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02_恩人にメシを奢ってたら変なこと言い出した

「」

「えーと何々…『◯◯する』。一部読めねぇ」

「『北上ほくじょう』だよ。エネ兄」


集落。

広大すぎる荒野の隅で、僅かに生きる人間たちがひっそりと肩を寄せ合い棲んでいる場所。


「何が一部よ。九割がた読めてないじゃないの」

「頭のいい妹を持って幸せだよ〜メリ〜」

ニマニマとした気持ち悪い作り笑い。

妹は近いッ!と叫んで近づく兄の顔に容赦なく平手を噛ました。兄を吹っ飛ばした良い音が地下の店内に響き渡る。

思わず笑いが…いやこれは笑っていいのか…?


「北かぁ。じゃあオレたちとは道が違うな」

「そうね」

何事もなかったかのように兄が席に戻り、妹が素っ気なく答える。何なんだ。

「ご注文は」

「あ、も少しまってください」

「ふん…」

擦り切れてはいるがそれなりの服を着た店員。

かなり秩序立っていて、清潔な印象の集落だ。


私が東部に来た目的は、『手紙』に記してあった場所に辿り着くこと。

彼らの旅の目的地はと尋ねたが、曖昧な笑みに濁した。…まあ、どうしても聞きたい訳じゃない。

ああ、隠し事は苦手な顔だな。申し訳ない。


年の頃は十代後半から二十代という所か。

兄の方は短くツンツンと立てた金髪、黙ってれば色男といえないこともない目鼻の作りなのだが、

…何というか、表情が豊かすぎる。


彼らに出会い、あのレギオンを倒した直後。

共に砂漠を暫く進んで見えた地上部分は、僅かなビルの廃墟でしかなかった。

が、案内されたその地下には思いのほか広大な空間が広がっていた。


棲んでいる人々の表情も希望に溢れた訳ではないが、絶望に沈んでいる訳でもない。それなりに働き、それなりに生きているという風情の、西部なら中程度の集落だ。

はるか高い天井。隅が所々開口して、地上と繋がっている。それが具合良く採光と空調になっているのか。

少し歩くと、不用品やレギオンの死骸を重ねた鉄クズの山が見える。どこの集落でもこれは貴重な資源だ。

旧時代の廃墟をそのまま住居にしており、中央の大路には、貧弱だが市のようなものまで並んでいた。


ビニールや木綿の衣類や装備品を並べたもの。

はぎ取ったパーツ類や電子機器のジャンク屋。

果実やモミもある。食料工場が生きているのだ。


自作とおぼしき怪しげな遊技台といくつもの機械を地べたに並べた、怪しげな中年男たち。

ゴテゴテと飾り付けた小さな家?に、何やら叫びあいながら鉄板を打ち付けている女の三人組。

少し離れた広場から、休んでいるのか低い姿勢で値踏みのような視線を向ける黒い旅装の男。

走り回る子どもたちの姿すらある。


先導する二人はやがてひとつの建物、おそらくは酒場?に入って座に着くなり、二人同時に緊張が解けたのか、だらんと呆けた。

私は独特だが不快ではない香りと、薄暗い照明の中、ひたすら不揃いなグラスだかコップだかを磨く店員を眺めながら、口から抜けた魂が対面の揃いの黒革着の二体に戻るのを待ったのだった。

そして、現在に至る。


「」

「『いろいろ案内、助かった』って」

私の喉は、声を産み出せない。

従って手持ちのGKPに共通語を書いて見せてを繰り返すしか会話できないのだが、妹の方は読むのに問題無いようなのは大きな救いだ。

肩程度に揃えた、白金のような髪色は私の適当にまとめた黒髪とは真逆のようだが、齢はかなり近いかもしれない。


「いやいや…集落メスに仲介と報酬半分なんか、礼はいらねーよ。こっちは命助けて貰ったんだぜ」

この地下集落は「メス」というのか。変な名だ。

「そうそう。それにさ、他の旅人に出会えるなんてなかなかないからね。こっちも嬉しい」

「」

「うん、よろしくね!」

音にならない声まで汲み取ってくれる、無邪気で人懐こい笑顔。獲物の横取りを咎められる可能性は、考えるまでもなかったようだ。


報酬のパックの山はミコトの荷物袋に仕舞った。

あれだけのガスがあれば、ミコもしばらく全力で駆け続けてくれるだろう。

一部手元に残したのは、ここでの宿代や物々交換に使えると聞いたからだ。確かに、この店の支払いも残量次第で果たせるようだった。


「アンタが倒した奴なぁ、弾も大量に抱えてたしパックも良いの持ってたし。武装もメシも、オートのガスも補充できて万々歳だよ」

「感謝もされたしね。行って良かったね」


レア級パック4つも出たぜ、と兄が両手に翳して見せる。見せびらかさないの、と妹が嗜める。

「次こそきっとSレア引くぜ。いやSSレアを」

「いやそんなので動くのは相当の大物だけだし。引く前に今度こそ死ぬよね」

「いや死んでも引くぜ!」

「いやこっちが引くわ…」

ははは。まるで妹の方が保護者なのだな。


二人は生来の陽気なのだろう、手馴れたように投げ合う会話の弾みが心地良い。カウンターのほか五点ほどテーブル席がある店内で、ここだけが明るくなったように感じられる。

私は少しだけ、古巣のみんなを思い出した。


「あなたのラクダちゃん、名前はあるの?」

ミコト、とだけ書いてメリに見せる。

今頃は気楽に散歩していることだろう。


「二人とも良い名前ね!あ、好きなの頼んでね。今日は私たちからのお礼だからね」

レギオン狩りの客も多いのか、店内の装飾は剥ぎ取った装甲やジャンク武器のアレンジが多い。

が、それに混ざってブタのツノらしきものも所々にぶら下がっている。

近くで飼っているのだろうか。


肉。

食欲が腹底から力強く湧いてくるのを感じる。


「」

パッドに注文の希望を書いて見せると、陽気な二人は驚いたような顔をして急に黙り込んだ。

「おい…」


…む?肉だけは配給の貴重品とかか?


「…メリ、オレが間違ってたら言ってほしいが」

「…うん。言いたいことはわかると思う」

わずかに似た兄妹が、神妙な顔を突き合わせる。


「ブタにツノはねぇ…よな?」

………何と?


「…アンタ、どこかで頭を打ったことは」

「ゴホン…いいえ、まってエネ兄。西部ではあれをブタと呼ぶのかもしれないわ」

「ああ、なるほど…!」

パチンと指を慣らす音が、店内に響く。

「あの大地溝帯の東西断絶、言葉も少しは違うのかもな。納得だ。これは笑っちゃダメな奴だ」

腕を組んでうんうんと神妙に頷くエネ。

「ありゃブタじゃねぇよ」

「カバの角だよ。すみません、カバ肉ひとつ!」


カバ…聞いたこともない名前。

西部と東部の違いか。

だが無骨な皿の上に湯気を立てて出されたそれは、やはり見覚えのある天然肉に見える。


「」

まあ、そのあたりも体験で学ぶしかない。暫く東部の世話になる身だ。

私は奢ってもらった高級品、だが微妙に正体の知れないそれを、歪んだフォークでゆっくりと口に運んだ。


とても美味しい、やはりブタのステーキだった。


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