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嘘――守るための、さようなら  作者: 福 萬作
シルビナ編:表裏一体世界

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20/25

Deduction

遅くなりました!

後2話くらいで終わらせる予定なので、もう少しお付き合いお願いします♪

ユリシア編:Deduction(演繹)

 ベッドに横たわるナサニエルの頭部には包帯が巻かれ痛々しい姿をしている。しかし、表情は安らかで、厚い胸板は規則的に上下しているので生きていることに間違いはない。

 

 そんな男の様子を、ユリシアは傍らの椅子に腰掛けてボンヤリと見つめていた。

 窓の外はあんなに晴れていたのに、一転して嵐となっている。荒れ狂う風は建物を揺らし、大きな音を立てている。

 しかしユリシアはそんな騒音にもピクリとも反応しない。まるでユリシアの方が死んでいるのではないかと思わせる静けさであった。


 扉の開閉音に、ユリシアはゆっくりと背後を振り返る。扉の前に、神妙な面持ちのクリストフが立っていた。

  

「ナサニエルの様子はどうだい?」

「……相変わらず眠っていますわ」

「そうか」


 クリストフは一度ナサニエルの寝顔を覗き込み、安堵の息を吐いた。

 暫しの沈黙。普段よく喋る方のクリストフもユリシアも、どちらとも口を開かない。

 気まずい空気を破ったのは、クリストフだった。

 

「ねえ、聞いていいかな?」

「どうぞ」

「君たち家族って、なんなんだい?」


 抽象的な問いだが、ユリシアはわかっていたかのように、戸惑うことなく微笑した。

 

「……何か、想像しているものがあるのではないですか?」

「まぁね、十中八九、そうだと思っている。でも、まだ幾つかわからない。残念なことに、答え合わせをできる相手がもう君しかいないから、是非とも君の話を聞きたくてね」

「……まずは、あなたが出した考えを教えてくださる?」

「……そうだね」


 顔は笑っているが、眼が笑っていないユリシア。クリストフはそんな彼女の様子に警戒して距離を置くように近くの壁に背中を預ける。

 

「――私が導きだしたのは二つ。まずは、君の妹とされているシルビナ――彼女はナサニエルが探していたアリシアだ」

「……どうしてそう思いましたの?」

「私は社交は嫌いじゃない。人の顔を覚えるのは得意な方だ。

 だが、結婚式で見ただけのアリシア嬢を完全に覚えてるかといえば無理な話……」


 クリストフは小さく息をつき、続ける。


「でもね、これはナサニエルも知らないことだけど、僕とアリシア嬢は“婚約寸前”までいったことがあるんだ。アリシア嬢の亡き母君と、私の母が親しかった縁でね。幼少期に何度か会っている」


 ユリシアの眼が僅かに見開かれた。


「残念ながら、正式に決まる前に()()が起きた。

 そして……十数年も音信不通。僕自身、当時の衝撃で記憶を曖昧にしていた部分もある。

 だから、駅で初めてシルビナ嬢と会った時、気づかなかったのは仕方がないだろう。まあ、これは言い訳だけどね。

 それに――幼い頃のアリシア嬢は白髪ではなかった。

 あんな特徴的な色をしていれば、すぐに気づけただろう。髪の色だけに囚われていたから、逆に“違う”と判断してしまった

 だけど――だけどね、何故か、心のどこかで、ずっと引っ掛かっていた。既視感というのかな。『何処かで見たことがある』と」

 

 クリストフは壁にもたれたまま、視線を上げる。そこには、過去を反芻するような、苦い表情があった。


「君たちの家を訪ねた日。君が自身の容姿を押し出して、ナサニエルをからかっていただろう。

 その時に思ったんだ。『妹のシルビナ嬢が黒髪だったら』って。何故かそんなことが過って、頭から離れなかった」

 

壁にもたれたまま、クリストフは苦い笑みを浮かべた。


「そして館に戻った時、妻から“子供たちの婚約話”が持ち上がった。

 その時――幼い頃に会ったアリシア嬢の面影をようやく思い出したんだ。シルビナ嬢の幼い顔立ちと重なってね。

 いてもたってもいられなくなった私は、君たちの過去を少し探らせてもらった。

 君たちの記録はカゴルの町で途切れていた。

 だが、アリシア嬢が行方不明になった頃に現れた“正体の知れない家族”――怪しいと思うには十分だろう?」

「……そうですか。……ねえ、クリストフ様」


 張り詰めた会話の温度がふっと下がる。

 だというのに、ユリシアの声色は穏やかで、思いがけない優しさを含んでいた。 


「なんだい?」

「アリシアって()は、どんな人生を送っていたのですか?」

「知らないのかい?」


 クリストフの眉がわずかに跳ね上がる。

 その反応は、彼にとっても予想外だったことを雄弁に物語っていた。 

 

「シュタイン子爵に嫁いだ、今はもう没落寸前の男爵家の令嬢で、お金持ちに嫁いだ途端に本性を表わした我が儘ご令嬢と聞いたことがありましたわ。それ以外は、何も」 

「――……そう。あの頃は宝石や貴金属を欲しがるばかりで、まともに家政を取り仕切ろうとしもしない強欲令嬢なんて言われてたっけね。

 でもね、本当のアリシア・ロックス男爵令嬢はね、とても可哀想な女性なんだ。

 幼い頃、母親と幼い弟を馬車の事故で失った。馬が足を踏み外したことによる完全なる転落事故だ。奇跡的にアリシア嬢は助かった。

 だが、母親と弟は駄目だった。彼女は助けられるまでの数日間を、冷たくなった二人と共に過ごし、その精神的ストレスにより頭がおかしくなり、幼子のような言動をとるようにのになってしまったんだ。それまでのアリシア嬢は、子供ながらとてもしっかりとした小さな淑女と評判だったのにね。

 父親であるロックス男爵はそんな娘を恥じ、多額の寄付と共に教会に預けた。

 これが私との婚約が無くなった理由だね。

 そしてロックス男爵自身は兼ねてからの愛人とさっさと再婚し、子供を儲けた。

 酷い父親だよね。可哀想なアリシア嬢は放っておいて、自分は新たに幸せな家庭を築いてるんだもの。まあ、貴族の家なんてこんなものかもしれないけどね。

 とはいえ、アリシア嬢は純粋無垢な天使のような子供だと、教会の皆からとても可愛がられていたそうだ。

 そのまま教会で育てられていた方が、彼女も幸せだったかもしれない、

 だが、それを()ったのは王命による婚姻だった。ロックス男爵は厄介な娘を戸籍から外せると思ったのだろう、これ幸いとアリシアを呼び戻し、ナサニエルとの婚姻を果たさせた。

 多分、アリシアは何が何やらわからなかっただろう。幼い心のまま育った彼女は、たくさんの知らない大人に囲まれてさぞや怖かったことだろうね。

 その後の婚姻生活は、よく知らない。

 ただ、ナサニエルはアリシアの元に帰らなかったし、アリシアは領地にある本邸に放り込まれたまま。

 仕えている使用人たちも、叩き上げの元平民だ。生粋の貴族令嬢をどう扱っていいかわからず、アリシアに付いてきた侍女に言われるがまま、金銀宝石を買い漁っていたそうだ。

 その所為で、アリシアが侍女と共に姿を消したことを、誰も気付かなかった。

 ナサニエルが偽アリシアに騙されたことに気付いて慌てて領地に戻ったが、アリシア嬢と侍女の姿はなく、慌てふためく使用人たちだけが取り残されていた。

 ――これが、アリシア嬢に起きた出来事だ」

 

 そこまで一息に語ったクリストフはようやく口を閉じた。


「……成程。ようやく()()()()()()()()()を知ることができましたわ。ありがとうございます、クリストフ様」


 嬉しげに告げるその声音には、どこか彼の言葉を肯定する響きがあった。

 

 しかしクリストフはそのことについては問い質さない。だが視線は、鋭さを増してユリシアへ向けられていた。

 

「……アリシア嬢の行方と共に、謎が残されている。それが、“侍女”の存在だ」


 クリストフは声を低くする。


「彼女だけは、正体がまるで掴めなかった。

 アリシア嬢の唯一の伴として領地に来た娘だが、名前も、出身地も、前歴も、全て口頭の申告のみ。厄介な娘に自ら志願していく侍女を、ロックス男爵は深く詮索しなかったという」


 ユリシアは瞬き一つせず、クリストフを真っ直ぐ見詰めていた。

 

「年の頃は十代後半。黒髪で、言葉遣いは丁寧なのに気が強くて、からっとした人好きのする性格なのに、どこか男を手玉にとるような色気があって……ただの平民には見えなかったらしい」


 その言葉を聞いた瞬間、ユリシアの肩がほんの僅かに強張った。彼女自身は気づいていないかもしれないが、嘘はついていない者がする反応ではない。

 

 すっと、クリストフの目が細められた。

 殺気に近い冷たい気配が、ユリシアへ向けてぴたりと放たれる。


「僕が辿りついた二つ目の答えだ。……ユリシア」


 静かな声音に、逃げ道はなかった。


「アリシア嬢の侍女だったのは、君だろう? ――そして、君は【無貌の黒面衆】の一味だったのではないか?」

お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)

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