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FAKE ~あなたを守る。だから、さようなら~  作者: 福 萬作
シルビナ編:優しい世界
6/9

自信喪失

「……『こうして、悪いドラゴンを倒した王子様は、捕らわれの姫を助け出しました。王国に戻った二人は結婚し、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし』……」


 最後の一文を読み終えたシルビナは、本を閉じて顔を上げた。

 カンテラの光で照らされた薄暗い室内には二つのベッドが並び、クロードとミッチェルがすやすやと寝息を立てている。

 寝顔の可愛らしさに、自然と微笑みが浮かぶ。クロードの額に口付け、次にミッチェルの頬に唇を落とした。ミッチェルは「うむぅ……」と身動ぎして見せたが、目を覚ます気配はない。


(男の子も可愛いけど、女の子は女の子でまた違った可愛さがあるわよね)


 昼間、買い物をしていた時のことを思い出す。店先の可愛い小物や綺麗な服に興味を示し、大きな目をきらきらと輝かせていたミッチェルり

 店の人の好意でミッチェルが気に入った服を試着させて貰ったが、着飾ったミッチェルは本物のお姫様のように可愛かった……と、思い出して心がほっこりとする。

 購入には至らなかったが、いつか自分のお金で可愛い服を買ってあげようと、ヘソクリを貯めているのは父親であるエヴァンにも内緒だ。


 二人を起こさないように部屋を出た。

 エヴァンのパン屋は二階建てで、一階はパン屋、二階は居住スペースになっている。

 一階に行くと、キッチンでエヴァンが明日のパンの仕込みをしていた。

 パンの生地を力強く捏ねている横顔の男らしさに、胸がキュンと締め付けられる。深呼吸して気持ちを整えつつ、それでも緊張しながら声を掛けた。

 

「エ、エヴァン……」

「! や、やあ、る、ルビぃっ」


 振り返ったエヴァンの笑顔はまるで光っているように眩しい輝きを放っていた。

 

 互いにぎこちなく呼び捨てと愛称呼びをしているのは、先日、晴れて二人が“恋人”に昇格した賜物である。

 とはいえ、まだ清らかな関係。まずは子供たちを優先に、互いの家庭に馴染めるかどうかの確認から入っている。

 

 ……そんなことをしなくても、既に子供たちもそれぞれの保護者と仲良しなのだから、する必要あるか? と、ユリシアや近所で囁かれているが、本人たちが考えたことなので温かく見守られている。

 

「子供たちは寝たのかい?」

「ええ。もうぐっすりよ。それじゃあ、これ以上遅くなったら夜道が怖いし、私はお暇させてもらうわね」

「あ、ああ……。……いや、でも、雨が降りそうだし、いくら遠くないからと言ってわざわざ帰らなくてもいいんじゃないか?」


 子供たちは互いの家に泊まらせてはいるが、大人たちはまだ一夜を過ごしていない。それについても結婚式を挙げるまではしないという約束をしているからだ。

 

「あ、いや、べ、別にやましい気持ちは無いっ……訳でも無いけど、絶対手を出さないって誓うから、今日は泊まって行ったらどうだ?」

「……ありがとう。でも、今日は帰るわね」


 耳まで真っ赤に染まって訴えて来る姿に胸を打たれる。しかし、シルビナは申し訳なさそうに首を横に振って帰り支度を始める。とはいっても、雨が降ることを考えて持ってきていたフード付きの外套を羽織るだけだ。

 

 そんなシルビナのことをジッ、と見ていたエヴァン。なにやら言いにくそうに口を開閉していたが、思いきったように口を開く。

 

「……やっぱり、今日はやけに元気がないな。どうしたんだい?」


 カンテラを手に取ったシルビナの動きがピタ、と止まる。

 沈黙……暫くして、シルビナは困ったような笑顔で振り返った。

 

「……気付いちゃった?」

「そりゃあね。愛する人の事はすぐにわかるさ」

「っ、もう、エヴァンったら! ……あのね、昨日のことなんだけど……」


 シルビナが語ったのは、職場で起きた出来事だ。

 

 シルビナが働く食堂は領外の人間向けというより、地元民が食べに来るような小さな店だ。

 だというのに、昨日は珍しく旅行客が三人組が来店。日中にも関わらず酒瓶片手にかなり酔っ払っていた。空いてる席に座って大声で話していた内容が問題だった。

 

『美人と評判の女が相手してくれると聞いたから昨晩酒場に行ったのに、()()()()の男が邪魔して全然楽しめなかった』

『ここにいる間に、あの()()()()とは絶対一夜を共にするぞ』『多分()()だから、お前なんかじゃ太刀打ちできねーぞ』

 ……など、下品な会話を繰り広げていた。


 会話の内容から、黒髪の女はユリシアのこと、邪魔をした金髪と茶髪というのがナサニエルとクリストフであると気付いてしまい、胸がざわついた。

 

 家に来て以降のナサニエルたちは音沙汰なく、ユリシアも何も言ってなかったのでシルビナは終わったことだと思っていた。

 なのに、まだユリシアに関わってていたのかという憤りと、何も言ってくれなかったショックを受ける。

 

 そこに追い討ちを掛けるように、給仕を呼びつけた三人組は、シルビナの白に近い灰色の髪を見て『ババア臭い』と嘲笑ったのである。

 

 その後すぐにオーナーや常連客から三人組は叩き出されたのだが、その一言は今も心に暗い影を差していた。


「……別に、今まで言われたことが無いわけじゃないけど……久し振りに言われたから凄いショック受けちゃって……」

「……そいつら、どんな奴だった? 見掛けたらぶっ飛ばすから教えて欲しい」


 バシッ、と拳を打ち合わせるエヴァン。自分のために怒ってくれていて嬉しくもあるが、気持ちは沈んだままだ。

 

「でも、本当のことだもの。私はシアと違って燃え滓みたいな髪だし、容姿もパッとしないし、体だって貧相だし……姉妹なのに、どうしてこうも違うのかな……」

「そんなことは無い!

 ルビーの髪は雪のように綺麗だ。凄く可愛いし、俺の好みぴったりだ。ユリシアにはユリシアの良いところがあるように、ルビーにはルビーの良さがある。姉妹だからってまるっと同じにはならないさ」

「……でも、ミチェも、とっても可愛いでしょ? 金の髪と、エメラルドみたいな瞳――ミチェを産んだ人が綺麗だったのは見てわかるわ。やっぱり、エヴァンも美人な人の方がいいんでしょ?」

「……確かに、ミチェの母親は美人だったが、アレは母親に向いていなかった。店の金を盗んで男と逃げたような奴だ。そんな心根の腐った女より、真面目でしっかり者で、ミチェにもロディくらいの愛情を与えてくれるルビーの方が、俺は好きだ」

「でも……」

「ルビー」


 鬱々とした気持ちを吐露していた口が、エヴァンの口で塞がれる。触れるだけのキスで、唇はすぐに離されたが、互いの吐息が混じり合う距離のまま。エヴァンの銀色の瞳はシルビナを真っ直ぐ見ていた。

 

「……俺は今のルビーが好きだ。だから、自分自身を傷付けるような事を言わないでくれ。……悲しくなる」


 胸を締め付ける切なさを帯びた声。

 エヴァンを悲しませた事実がシルビナの心にに重くのし掛かり、深い罪悪感に苛まれる。

 

「……ごめんなさい。やっぱり、今日は帰るわ。クロードの事、お願いし」

「ルビー!」


 逃げるように外へ飛び出す。背後から呼ぶ声が響いたが、振り返ることはできなかった。

 

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