてくれた。

私の本音を。私のありのままの気持ちを。

こうしている今も変わらず――。


「……っ……」


坊ちゃんが静かに頷く。

その眼差しは、春の日の木漏れ日を思わせるようなあたたかさで。


私は喉の奥が子供のように引き攣るのを感じながら、震える指先で、坊ちゃんの手を――取った。


「好きです。好き……っ、貴方様を……愛しています――……んっ……!?」


両頬を包まれたと思った刹那、ぶつかるように唇が重なった。

互いの鼻筋が強く当たって、熱い吐息が混ざり合う。


「……んっ、……んぅ……っ、……はぁ」


何度も、何度も、角度を変えて口付けてくる。

今の坊ちゃんは飢えた獣のようだ。


熱い。恥ずかしい。くらくらする……。

堪らず坊ちゃんの腕を掴むけど、それでも止まってくれなくて。


「ぼっ、ちゃん……待っ……」

「ふふっ、……さすがに、もう……坊ちゃんは止してよ」

「では……はぁ……、なんと……?」

「ヴァレって呼んで」


それはご一族の方々や、親しいご友人の方々だけが口にされている坊ちゃんの愛称だった。

それを私が……? あまりにも恐れ多い。


でも、私はもう坊ちゃんの恋人なんだものね。

よっ、よし……っ!

私は意を決して唇を開く。


「ヴァレ……様」


やった。やってしまった。

項垂れていると、大きな笑いで包み込んでくれる。


「まぁ、()()前進かな」

「申し訳ございません」

「ごめんなさい」

「……ごめんなさい」

「そうそう」


銀色の睫毛が、サファイアブルーの瞳を覆う。

今度は私からも。ゴクリと喉を鳴らして、顔を寄せていく。


「だあぁああ!!! このバカどもが!!! 乳繰り合っとる場合か!!! 時間がないと言うただろうが!」

「そうだった! 兄さん達を説得しに行かないと」

「きゃっ!?」


坊ちゃん……ヴァレ様は、私を横抱きにすると、私にポートフォリオを持たせてドタドタと走り出した。


「ヴァレ様、いけません! まだ、足が――」

「あ」

「「あ……」」


部屋を出て間もなく、廊下でバッタリと一人のメイドと出くわした。

紅色の髪に、エメラルドグリーンの瞳の少女――ビアンカちゃんだ!


手にはオレンジ色のお花の花束を持っている。

あれはカレンデュラかな?


「えっ? えっ!? 坊ちゃん、もしかして……?」

「うん! 君のお陰だよ」

「わわわわっ!! やったーーーー!!!!」


ビアンカちゃんが、手にしていたカレンデュラを天井に向かって放り投げる。

無数の花が、私とヴァレ様に降り注いで……それはまるで――祝福のシャワーのようだった。


.。o○○o。..。o○○o。.


その後、ヴァレ様……いえ、ヴァレは二枚の絵を遺すことになる。


一枚目は、『サヴィオラの英雄図』。

これは『ルンガルディ家の陰謀』の一幕を描いたもの。

聖なる教会で、当主ジローラモらを襲う暗殺者達を、女剣士がダガーで薙ぎ倒す姿が描かれている。


特筆すべきは、彼女の足元に走る影だ。

激しい剣戟を繰り出す彼女の影は、あろうことか、メイド服を纏った少女の姿で描かれている。


二枚目は板絵で、表題は『ヴァレリオ夫人』。

表面には、メイドをしていた頃の夫人の慎ましい姿が。

対する裏面には、顔を寄せ合い仲睦まじく手を握る、金髪と青髪の美しい女性達が描かれている。


金髪の女性はその装いから高い身分の女性と推測されるが、傍らの青髪の女性は『英雄図』の女剣士と特徴が一致している。


作者であるヴァレリオは、なぜ『ヴァレリオ夫人』という題名で、メイド時代の夫人の姿を描いたのか。

英雄図の『影』と、夫人に因果関係はあるのか。


『夫人は剣士でもあり、高貴な血を引く令嬢でもあったのではないか――』


キャンバスに隠された夫人の真実を巡り、多くの学者や鑑賞者達の間で、尽きぬ憶測と議論を呼び続けたのは言うまでもない。



fin

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