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嘘――守るための、さようなら  作者: 福 萬作
シルビナ編:表裏一体世界

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Retroactive

前話最後の台詞変更してます。

後2話で終わらない…何故文字数増えるのか。


「アリシア嬢の侍女だったのは、君だろう? ――そして、君は【無貌の黒面衆】の一味だったのではないか?」


 クリストフ様の疑念に燃える瞳があたしを貫く。

 全身に注がれる悪意は、ずっと昔、その渦中に置かれていた頃の記憶を呼び覚ました。


 


 ――あたしが捨てた本当の名前は、アン。

 あたしは、盗賊団【無貌の黒面衆】に拐われた貴族の女から生まれたらしい。

 悪党に拐われた女の運命は、想像するのは容易い。

 母は男たちの慰み物として生かされた結果、あたしを孕んで、産み落とした。

 

 あたしを育てたのは、一味の女。こいつは身も心も悪党だったけど、子供には愛情を持っていたようで、あたしのような子供や拐った子供を進んで養育していた。

 育ててくれたこと――そこだけは感謝している。だけど、女盗賊の教育は所詮悪党の思想でしかない。子供たちは盗賊になる教育を施され、あたしも例に漏れず、他人から物を奪う方法を教育された。

 その中には、異性をろう絡する術もあり、女児だけでなく、見目の良い男児も()()を施された――今思えば、あたしたちは血の繋がっていたかもしれない存在とも……ううん、この話はもう遠い過去の事ね。


 普通、そんな環境で育てられた子供が善悪の区別なんてつくことはない。大抵は悪党に染まったまま成長する。

 だけど、あたしは違った。

 なんでかといえば――あたしは、まともに愛されていたから。


 女盗賊の気紛れか、それとも同じ女として同情心か――多分、前者だろうけど――あたしは何度か、生みの母に会うことができた。

 

 ほんの短い時間だったけど、生みの母は確かにあたしを愛してくれた。

 

 震える手で、他人に付けられたあたしの名前を呼んで、抱き締めて、泣いて、謝って。

 でも、愛してくれた。

 顔も思い出せないけれど、抱き締められた時の温かさだけは、今も忘れられない。


 物心ついた頃には、母と会う機会はなくなった。会うことが許されていた格子のついた部屋が若い女にとって変わられていたのを知ったのは、大人になってからだった。


 母の綺麗な思い出はあるけれど、それだけで“正しい道”に戻れるほど、あたしは頭も心もできちゃいなかった。下手に逆らえば徹底的な『教育』を受けさせれるんだもの。そんなものを目の当たりにして、大人に楯突く勇気なんてない。

 まあ、その中でもあたしは要領がよかったからね。あたしはちゃんと悪党の道を進んでいた。

 

 あたしの仕事は、相手の懐に潜り込み、必要な情報を見つけ出して、一味に横流しにする。それだけ。他のことは他の奴らがする。周りからは、良くて噂好き、悪くて情報屋、と見られるくらいで、あたしを盗賊団の一味と見る奴は居なかった。

 

 怪しむやつは居なかった。なんでかって?

 あたしは他の女よりもずっとずっと容姿が良かった。だからあたしは、早い内に高級娼館に売られ、一味から離れていたからだ。

 

 端から見たら、貧乏を苦に、見目の良い子供を売った家族。良くある光景で、良くいる可哀想な子供。あたしはなんの疑いもなく、世間に迎え入れられていた。


 ――それが、良かった。


 幼いあたしは、『盗賊団でも高級娼館でもやることは一緒』と思っていた。そう教えられていたしね。

 思った通り、娼婦たちは欲深くて、狡くて、男を手玉に取って、平気で男を泣かせる。

 盗賊団と娼館の違いは、直接的か間接的か。合法か非合法か。命を奪うか奪わないか。それだけだと思っていた。


 でも、そうじゃなかった。


 娼館にも暴力はある。でも、娼館の女たちは、あたしをただ殴るだけじゃない。

『それじゃ損をする』『その言葉は安い』『生き延びる為にはそのままではいけない』『その顔でそれは勿体ない』

 上から押さえ付ける盗賊団とは違って、彼女たちは失敗の理由を教え、考える機会を与えてくれた。

 あたしの行動に、“理由”を与えてくれた人たち。

 娼婦たちは清い存在とは言えない。

 でも、盗賊団には無い、他者に踏みつけられることのない、孤高の気高さを持っていた。


 いつしかあたしは、彼女たちに憧れを抱き、彼女たちのようになりたい。いや、なるんだと、彼女たちの生き方を真似するようになっていた。

 

 今のあたしの精神は、彼女たちによって養われたといっても過言じゃないだろうね。


 そんな生活しながら、裏では盗賊団に情報を流す日々――その流れが変わったのは、幼馴染みに再会してからだった。


 幼馴染み……つまりは、盗賊団として一緒に育てられた子供の一人。

 彼は私同様、潜入者としてとある貴族血筋の豪商の側仕えになっていた。

 その豪商が戯れに娼館に来た結果、幼馴染みであるあたしと再会する――まるで物語のような展開。でもそれは人が決めた脚本ではなく、神が定めた奇跡。

 

 でも、お互い自分の立ち位置を理解しているあたしたちには気まずい再会でしかない。代わりに喜んだのは豪商だった。

 豪商はなかなか夢見がちな人だったのだろう。あたしと幼馴染みを事あるごとに引き会わせた。

 初めは気まずかったけど、お互いの身の上を話していく内に、どんどんと仲が深まっていった。

 

 本当、ただ話していただけ。それなのに、居心地が良かった。

 あたしたちはゆっくりと仲を深めて行って――幾度となく、肌を重ねていた。

 

 そこに愛があったか、聞かれたら正直困る。最初は勢いで、次からは流れで体を重ねたからだ。でも、彼と過ごす時間が心地よかったのは確か……それが愛だといえば、愛なのかもしれない。


 だけど、穏やかな時間はあっと言う間に消え去った。


 暫く彼が娼館に来ないなと思ったら、豪商の使いが来て、『豪商の財産に手を出そうとして捕まえていたがいつの間にか死んでいた。彼から何か聞いていないか』と問われたことで彼の死が発覚した。

 最後に会った時、『一緒になる気はあるか』と聞かれたことが関係していたのかもしれないけど、疑われるのが嫌だったから知らないと答えておいた。失敗した彼を、一味が消したのはほぼ間違いないだろう。

 彼の問いになんて答えたか。彼の死を知った時、泣いたかどうか。もう覚えていない。


 その後のあたしは、豪商に眼を付けられた娼婦として腫れ物扱いされるようになり、客足が遠退いていった。

 このままではなんの情報も得られないくと踏んだ一味は、あたしを身請けという体で盗賊団に戻すことにしたようだ。

 ケチのついたあたしが出ていくことを、娼館の連中はこれ幸いと喜んでいた姿は今でも腹が立つ――まあ、今はもうその娼館潰されたらしいけどね。


  妊娠が発覚したのは、一味に戻ってから間も無くだった。

 

 月の物もなければ、腹が少しずつ出ていくあたしに疑問を持った一味によって明らかにされた。


 あの事件以来客を取れなかったことを考えると、腹の子は幼馴染みとの子で間違いないだろう。


 妊娠を聞いて、私が最初に思ったのは“最悪のタイミングだ”だった。


 その頃、あたしには新たな任務が与えられようとしていた。

 

 とある男爵家への潜入……そんな矢先の妊娠発覚は、一味にとっては大きな計画倒れとして、腹に据えかねたようだ。

 

 『子供を堕ろせ』という中、ただ一人、声を上げたのは育ての女盗賊だった。


『最近、貴族たちの警戒心が強い。人を潜入させるのも簡単じゃあない。しかし、身重や子連れの女が相手であれば、相手の警戒も薄れるだろう』――今では幹部の一人となり、中核を担う女盗賊の言葉は、一味を納得させた。


 後からわかるが、そんな理由がなくとも男爵家には簡単に入り込めた。そんな内情をわからないわけもないあの女が、何故そんなことを言い出したのか。幹部と下っ端の隔たりは大きくて、そんなことはついぞ聞けずじまいに終わっている。


 

お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)

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