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地味で堅物なメイドですが、キラキラ侯爵令嬢に変身した私に坊ちゃんが恋をしました【連載中@3/31完結予定】  作者: 降矢 菖蒲
2章:キラキラ侯爵令嬢になって坊ちゃんをメロメロにしようと思います
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11.妖艶な若き巨匠と純真無垢な坊ちゃんの健全なお付き合い

サロンには、ヴァレリオ様とアレッサンドロ様の姿があった。

使用人は……置いていないみたいだ。


――二人っきり。


あのいかがわしい妄想が過りかけて、慌てて掻き消す。


お二人は扉の近くにある赤いベルベットのソファに、向かい合わせで腰掛けている。

手前がヴァレリオ様、奥がアレッサンドロ様といった具合だ。


服は……着てる! 良かった~。

まずはそのことにほっと息をつく。


「むぅ~。見れば見るほど変態だ」

「どこがよ。とっても素敵な殿方じゃない」


アレッサンドロ様のお顔を拝見するのは、これが初めてのことだった。

端的に言えばそう……とても妖艶なお方だ。


すっきりと通った鼻筋に、どこか情熱をはらんだ薄い唇。

琥珀色の瞳は知的で、それでいてどこかミステリアスな輝きを放っている。


肩まで届く黒髪は、芸術家らしい奔放さで緩やかにウェーブしていて、煩わしげにそれを掻き上げるたびに、芳醇なワインを思わせるような色香が、こちらまで漂ってくるような気がした。


もしかしたら、ペンネロには刺激が強すぎるのかもしれない。

……だからって、変態呼ばわりしていい理由にはならないけど。


「ごめん!」


当然、ヴァレリオ様が深々と頭を下げた。

それを受けてペンネロが、「おぉ! いいぞ! ケツはやれんと、ハッキリと言ってやれ!」などと言って騒ぎ出す。


このままだと、お二人に気付かれかねない。どうしよう……。

悩んだ末に、私は――ペンネロの顎の下に手を伸ばした。


「ほにゃ……はふ……」


こしょこしょすると、ペンネロはぽや~とし始めた。

どうやら効いたみたいだ。

私はほっと息をついて、改めてお部屋の中を覗く。


「教皇庁から依頼されていた、フレスコ画の依頼が……白紙になってしまって――」

「ああ、構わないさ。正直言うと、あまり気乗りしなかったんだ」


何て艶やかな声だろう。

甘いけど、伸びやかで、それでいてほんのりスモーキーでもある。


見た目も、声もあんなに色っぽいのに、性格はあんなにも気さくで寛大で。

ヴァレリオ様が()()()()……じゃなくて、頼られるのも無理はないのかもしれない。


「男は趣味じゃない。描くならやはり女性がいい」


ペンネロが「何!? アヤツ、その気はないのか!?」なんて言いながら、あわあわし出す。

……そんなことだろうと思った。

私は深く溜息をついて、ペンネロの顔をもみくちゃにした。


「女性の肖像画か、婚礼画の仕事を回してくれないか?」

「ああ、勿論! 君が描く女性は本当に美しく、それでいて生き生きとしていて、実に魅力的だ! 僕としても自信を持って推せる!」

「ふふっ、ありがとう。いい依頼(ヤマ)を期待しているよ、ヴァレ」

「…………」

「…………」


沈黙が訪れる。

話が済んだというよりは、ヴァレリオ様がぶつっと中断させてしまったような感じだ。

アレッサンドロ様も意図が分からずにいるのか、首を傾げている。


「? 何だい?」

「あの……! えっと……その……」

「おやおや? もしや、色恋の相談かな?」

「ちっ、違う! 今日はそうじゃなくて、その……絵の、アドバイスを……」


ヴァレリオ様は、頭を深く沈めて、肩も小さく震わせている。

絵の助言を求める――これはたぶん……いえ、間違いなく、ヴァレリオ様にとって、とても勇気のいることなんだろう。


「私で良ければ喜んで」

「っ! あっ、ありがとう」


アレッサンドロ様は訳も聞かずに、快く引き受けてくださった。

ヴァレリオ様のただならぬご様子から、諸々察してくださったんだろう。

人の心の機微に聡い、鋭くもお優しい方だなと思う。


「これなんだけど」


ヴァレリオ様が、イーゼルにかけていたカバークロスを取った。

だけど、私の位置からはほぼ何も見えない。

部屋の奥に置かれている上に、お二人の背中で隠れてしまっているからだ。


まぁ、見えたところで、私に絵の良し悪しなんて分からないんだけど……

ちょっと……いや、凄く残念に思う。


「驚いた。人体の把握も、空間の把握も完璧じゃないか。短縮法も見事に使いこなしている。芸術の都アステリアと言えど、これほどまでに精巧に描ける画家は、そうはいないだろうね」

「……お世辞はいいよ」


ヴァレリオ様はカバークロスを握り締めたまま、深く顔を俯けている。

称賛されることに、強い抵抗があるご様子だ。


『サヴィオラ家の四男』の作品ではなく、一人の画家の作品として見て欲しい。

そんな切なる願いが伝わってくるようだ。


これまでは、たぶん……ヴァレリオ様のご期待にお応えくださる方は、あまりいらっしゃらなかったのだろうと思う。


だけど、きっとアレッサンドロ様なら。

私は逸る期待を胸に、若き天才の背中を見つめる。


「だが、ふふっ……やっぱり君は真面目というか、初心というか。美に対して、やや(へりくだ)り過ぎているね」

「遜る! なっ、なるほど! 僕の絵に足りないのはそういう……。あ、じゃあ、どうすればいい? 君のように美しく、生き生きとした女性を描くには、一体どうしたら???」

「そりゃ勿論、多くの女性を知ること――」

「それはなしで」

「はいはい」


アレッサンドロ様は苦笑しつつ、再び絵に目を向けた。

首を傾げて「ん~」と小さく唸る。


「そうだね。例えば君は、この女性のどこに性的な魅力を感じる?」

「「なっ!!?」」


つい坊ちゃんとハモってしまった。

何を、何を仰るのですか、アレッサンドロ様~~っ!!?


「ほらみろ! やっぱり変態だった!」と得意になるペンネロを、ぎゅーっと力任せに抱き締めることで、何とかその場に踏み止まる。


何でだろう?

聞きたくない! なんて思っているのに、意地でも踏みとどまろうとしている。


アレッサンドロ様が信頼に足るお方であることは、もう十二分に確認出来た。

この場から引き上げてもいいはずなのに。


「胸か? うなじか? それとも尻か?」

「そっ、それは――」

「そう! それだ! それを描くんだよ、ヴァレ」

「へっ!?」

「今、想像しただろ? 彼女の裸を」

「っ! そんなわけ! ……ある……けどさ」


ペンネロが、「ふんっ、ヴァレリオも所詮は男というわけか」と知ったような口を叩く。

私にはそれがどうにも許せなくて、ペンネロの顎の下を執拗にこしょこしょした。


そうすることで、何とか平静を保つ。何とか……何とか……。


「まぁ、無理に官能性を追求しろとは言わないさ。ただ、肉眼ではなく、『心の目』で見ることにも、意識を向けてみてほしい」

「心の目か……」


ヴァレリオ様は何かを掴んだご様子だ。

晴れやかな表情で「やってみるよ」と力強くお返事をなされた。


それを見届けた私は、そっと扉を閉めた。

ペンネロも何も言わずに、テッテッテと私のあとについてくる。


「ねえ、クロエが消えたらあの絵はどうなるの?」

「絵は残る。だが、あの女が何者なのかは分からなくなる」

「空想上の女性って、思いこむようになるってこと?」

「まぁ、そんなところだな」

「じゃあ、あのアレッサンドロ様のご助言は?」

「あれならまぁ、『空想上の女』でも成立する話だからな。抹消されることはないだろう」

「良かった……!」


ほっと胸を撫でおろす。

何かもう……やり切った感が凄いな。

あとはもう、幕が下りるのを待つだけって感じだ。


「お前、妙に爽やかだな」

「そう?」

「もっとこう……ないのか。惜しむ気持ちとか……その……」


らしくもなく、気遣ってくれているみたいだ。

不器用な優しさが、嬉しい反面どうにもおかしくって。


「笑うにゃ!!」

「十分だよ。もうこれ以上何もいらない」


何だか一生分の運を使い果たしてしまったような気がする。

でも、それでもいい。


坊ちゃんにまた筆を執っていただくことが出来たわけだし、それに……今回の一件で、私が目指すべきメイド像も、朧気(おぼろげ)ながらに見えてきた。


自動人形(アウトーマ)のままでも、ほんの少しだけネジを緩めれば、坊ちゃんにもご満足いただける。

坊ちゃんから信頼いただけるメイドになれるんだって、そう思えたから。


「……バカたれ。聖人にでもなるつもりか」


ペンネロの負け惜しみのような悪態が、また何ともくすぐったかった。




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