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地味で堅物なメイドですが、キラキラ侯爵令嬢に変身した私に坊ちゃんが恋をしました【完結】  作者: 降矢 菖蒲
1章:地味で堅物なメイドが魔法のステッキを手にしたら…?

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2.三年後の坊ちゃんと私

昼下がりの陽射しに照らされて、金糸の壁布がキラキラと輝いている。

高窓から差し込む光は、レースの隙間をすり抜けて、大理石の床に格子模様の影を落としていた。


ここはサヴィオラ家の廊下だ。


私達三人――同僚のビアンカちゃん、私、そしてメイド長様は、入室予定のお部屋の前に一列に並んでいる。


二人の間に立つ私の手には、磨き上げられた銀のワゴンが。

上段には、白磁に金彩があしらわれたティーセットが整然と並び、湯気を立てるポットからは、紅茶の香りがふんわりと立ちのぼっている。


「もぉ~! 坊ちゃんったら、何やってんのよぉ~!」


堪りかねた様子でビアンカちゃんがぼやく。


彼女は私と同じ、黒のワンピースドレスに白いエプロン姿だ。

美しい紅色の髪は、シニヨンにしてまとめている。


ひときわ目を引くのは、アステリアでは珍しいエメラルドグリーンの瞳だ。


ビアンカちゃんは西方の王国・アルシェールの血を引く、所謂『ハーフ』。

語学も堪能なこともあって、メイド長様は勿論のこと、執事の方々やご当主様からも一目置かれている。


「静かになさい」


お叱りを飛ばされたのはメイド長様だ。

ご年齢は確か四十歳ぐらい。

アメシストを思わせるような、銀髪と紫の瞳の対比が美しいご婦人だ。


服装は私達『中級メイド』のものよりも、もう一段上等な感じで、胸元にはサヴィオラの家紋入りのブローチを付けている。


まさにこのお屋敷の顔とも言える方に、ビアンカちゃんは「だって~」と子供のように口答えをする。


使用人としては不適切だと思う。

礼を欠くし、場を乱しかねない。


それでも私は、ビアンカちゃんのこの柔軟で真っ直ぐなところが、羨ましくて仕方がない。


完璧なメイドに近付くたびに、私は自分に自信を持てなくなっていった。

今ではもう、歯車(礼法)に従って動くことしか出来ない。


「ヴァレリオ殿は、まだいらっしゃらぬのか!」

「申し訳ございません。もう間もなくいらっしゃるかと思うのですが」


扉の向こうから、耳をつんざくような怒鳴り声が聞こえてくる。


本日いらしているのは、この都市――アステリアの最高意思決定機関『十人委員会』の一席を占めるお方だ。

本来なら、お待たせするなどあってはならないことだけど……。


「うおおぉおぉおお!!!」


豪華絢爛なサヴィオラ家の廊下を、暴れ馬のような勢いで駆けてくる男性が一人。

あれは――ヴァレリオ様だ。


剣士や石工を思わせるような(たくま)しい体。

胸まで伸びていた銀髪は短く切り揃え、爽やかな夏の海を思わせるようなサファイアブルーの瞳を――キラキラと輝かせている。


かつてのあの……病床に伏した老人のようなお姿は、もうすっかり過去のものとなっていた。


「あ~♡ 今日もス・テ・キ♡」


ビアンカちゃんだけでなく、メイド長様までもがぽや~っと見惚れてしまっている。


これは何もお二人に限ったことじゃない。

ヴァレリオ様は今や、アステリア中の女性達の憧れの的なのだ。


画家をされていた頃は、髪も(ひげ)も伸び放題で、その美貌に気づく人はほとんどいなかった。


けど、パトロンとして表に立たれるようになってからは、それも一変。

眠っていた天性の色香が解き放たれて、たちまち世の女性を虜にしてしまった……というわけだ。


「ごめ、んね。ゲホッ……はぁ……嫌な思いをさせちゃって……」

「とんでもございません」


メイド長様が一礼する。私もそれに倣って一礼した。

ビアンカちゃんもそれに続くけど、興奮を抑えきれないようで小さく「やば~い♡」と呟いている。

うん。とても恐れ多いことだよね。私もそう思う。


「あ、モーリス……」


騒ぎを聞きつけて、執事様が廊下に出て来られた。

モノクルの奥に静かな光を宿す、老齢の紳士だ。

その落ち着いた面持ちが、ヴァレリオ様のお姿を目にした瞬間――驚愕の色に染まる。


「何ですか、その格好は!」

「へ? 何か変?」

「服装が乱れております。一体何をされていたのですか」

「っ!!? ちっ、違う! 僕はモデルをしていたんだ! 断じてその……女性と淫らな……っ、とっ、とにかく、そういうのじゃないからね!!」


ヴァレリオ様の目は、私達メイドに向いている。

良からぬ噂が広まるのを恐れてのことだろう。


メイド長様がすぐさま「心得ております」とお応えをする。私も礼をすることで、それに続いた。


()()、モデルをされていたのですね。それもヌードの」

「!!?」

「兄上様にきちんとご報告をさせていただきます」

「そっ、それだけは……!」

「貴方様は、サヴィオラ家の四男にして、アレッシオ様と並び、このアステリアの文化を担うお立場にあるのですよ。どうか、ご自身の立場に相応しい『自覚』をお持ちください」

「……うび~」


ヴァレリオ様はYESともNOとも取れない、何とも曖昧(あいまい)なお返事をした。

十中八九、納得がいっていない。

たぶん、またこっそりモデルをされるおつもりなのだろう。


ヴァレリオ様もまた『作り手』だった。

彼らの情熱には可能な限り応えたいと、そうお考えなのだろうから。


「まったく……」


執事様がヴァレリオ様の乱れた衣服を、一つ一つ丁寧に整えていく。


深い藍色の上着に、同系色のベストとパンツを合わせた、控えめながらも上質な装い。

襟元には淡いグレーのクラバットが結ばれ、その結び目には、サヴィオラ家の紋章を象った小さなピンが光っていた。


「整えましてございます――」

「素敵です!」


すかさずビアンカちゃんが絶賛する。

ヴァレリオ様は「ありがとう」と微笑みつつ、私の方にも目を向けてこられた。


やっぱり……。

私は緊張で体が震えるのを感じながら、何か……何か一言でもと、必死になって頭を働かせる。


だけど、何も思いつかなくて――ただ、頭を下げることしか出来なかった。


「ははっ……ごめん! 困らせちゃったね」


ヴァレリオ様の声が沈む。

ガッカリさせてしまったんだろう。

ああ……またやってしまった。


一日でも早く、ヴァレリオ様のお役に立てるメイドになりたい。


そう思って励んできたはずなのに、私はヴァレリオ様をガッカリさせてばかりいる。


ヴァレリオ様が喜んでくださるのならと、ビアンカちゃんの真似をしようとした時期もあった。


でも、結局止めた。

ヴァレリオ様が求めていらっしゃるのは、誰かを真似た『作り物の言葉』なんかじゃなくて、熱の通った『私の言葉』なんじゃないかと……そう思ったからだ。


ビアンカちゃんを見習うように求めてこなかったり、こんなふうに何度となくチャンスをお与えくださるあたり、おそらくは間違いないだろう。


自動人形(アウトーマ)のような私を憐れんでのことなのか、真意は定かではないけど、私からすれば困った事態だ。


人には向き不向きがある。

出来ることなら、ヴァレリオ様にもご理解いただきたいところなのだけれど。


「参りますよ、坊ちゃん。いいですか、まずはきちんと謝罪を――」

「はいはい。分かってるよ」


「しっかり頼みますよ」と、執事様は再度念押しをされた後で、扉をノックした。




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