【短編】悪役令嬢は、トンズラすることにした
よろしくお願いいたします。
悪役令嬢に転生した。
そのことに気が付いたけれど、散々ヒロインをイビり、権力を振りかざし、私の評判はすでに地に落ちている。
ハッキリ言って、もうわりと取り返しのつかない状況だ。
小説や漫画であればここから巻き返し、ざまぁ回避や秘技ざまぁ返しなんかも炸裂しただろう。
だがしかし、私はただ前世の記憶を思い出しただけの悪役令嬢だ。しかも、特技はない。
現実的に考えてここは──。
「トンズラ一択ね」
思い立ったが吉日。
私は、執務室へと向かった。
「お父様っ!!」
ノックもせず、ドアを開け放つ。
わがまま娘に育った私、レーリエ・ヤクレインの行動としては百点満点だろう。
「レーリエ、ノックくらい──」
「私、殿下との婚約を解消し、領地に帰りますわ」
「…………は?」
「ですから、殿下と婚約解消して、領地に帰りますの。もう、社交界にも殿下にも飽きてしまいましたわ」
秘技扇子パタパタをしながら、ため息をつく。
「お前、あんなにも殿下に執心してたじゃないか。気を引きたいだけなら、やめておきなさい。大変なことに──」
「何を言ってますの? わざわざ気なんて引きませんわ。殿下って、何をするにもお手本通りで面白みがありませんの。お顔は好みでしたけど、もういりませんわ」
そう言い放つと、お父様は頭を抱えてしまった。
「因みに、どんな男が好みなんだ?」
「え? えっと……」
何でそんなこと聞くの? とにかく、殿下が絶対にしないことを言えばいいよね。
「私以外には笑みの一つも見せず冷徹で、私にだけひどく恋焦がれているような方……かしら?」
「そうか。なら、殿下で問題はないだろう。馬鹿な考えはやめて──」
「とにかく! 殿下には飽き飽きですの。婚約解消しておいてくださいまし」
ごめん、お父様。でも、一家断罪よりいいでしょ?
というわけで、悪役令嬢な娘はさっさと領地にトンズラこかせていただきます!
「私さっそく領地に帰りますわね。あとのことは頼みましたわ」
「ちょ、レーリエ待ちなさ──」
最後まで聞くことなく、執務室をあとにする。
今までどおりのわがまま娘。私のイメージを変えることなく、任務達成だ。
こうして私は、止めるお父様を振り切って王都を去ったのだった。
***
はい、領地です。長閑です。使用人たちは私を遠巻きにしています。
うん、ここでも私は悪役令嬢である。
「今日のおやつはモンブラン以外受け付けないわ。シェフに、できる限りぐるぐる部分は高くするよう言ってちょうだい」
何ていう無茶振りをしながら、毎日のんびりと暮らす。
少しくらいわがままを言っておかないと、別人だと疑われるからね。
「ちょっとそこの貴女。今すぐ釣り竿を用意なさい。釣りに行くわ。今日のディナーは、私の釣った魚よ!」
あぁ、楽しい。
どんなわがままも許される。
悪役令嬢、最高かよ……。
もう一生結婚しないで、ここで生きていくわ。
湖へと着き、巨大パラソルを用意しようとする使用人に「そんなものはいらない」と言って困らせながら、鼻歌交じりに釣りを始める。
「集中できないから、先に帰ってなさい」
「しかし、お嬢様をお一人にするわけには……。せめて、護衛だけでも残させていただけませんか?」
「いらないわ。ここはプライベート湖ですもの。おやつの時間もあるし、ニ時半頃に迎えに来てちょうだいね」
そう言うと使用人は黙ってしまう。
「何? 私の言うことが聞けないっていうの?」
「そのようなことは……」
「なら、さっさと行きなさい」
使用人と護衛を追い払い、ランチにと置いていってくれたサンドイッチを頬張る。
のんびり魚がかかるのを待っていれば、今までにない引きを感じた。
「いゃっほーーーい! これは、大物よ!! って、あら? あらららら?」
とても大きな影の魚が、グイグイと竿ごと私を引っ張る。
「ま、負けるもんか……」
釣って帰って、魚拓をとるんだ!
そして、玄関ホールの一番目立つところに飾るんだから!!
絶対に離すものかと踏ん張るけれど、そろそろ私の方が限界だ。
このままでは、湖に引きずり込まれてしまう。
「誰か手伝って……」
って、私が追い返したんだった。
どうする? 諦める?
でもこんな大物、二度と出会えないかもしれない。
「ファ、ファイトー!!」
最後の力を振り絞り、竿を引く。
すると、急に竿が軽くなった。
ザッパーーーーン!!
「やったーーーー!! 大物よ!! ゼノン、戻ってきてくれたのね。でかしたわ!!」
護衛のゼノンだと思い、嬉しさを隠すことなく振り返る。
けれど、そこにいたのはゼノンではなかった。
「………………え? 殿下?」
「ゼノンって、誰かな? レーリエの新しい男?」
笑っているはずなのに、殿下の目が怖い。
というか、何でここにいるの?
まさか、私を断罪しに!?
「ずいぶんと楽しくやってるみたいだね?」
「で、殿下の方は、ヒロインちゃん……えっとアイリス嬢でしたっけ? しっかり攻略されてますか?」
「…………攻略?」
し、しまったーーーー!!
慌てすぎて、余計なことだけ言っちゃった。
ど、どうにか誤魔化さないと。
「しっかり、こう……りゃくりゃくと仲良くしてるかなって?」
「りゃくりゃく?」
「着々的な?」
あー、もう駄目だ。自分でも何言ってるか分からない!
「そ、そんなことより、急にどうしたんですか?」
「レーリエを迎えに来たよ」
「──っ! う、打ち首だけは、ご勘弁を!! どうしても駄目なら、このお魚ちゃんの魚拓を取ってからにしてください!!」
土下座しようと地面に片膝をついたところで、殿下が私の腕を取り、すぐさま立たせる。
謝罪すら受け入れないってこと!?
もう、駄目だ……。終わった……。
「斬首は怖いので、一番痛くない方法でお願いできませんか?」
「は?」
「あと、魚拓は我が家の玄関に飾る分と、一緒に釣り上げた殿下の分。それから私の墓前にもほしいので、計三枚でお願いします」
「何を言ってるのかサッパリわからないんだけど……」
殿下が本気で混乱しているのを見て、この世界には魚拓がないのだと理解した。
「連行される前に、魚拓の取り方をお伝えする時間はいただけますか?」
「…………何を勘違いしているのか知らないけど、婚約者を迎えに来ただけだよ」
「だから、私を断罪するために迎えに来たんですよね?」
そう聞いた瞬間、殿下の纏う空気の温度が下がった気がする。
「たしかに、罪は償ってもらわないとだよね。あんなに俺のこと好きだって言ってたのに、急に婚約解消なんて言われて、俺がどう思うのか考えなかった?」
「…………邪魔者がいなくなって、ラッキー的な? う、ウソです! ごめんなさい! 私が間違っておりました!!」
な、何?
今、踏み越えてはならないものを踏み越えてしまったような? いや、それが何だかはわからないけど。
「ねぇ、レーリエ。こんなにもレーリエを愛していて、きみの理想の王子様でいるのに、まさか俺から逃げたりしないよね?」
「は、はひ……」
有無を言わせぬ雰囲気に思わず頷く。
「じゃ、王都に帰ろうか」
そう言って、殿下に手を引かれる。決して強い力ではないのに、逃がさないと言われている気がしてならない。
だけど、このまま王都に帰るわけには……。
「ま、待ってください!」
「何?」
いつも優しかった笑みは消え、じっと私を見る殿下の目にはハイライトがない。
「レーリエに選択権はないよ」
淡々と言われ、ヒュッと私ののどが鳴る。
怖い……。
だけど、どうしても諦められない!
「魚拓して、モンブランタワーを食べないと、王都には帰れません!!」
意を決して叫ぶ。
すると、殿下は何度か瞬きし、困ったように小さく笑った。
「そういうとこなんだよなぁ……」
「へ? そういうとこ?」
「んーん。何でもない。ただ、何年経ってもレーリエは変わらないなと思って。気持ちいいくらい、自分の気持ちに正直だ」
眩しいものを見るように、殿下は目を細める。
その顔に、殿下と出会ったばかりのまだ幼い頃を思い出す。
「俺は、期待を裏切れないから……」
そう言った殿下に、私は何て答えたんだっけ?
あぁ、そうだ。たしか──。
「勝手に押し付けてくる理想を叶えてあげる必要なんて、どこにもありませんわ。私は、私の生きたいように生きるって決めてますの! 邪魔する者は容赦しませんわよ」
って、言ったんだ。
子どもらしい思考かもしれないけど、悪役令嬢の素質をこの頃から感じるのは気のせいだろうか。
「レーリエ、あの頃から俺の願いは一つだよ。レーリエが俺の一番近くにいて、俺だけを見ていることなんだ」
「殿下……」
もしかしなくても、悪役令嬢なのに溺愛されてる系ってこと?
「だから、理想の王子様を演じてたけど、もう止める」
「へ?」
「私以外には笑みの一つも見せず冷徹で、私にだけひどく恋焦がれているような方……だっけ? もう演技は必要ないみたいだ。ね、レーリエ?」
あ、あれ?
溺愛のみじゃなくて、執着ヤンデレルート解禁しちゃった?
「殿下、私への断罪とかって……」
「するわけない。けど、逃げた罰として二度と俺の目の届かないところには行かせないから」
…………うん。間違いない。
新たなルートオープンだ。
執着ヤンデレルートかぁ……。しかも、何故か私相手に……。
断罪されないし、まぁいっか!
こうして私のトンズラは終わり、殿下と王都へと帰った。
因みに、ヒロインちゃんは殿下の護衛騎士狙いだったらしい。勘違いして、ごめん。
「殿下! 今日も魚拓を取りますよ!!」
王城内に殿下が私専用の釣り堀を作ってくれたので、日課となった釣りへと出かける。
今度、二人で川釣りデートにも行く予定だ。
釣り竿片手に鼻歌を歌う私の隣には、私にしか笑みを見せなくなった殿下がいる。
「レーリエ、釣り堀をもう少し拡張しようと思うんだけど、どんな感じがいいとかある?」
「いえ、殿下にお任せします!」
あー! 今日も悠々自適な生活、最高!
執着ヤンデレルートかと思ったけど、殿下がどこにでもついてくるだけだし、特に何もなかったや。
これって、ハッピーエンドってことだよね!!
実は、もともと私の前以外で、殿下はニコリともしなかったので、周りから見たら何の変化もないのだけど、そんなこと知る由もない私は、今日も呑気に釣りをするのであった。
──おしまい──
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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感想もとても嬉しかったです。すべて楽しく読ませていただいています。(魚拓へのツッコミが増えてて、笑ってます。ありがとうございます!)
たくさんの方に読んでいただけ、もしかして後日談の短編を書いても喜んでもらえるのでは? と、思い始めました。
魚拓を持ってヒロインちゃんに謝罪に行ったり、王妃になったら今より自由じゃないと今更ながら気づいてみたり……などなどネタはたくさんあったりします。
もしかしたら、後日談短編をそのうちあげるかもしれません。
その際は、また楽しんでいただけますと嬉しいです。




