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嘘――守るための、さようなら  作者: 福 萬作
シルビナ編:表裏一体世界

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22/25

Growth

たぶん、後三話くらい…かなぁ?

 子供が生まれるや否や、あたしと子供は男爵領に送られた。

 

 『妊娠が発覚した直後に捨てられた元使用人』という、偽りの経歴を携えて男爵家の使用人募集に応じたのだけれけど、そんな背景を言う必要も、なんなら考える必要なんてなかったほどあっさりと簡単に雇い入れられた。


 その理由は至って簡単。あたしが命じられたのは、頭がおかしくなった“お嬢様”の世話だったから。


 お嬢様は男爵家の長女で、男爵と前妻との子供だったが、幼い頃の事故によって頭がおかしくなってしまったという情報のみが与えられた。

 

 大きな屋敷には、男爵と後妻、後妻との娘の三人が住んでいたけど、関わったことはない。男爵家の庭の片隅にある小さな小屋で、あたしと子供、そして“お嬢様”の三人暮らしが始まったの。


 でも、三人での生活は、思ったよりも悪くなかったわ。乳飲み子を抱えてのお嬢様の世話係のあたしに使用人たちは優しかったし、あのお嬢様の世話をするってだけで同情的だったから。箝口令が敷かれてたのか、お嬢様のことは全然聞けなかったけどね。

 

 ――最初は、ただの任務だった。

 生んだ子供とお嬢様の世話――どちらも『与えられた役割をこなす為に必要なこと』くらいにしか見ていなかった。


 でもある日、あたしの世界は一瞬にして変わってしまった。

 

「だいじょうぶ」「こわくない」「いいこだね」


 手が離せず、泣く赤子をあやすことが出来なかったあたしの代わりに、お嬢様は揺り篭の赤子にそう声を掛け、朗らかに笑っていた。


「かわいいこ」「いとしいこ」「あいしてる」

 

 それは、お嬢様が実母から与えられた言葉なのだろう。その言葉を耳にした瞬間、無意識に蓋をしていた記憶が静かに浮かび上がってきた。


 暗い部屋の中で、力なく、それでも美しく微笑みながら、あたしを優しく抱き締めてくれた産みの母。


 忘れていたわけじゃない。

 ただ、思い出さないようにしていただけだ。

 

 母とお嬢様の姿が重なって見える。胸が締め付けられ、息をするのが苦しい。

 

 赤子をあやす光景があまりにも穏やかで、気付けば、涙が頬を濡らしていた。


 ……気付いてしまった。

 

 お嬢様は母さんで、赤子はあたしだ。

 

 本当は、母さんから離れたくなかった。

 母さんの傍にいれないことが、寂しくて辛くて悲しかった。

 

 でも、それを口にすれば殴られると知っていた。だから気持ちを奥底に押し込め、いつしか蓋をして、無理やり忘れてた。


 日溜まりの下。

 いつしか泣き止んだ赤子と微笑みあう幸せそうな二人を前に、あたしは声を圧し殺して泣いた。


 自己の投影かもしれない――それでも、この二人を失う未来だけは、どうしても受け入れられなかった。




  

 お嬢様が子爵家の令息と結婚することが決まったのは、あたしが世話係になって半年程経った頃だった。

 

 王命と両家の利害一致による契約結婚だったようだけど――どうやら当人には不満しかない結婚だったようね。


 一度だけ令息からお嬢様宛で、手紙が着たけど、内容が最低。『君のような女と夫婦になる気はない。結婚後は領地で好きに暮らすといい。代わりに僕に関わるな』ですって。信じられないわよね。でもまあ、それはこちらとしても好都合だったわけだけど。


 お嬢様と息子を守ると決めた時から、あたしは考えていたの。

 

 どうしたら一味を抜けて、三人で幸せに暮らせるかって。でも考えている内に、お嬢様とどこぞの馬の骨との結婚が持ち上がっちゃって、困っちゃったわよ。


 でも、蓋を開けてみたらあちらさんも不満しかない結婚だって言うじゃない。

 これは絶好のチャンスだと思ったわ。

 

 足抜けの第一歩として、お嬢様についていくことを一味に告げた。子爵家の方が金があるし、この機会なら容易に潜り込んで金品を搾り取ることが出来るって言ったら簡単に鞍替え。まんまと子爵家に行くことができたわ。


 で、ご令息様の手紙の通り、『好きに』させてもらったの。お嬢様を飾る名目で金目のものを買っては、大半は一味に横流しして、残りはいつか三人で暮らすためにコツコツ貯蓄。


 お嬢様と接するのはあたしだけにして、お嬢様の姿形を他人に覚えさせないようにした。そうすれば、急にいなくなってもお嬢様を探し出すのは容易ではなくなる。男爵家でだって、関わっていたのはあたしと息子くらいだったもの。


 お金を貯めて、機会を見て一味からも貴族社会からも姿を眩ます。それがあたしの作戦。

 

 貴族社会から消えるのは簡単そうだけど、一味から抜け出すのはそうじゃない。下手をすればあたしだけでなく、お嬢様と息子まで消されてしまう。それだけは絶対させない。

 

 どうすれば一味から追われずに済むのか――それを考え、実行するタイミングを見計らってる間に、二年の月日が経っていた。

 

 離縁する旨の手紙が届けられたのはその頃で、それを読んだあたしは実行する機会が来たのだと悟った。


 男爵家に戻っても良い扱いはされないだろうし、利用価値の下がったお嬢様たちを一味が生かす訳がない。


 あたしは、お嬢様と息子と三人で消える前に、騎士団に匿名の手紙を送った。内容は勿論、【無貌の黒面衆】の本拠地や隠れ家、人数――あたしが知り得た有りとあらゆる情報をしたためた手紙。

 

 あたしが文字を書けることを、一味も知らない。バレる筈はない――と、その時はそう思っていた……。


 あたしたちは馬車に乗って、遠方に逃げようとした。夜半、寝ている二人をこっそり馬車に乗せて、隣国に向かう港町を目指す――そんな作戦だった。

 だけど、途中で目を覚ましたお嬢様が、金切り声を上げたことで頓挫することになるとは夢にも思わなかった。

 

 真っ暗な中、狭い馬車の中にいることに怯えたお嬢様が暴れまくるものだから、怒った御者にあたしたちは放り出されることになる。

 その時は、なんでお嬢様がここまで怖がるのか知らなくて、正直腹が立ったりもしたけど……事情を知れば仕方がない。寧ろ、あたしが悪かったのよね。


 街道の途中で放り出されたあたしたちだったけど、日頃の行いが良かったのかしらね。近くで夜営していた芸人一座がいて、彼らに助けられた。


『あの……ここはどこでしょう? というか、私は誰なの……?』

 

 驚いたことに、朝になるとお嬢様は常日頃の幼さは失われ、年相応の落ち着いた言葉遣いや態度に変わっていた。


 一座の医者役曰く、精神的なショックと放り出された時の衝撃で元の性格を取り戻したのではないかとのこと。だが、自分が誰でどんな人生を歩んでいたかもわからない状態なのだという。


 この状況を、利用しない手はなかった。


 出奔が急だったこともあって、あたしには懸念点が一つあった。 

 あたしの容姿も、子持ちであることも一味には知られている。 

 万が一騎士団が間に合わなかった場合、その情報を元に探される可能性はおおいにある。


 だからあたしは、あたしたちの人生を変えることにした。


 あたしとお嬢様は『血の繋がった姉妹』

 お嬢様と息子は『親子』で『別れた夫からの暴力でで神経衰弱し、一緒に暮らしていた』ということにした。


 息子を息子と呼べないのは辛い。

 

 だけど、少しでも生き伸びる可能性を高められるなら。

 なにより、『盗賊の息子』というレッテルが無くなるなら、こんな痛み、どうってことない。


 ――こうして、あたしたちは『家族』になった。

 

 暫くカゴルの町で暮らしていた時。出奔前に出した手紙が功を成したようで、【無貌の黒面衆】は一斉確保され、壊滅したという話が国中を駆け巡る。


 そのお陰であたしたちはわざわざ隣国に逃げる必要はなくなり、生まれ育った故郷で暮らせるようになった。

 

 ――もっとも、それで全てが終わったわけじゃないのだけれど。

 


お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)

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