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地味で堅物なメイドですが、キラキラ侯爵令嬢に変身した私に坊ちゃんが恋をしました【連載中】  作者: 降矢 菖蒲
2章:キラキラ侯爵令嬢になって坊ちゃんをメロメロにしようと思います
10/16

10.坊ちゃんの純潔が危ないので見張りに行きます

翌日の午後。

私は軽食がのったワゴンを押して、廊下を歩いていた。

数歩前には、ヴァレリオ様の専属執事であるモーリス様の姿がある。


向かう先は、ヴァレリオ様のアトリエ。

ヴァレリオ様は、変わらず美術のパトロンとして多忙な日々を送りながら、合間合間で絵の制作を進められていた。


『坊ちゃんが軽食を所望された。フィオーラ、手伝ってくれ』


執事様からご指名をいただいたあたりから、何となくヴァレリオ様の企みを察している。

でも、今回は大丈夫。


クロエのお陰で調()()は済んでいる。

ヴァレリオ様をガッカリさせるようなことにはならないだろう。


「どっ、どうぞ!」


ヴァレリオ様からのお返事を受けて、アトリエの中へと入っていく。


部屋の中は、さらさらとした無機質な炭の香りと、しっとりとした水の香りで満たされていた。


何か探しものをされたのか、整えておいたはずの棚や机はゴチャゴチャになっている。


勿論、不満に思うことなんてない。

むしろ、嬉しくて仕方がない。それこそ小躍りしてしまいたいぐらい。


「やっ、やあ! 忙しいのに悪いね」


ヴァレリオ様は先日と同じ、白いシャツ&黒いパンツの略装で、私達に向かって背を向けるような恰好で作業をされていた。


これは……見ていいってことだよね……?

私は遠慮がちに覗き込んで――思わず息を呑んだ。


相変わらず、恐ろしいほど精巧な絵をお描きになる。

緩やかに流れる髪のひと房から、細工の凝った髪飾りに至るまで、ほんの僅かな誤魔化しもなく、正確にクロエを写し取っている。


美に対する『誠実さ』と『底知れぬ執念』。

それらが織りなす静かな気迫に、私はただただ圧倒されてしまう。


「あっ、あんま見ないで! まだ、全然途中だから!」


見過ぎてしまったみたいだ。

私は深く腰を折ってお詫びする。


「失礼致しました」

「あっ、いや! 別に謝ることじゃ……あ~~~っ」

「坊ちゃん。お茶のご用意を進めてもよろしいでしょうか?」

「……あっ! うん!! ぜひ!!!」


何とも力強いお返事。

私も同じ思いだ。まさに渡りに船。

執事様には感謝してもしきれない。


私はいつもの調子でお茶出しの補佐を務め、ワゴンと共に壁際に控えた。

ここから、ヴァレリオ様が『下がれ』と命じられるまではずっと待機。

お茶のおかわりのご希望があれば、執事様と共に対応する。


――つまりは、合法的に見学することが叶うというわけだ。


たぶんこれが、ヴァレリオ様なりの『さり気ない感謝』なんだろう。

じんわりと胸が熱くなる。

ありがとうございます、坊ちゃん。


「……っ」


その時、ヴァレリオ様の手が止まった。

どうされたんだろう?


不安に胸をざわつかせながら、その広い背中を見つめていると――ヴァレリオ様がゆっくりと振り返った。


両方の眉を下げて、唇を固く引き結んでいる。

端的に言えば、酷く申し訳なさそうなお顔をされていて。


「ごめん。今日はここまででいいかな?」


やっぱり見られていると、思うように集中出来ないんだろう。

にもかかわらず、こんな素敵な場を設けてくださったのですね。

私は自分の胸が熱くなるのを感じながら、深く頭を下げた。


――もう十分です。ありがとうございました。

言葉に出来ないこの気持ちを、型通りの挨拶にのせて。


「かしこまりました。失礼致します」

「あ……」

「? 何か?」

「へへっ……笑顔、やっと見れた」

「えっ?」


私、笑ってた?

執事様の方に目をやると、我関せずと言わんばかりに目を伏せていらっしゃる。

これは本当に笑ってしまっていたのかもしれない。


「よーし! 頑張るぞ~!」


ヴァレリオ様は言うなり、軽く飛び跳ねるようにしてイーゼルに向き直った。

私は撤回することも、謝罪することも出来ないまま、執事様と共にアトリエを後にする。


ヴァレリオ様が求めるメイドに近付けたのだから、むしろ喜ぶべきなのかも。

でも、やっぱりサヴィオラのメイドとしては……。

――と、一人悶々とする。


そんな中、執事様が声を掛けてこられた。

いつの間にやら、物干し場は抜けている。……本当にいつの間にやらだ。


「これからは月に一度、不在の折に清掃をしてほしいとのことだ」


執事様は勿論、ヴァレリオ様もあの秘密の掃除を知っている。

その事実を改めて実感して、途端に気恥ずかしくなった。


「負担なようなら、他の中級メイドと分担しても構わないとのことだが――」

「いっ、いえ! 引き続き私一人で!」

「…………」

「あっ……」


執事様の瞳が真ん丸になっている。

あまりのはしたなさに、呆れていらっしゃるんだろう。

私はワゴンの取っ手をぎゅっと掴んで、一層深く頭を下げる。


「お気遣い痛み入ります。ですが、お力添えは無用にございます。週に一度の清掃でも、業務にまったく支障がなかったので」

「……知っての通り、メイド長は君に大きな期待を寄せている。指導も年を追うごとに、熱を帯びたものになっていくだろう。くれぐれも、無理せんようにな」


きっと私は誰の手も借りない。

いくら忙殺されようとも、「私がやります」と言って聞かないだろう。


そんな確信めいた予感が、胸の中に漂っている。

何だか、そんな自分が酷く稚拙に思えて。


「承知致しました」


熱くなった頬を隠すように、一層深く頭を下げたのだった。


.。o○○o。..。o○○o。.


翌日の午後。

私はペンネロに呼び出された。

とにかく急ぎの用だというので、メイド長様から許可を得て渋々持ち場を離れる。


指定された場所は、寮にある私の部屋だった。

扉を開けるなり、ペンネロが「遅い!」と文句を垂れる。


「~~っ、仕方ないでしょ。仕事中なんだから!」

「ヴァレリオの純潔が穢される!! 直ちに見張りに行け!!」

「はぁ? 何を藪から棒に……」

「アレッサンドロとかいう『変態』が来ているのだ! 吾輩はつい先ほど、かの者とヴァレリオが、東のサロンに入っていくのを見た!」


――アレッサンドロ様。

ヴァレリオ様が見出された画家だ。


連作『美徳の擬人像』のうち、担当画家の不手際により完成が危ぶまれてしまった『剛毅』。

その穴を埋めるべく、筆を執られたのがアレッサンドロ様だった。


手掛けられたその一作は、ヴァレリオ様や依頼元の『十人委員会』の期待をも遥かに凌駕する傑作となり――アレッサンドロ様は一躍時の人となった。


そんな偉大なるお方に対して、このネコは……。


「失礼にも程があるわ。根拠もなしに変態呼ばわりするなんて」

「根拠ならある! あの者は、前来た時にヴァレリオを脱がせていた!」

「……ヌードのモデルをなさっていたんでしょ」

「それだけではない! ヤツは芸術のためだ、何だなどと言って、ヴァレリオの肌を撫で回し、情欲を煽っておったのだ!」

「えっ……」

「ヤツには間違いなく()()()がある! ヴァレリオを狙っておるのだ!!」


私は思わず想像してしまった。


――陽光の差し込む東の小サロン。

その中央にある深紅のベルベットの長椅子。

そこに横たわるヴァレリオ様に、一人の男性が迫る。


『まっ、待って……』


遮るもののないヴァレリオ様の白い肌に、男性の手が触れる。

――アレッサンドロ様だ。

その指先は、ヴァレリオ様の白く透き通るような太腿を慈しむように、けれど執拗に撫で回していって。


『んっ……』


ヴァレリオ様の薄い唇から、屈辱と、抗いがたい熱をはらんだ吐息が漏れる。

それと同時に、腰を覆う薄い布(ドレーパリー)さえも剥ぎ取られて――。


「いやいやいやいやっ!!! パトロンと画家の関係なのよ! そっ、そんなとち狂ったことするわけが……」

「あのヴァレリオのことだ。『才能への投資』などと言って、ヤツの無礼を許しかねん」

「う゛っ! ……そっ……それは……」

「貴様はヴァレリオの従者であろう? 婚前の主人の貞操を守るのもまた、従者の務めなのではないか?」

「あ~~~!!! もう!!! 分かったわよ!!!」


私は半ばヤケクソで、部屋を飛び出した。

これは何も、ペンネロの妄言を鵜呑みにしたわけじゃない。

万が一……万が一、の時のためよ。


そう何度となく言い聞かせて、お屋敷の中を突き進んでいく。

辿り着いたのは東棟の突き当たり――。

重厚な沈黙を守る、東の小サロンの扉だ。


私はけたたましい心音に悩まされながら、扉をほんの数ミリだけ押し開けた。

そして、ふぅーっと息をついて、恐る恐る中を覗く。




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