04_妹と女友達が風呂場で一戦交えるっぽいのだが
「ぐはー、いいお湯」
メリの飾り気も色気もない声が、浴場に響いた。
地下のメスから地上に突き出た中央ビル廃墟、その屋上。ここより上は崩れて存在しないので、結果的に頂上というだけだが。
崩れた天井の上には、夜空に満ちた月が見える。
月明かりで十分に明るい。
「それにしても村長さん面白かったね。技師さんたちの説明でちっちゃい目を丸くしてたよ」
電源ボタンの不調で、停止信号が間隔的に送られていただけ、という超単純問題だったのだが。
それでは彼らの立つ瀬がないということで、気付きにくい難解な問題を私が解いた、というストーリーがあれよと言う間に構築され、
私は浄水施設を救った名誉村民の称号と、こうして最高のフロを奢られる栄誉に浴したのだった。
誤解ではあるが、生憎細々と説明する口もない。
半ば以上崩落した壁の先には、月明かりの砂漠。
星の地平に四方を囲まれ、眺望はこの上ない。
湯霧の満ちる廃墟の屋上に射す金色の光線。まるで神の座所のような荘厳さが醸し出されている。
とはいえ一時的かつ簡易的なもの。
女同士とはいえそう広くない浴槽に二人で、というのは多少…まあ、彼女が気にしていないなら別にいいのだが。
いいのだが。
気分を変えたくなりGKPで、会話を試みる。
《ありがとう》
何が?とメリが答える。
《例のもの》
あのあと兄妹と三人で市を歩いたとき、大変良いものを贈り物にと渡された。
防塵用の、口元を覆う黒マスク。物自体は良くあるものだが、彼女の手により左頬下の位置に「☓」のマークが縫いつけられたのだ。
効果は抜群だった。
私が会話できない事実は、その後ほとんど最低限の身振りで伝わるようになった。
「うん、気に入ってくれた?」
《最高》
口元に不可マーク。良く考えるものだ。
白基調の装備なので黒マスクが目立つのもいい。
☓が不可であることを理解しない者もいない。
発想と工夫、実行しカタチにする技術。人の強さとは、つくづく戦う力だけではない。
《東部でのH.Nを決めた》
「なんにしたの?」
《バツ》
あははは、と水音と高い声が荘厳な空間に響く。
「良い名前!改めてよろしくね、バツ!」
ぐっ、と握手を躱す…つもりが、満面の笑みでそのままハグをしてきた。裸同士でこれはさすがに照れくさい。
「うわー、バツすっごい筋肉だぁ。かたい!あ、ここはやわこい」
こらこらこらこら。
軽くてふわふわしたメリ。引きはがすのは容易なはずだが、なぜか力が入らない。
「はははここか〜ここがええのか〜」
「……!……!」
いや、まて、!!!
水しぶきが、跳ねた。
「はー楽しい。嬉しい。お友だち。…生きてる」
ふと、腕の中の身体から力が抜ける。
「わたしたちの旅の理由、話してなかったね」
湯の中で身体を預けたまま、メリが囁く。
「死に場所を探しているの。私、病んでるんだ」
思わず目を見る。
「伝染るようなものじゃないよ。なんていうのかな、遺伝的?なもの。母さんの母さんも、そのまた母さんも、同じ病気で亡くなったんだって」
ゆっくりと離れ、立ち上がり背を向ける。
「どうせ死ぬのならと、エネ兄が閉じ込められていたわたしを連れ出してくれた。…それからの毎日は、…本当に、…ああ」
…メリ?
「…ああ…」
何だか様子がおかしい。背を向けたまま、震え、両手で頭を抱えた。
「ああああああ」
苦しんでいる。
なぜ。病とやらか?
思わず立ちあがり、背に触れようと近づく。
「嘘でしょう…、お願い、やめて、」
慟哭にも似た哀願と、
「今はやめて!母さん!!」
絶叫。
そしてそれは、突然に沈黙し、
「…ふふ」
背筋を凍らすような、低い声が周囲に響いた。
砂漠の空に二人きりでいることが急に意識され、一気に夜の体感温度が下がる。
ゆっくりと、こちらを振り返る。
妖しく、艶やかで、どこか完全に壊れた笑み。
つややかな白肌はそのままに、しかし先程までとは明らかに異質な、月下の裸形がそこにいた。
「あそびましょう?」
無邪気な残酷さを湛えた、紫晄の双眸。
壊れた人形のように右手を持ち上げたその背後。
紫の燐光を纏う、飛行型のレギオンが三体、
彼女の変化を悦ぶように、集い、舞っていた。




