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06_終わりなのか始まりなのか

「オレたちの過去は、妹の言ったとおりだ」


夜明け前。彼女は医務用の一室のベッドで、まだ昏々と眠り続けている。

何故か変態男もついてきて椅子に座っている。


変態男の部下?は、甲斐甲斐しくメリの額に濡れタオルを乗せたり体温を計ったりしていた。

黒髪の、特に特徴のない凡庸な若い男だ。

が、意外にも身のこなしは悪くない。隙もない。


「改めて。オレの名はアイン・グライフ。こいつはマイラ・グライフ」

エネはメリの横に腰掛け、自分たちの、本当の名を明かした。

「グライフは東南にある集落の、長の一族だ。血筋の女系だけが罹る病気があって、メリは小さい頃から閉じ込められて育った。二十歳を過ぎてしまえば、生きていくのは難しいと」

遠い目で、淡々と語る。

二人で旅立った日を、思い起こしているのか。

「後悔したことはねぇ。全力で生きて、生きて、もしも運よく生き延びたらその日々の記憶を糧に、どこか緑のある場所で、静かに二人で暮らすつもりだったさ」

《どんな病なのだ》

私の問いに、言いにくそうに瞳を逸らす。

「稀に別人のようになり、正気を失う。子供のようになったり、暴れたり、そして暫くすると意識を失い正気に返る。君の見た通りさ」

なぜか変態男が答えた。

「どうして知っている?」

火の入った瞳が、彼を見る。

氷のような端正な顔が、動じずに見返す。

「…そいつの言うとおりだ。だが、メリは子供の頃に一度しか発症は無かった。それに、レギオンに操られるなんて聞いたこともない。一体、何が起こったってんだ…!」


それは私にも分からない。人生の半分以上でレギオンを見てきたが、人の精神に影響を及ぼす存在など初めての経験だ。

本当に操られていたのか。それとも、


…操っていたのか…?


なおのことあり得ない。

軽く首を振って不穏な妄想を追い出す。


「でも君たちは三日後に、東の方で仕事があるのだろう?既に手付けも受け取っている」

「だから、何で知ってるんだよ…そうだが」

王様の耳はロバの耳だからね、などと言いつつ金髪の男がメリの脈をとり、瞳孔を覗き込む。

二十代か三十代か、端正な見た目から年齢は予想し難い。長身の所作のひとつひとつが優雅で美しい。

そして言っていることの半分以上は意味が分からない。


「…そうだな、少なくともあと月齢三周、百日程度は最低でも大丈夫だろう。溜まってたんだね」


分からない。この変態を信じていい根拠が何も分からない。信用していいのか。

「心にも身体にも今回の傷はない。起きたら、その仕事に行くといいよ」

優しい声で、少年のような笑みを浮かべる。

まるで人間の完成品だ。この所作に安堵感を覚えない者は、ほぼいないだろう。

「そこでまとまった蓄えが出来たら、しばらく二人きりでいられるのだろう?君たちも含めてその方がみんな安全安心」

「タカラビ殿」

振り返ると、長老と側近たちが立っていた。

「おぉ!おお、ウツギくんか!大きくなったな!いや大きくを通り越してまた小さくなったな?」

タカラビと呼ばれた変態がぶんぶんと長老の手を取り挨拶をする。ここの中枢と旧知なのか。

「そちらは」

「家来だ!」

ふんぞりかえって紹介する。

「何とお呼びすれば」

「家来の名などどうでもいいことだが、そうだな、ヨワビと呼ぶがいい」

ひぃ、と家来の男が鳴いた。抗議なのか?

「タカラビ殿、ヨワビ殿。来ていただけますでしょうな」

いいよ、と跳ねるように椅子を立つ。

「じゃ〜僕はエライひとたちとお話があるので、さらば!あとよろしく!」

「あ、ま、まってください…」


二人が、去った。と、ほぼ同時に。


「…エネ兄?ここは?わたしは…」


メリが目を覚ました。

「あ、ああ、急に風呂で気を失って」

《そのあとレギオンに襲われた》

急いで書き、見せる。事前の口裏合わせの通り、メスの人々に騙ったのと同じストーリー。まるきり嘘でもない。

「そうだったんだ…。何も覚えてないや。ごめんね、迷惑かけたねきっと」

全然、と私は書き、彼は自声で、同時に答える。

咄嗟に合った呼吸に、メリが笑った。

確かに、心に傷を負ってはいない。良かった。

病の話は、いまは終わりでいいだろう。


「どうするんだ、これから?」

アインと名乗った男が問う。

《東の仕事とやらへ行くのだろう》

「ああ。砦の盗賊退治と聞いてる。それが終わったら、少し早いが引きこもるかな…あの男の言うとおりに」

《荒事なら付き合おう》

「…いいのか?」

《お前ら弱いから》

ふざけて軽く殴りかかるアイン…エネの拳を、軍手で受ける。

朋友同士、互いに視線で笑みを交わす。

マイラ…メリも、口を尖らせ笑っている。


東の盗賊退治。そう手間でもないだろう。

私と、ミコトがいれば。

大切なマスクを装着する。バツの、初仕事だ。



その選択の先に、大きな後悔が待っているとは。

その時の私には、まだ知る術は無かった。


(FIN.)





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