Dark weapon
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本調子ではないアリシアの為に、カゴル町長の下働きとして働いていた一年。
町長に目をつけられ、何かと特別待遇を受けていた結果、町長の妻に不貞を疑われ、散々な目に遭って下働きを辞めたのは苦い思い出だ。
男爵家や子爵家にいた時も、色を送ってきた男たちは少なくない。
とはいえあたし自身、そういう気持ちを向けられて嫌な気持ちはしない性質なのよね。上手く行けば貰える“特別”も嫌いじゃなかったし。
きっと、自分はそういう生き方の方が性に合うのだろう。だから、兼ねてから誘われていた港町ゾーイでの酒場の仕事を受けることに、なんの抵抗もなかった。
紆余曲折。
色々あったけれど、事情がバレることもなく、お嬢様――シルビナ――と息子――クロード――と三人、幸せに暮らしていた。
――それなのにまさか、終わった筈の過去が追い掛けてくるとは、思ってもみなかった。
シルビナことアリシアの元夫ナサニエル・シュタイン伯爵。まさか、遥か北方に居を構える彼と顔を合わせることになるとは思わなかった。
幸か不幸か、彼はルビーではなく、あたしをアリシアだと思い込んだみたいだけど……黒髪しか覚えていないなんて、ホントに酷い男よね。
あたしが作り上げた偽装に、彼はまんまと嵌まった。しかも大きな子供持ちのルビーがアリシアだと、気付くことはなかった。
ルビーを襲った男たち。
一味の特徴である黒い面を持ってることを鑑みるに、【無貌の黒面衆】であることに間違いなかった。
牢で盗み聞きした時、捕まっていた男は、『別の女に用があった』と言って、エルが通い詰めていた酒場の女……つまりはあたしのことを指して『都合がいい』と言っていた。
二つのことから、一味があたしの存在に気付いて、あたしを探してると思っても間違いはないだろう。
一味は全員捕まって縛り首になったと聞いていたのに、あたしのことを知っている誰かが生きているのは厄介だ。
元一味であるあたしのことがバレたら、ルビーやロディにも迷惑が掛かってしまう。
だからあたしは、家族の脅威を排除する為に、奴らの狙いだろうあたし自身を囮にすることを提案した。
なのに――まさかまさか、王からの覚えもめだたい伯爵様自身が、ただの娼婦に本気で恋心を抱くなんて、誰が思う?
告白された時には驚いたけど、その時にあたしが思ったのは『使える』だった。
ナサニエルを利用するつもりだった。
それが一番安全で、それでいてあたしらしいやり方だと思ったから。
ルビーとロディと離れるのは寂しかったけど、あたしといる方が危険なんだから、仕方がない。
そうして断腸の思いで二人から離れた。結果として、その判断は正しかった。彼はあたしと、あたしの家族を守ってくれた。
あたしとナサニエルの噂を聞き付けた一味が、少しずつ港町に集まってると聞いて、作戦開始を今か今かと待ちわびる日々を送っていた。
そんなあたしたちに、お貴族様からパーティーの招待を受けるとは思ってもみなかった。
ホント、貴族って暇よね。平民のこっちは生きるか死ぬかの毎日でヒヤヒヤしてるってのに。
娼婦のあたしを、お貴族様が優しく迎え入れるわけない。どうせバカにされて見下されて終わりよ。
でもね、あたしはただ時間が過ぎ去るのを待つような女じゃないの。
クリストフ・エーベルの奥方に頼み込んで、急いで必要な礼儀作法やダンスを叩き込んでもらったわ。ま、あたしは器量良しだからね。なんてことも無かったわ。
お陰で、あたしの評判は上々。あたしをバカにしようとしていた貴族たちの鼻っ面をへし折ってやれたのはホントに気持ちが良かったわ。
大体の女たちは、張り付けたようなお綺麗な笑顔で楽しくお相手してくれたけど、貴族といえどやっぱり人間よね。一人、若い女の子が偶然を装ってワインを掛けてきた時は、少し驚いたわ。
でも、温室で育った女なんか、あたしの相手じゃなかった。スカーフを使って汚れた箇所を隠すように腰に巻いたら、あら不思議。
首元と鎖骨がすっきりと露わになったお陰で、あたしの白く滑らからな肌とナサニエル色の宝石がより一層際立つ。お陰で周囲の人間はあたしの色香に釘付けになっていた。
小娘の嫌がらせなんて、大したこと無い。
あたしは、あたし一人でも戦えることを見せただけ。
「まあ……」「見事だわ」「咄嗟の判断とは思えませんこと」
……それがまさか、称賛されるとは思ってもみなかったけど。
ま、流石あたしよね。転んでもただでは起きない、ってね。
正直言って、パーティーは楽しかったわよ。パーティーは。
でも、まさか――いえ、まさかなんて思ったのは言い過ぎね。
なんとなく、そんな気はしていたの。
あたしを知っていて、あたしを探してる相手が、あの女盗賊だってね。
『育ててやった恩を忘れて裏切った?』
御者を殺し、窓からあたしを見た女盗賊の瞳には、憎しみが渦巻いていた。掠れた女の声が耳に届いたけど、今まで恩も情も感じたこと無いもの。お互い様の筈なのに、瀬戸際に追い込まれた女幹部様も、落ちたものよね。
あたしがナサニエルを利用した目的――あたしの大事な家族に及ぼす害を消すこと。
残党がいる、という話を聞いた瞬間から心に決めていた。
パーティー帰りのあたしが唯一持っていた鋭利なもの――こういう時の為に、選んだ髪飾り。
細工の美しい髪飾り。
美しい装飾の奥に隠した刃――あたしらしい代物。
連れ帰って、拷問でもしようと思ったのかしらね?
あたしを生け捕りにしようなんて、思わなければ良かったのに。
いえ、その前に、あたしを探したりしなければ良かったのにね。
そうすれば、長生きできたのに。
「リシー! 大丈夫か!?」
事を終えた後、戦いから戻ってきたエルの声。だけど次の瞬間には息を飲んでいるのが、彼を見ずともわかった。
「……大丈夫、怪我はないわ。……もう、大丈夫……」
やりきった。もう終わった。
これでもうあたしたち家族を脅かす者はいない。
満ち足りた気持ちがあたしを包んでいた。
これでまた、家族の元に戻れる……。
そもそも、彼とは住む世界が違うもの。
これで、あたしたちの関係も終わり。
これであたしはまたルビーたちの元に帰れる。
……それを望んでいた筈なのに……。
胸の奥の感じる違和感。
それと一緒に、浮かび上がるエルの姿……。
――あたしは、気付かないフリをした。
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