魔王と勇者、そして異世界の英雄
「パーティを組まずたった一人で私に挑むだけの実力があるな勇者」
「黙れ魔王。お前の享楽のためだけに、どれだけの被害が起きているか知らないと言わせないぞ」
「死者は出さずにいるだけ良心的とは思わないか?」
「戯言を!」
舞台は魔王城の玉座の間。そこには魔王と勇者しか居ない。魔法が飛び、剣を交わし、互いに一歩も引かない戦場がそこには出来ていた。
実力は拮抗しているのか決め手となる攻撃は中和されるか跳ね除けられるかのどちらかだ。
だが魔王も勇者もどこか楽しんでいるように見える。いつまでも続けばいい。そんな空気が流れているようにも感じられた。
「邪魔するよ」
ーー見知らぬ者がその場に現れるまでは。
魔王と勇者は攻撃の手を止め、声が聞こえた方を向く。二人の顔に初めて動揺が見えた。
何故ならその声の主に声を掛けられるまでそこに人が居ることに全く気がつけなかったからだ。
魔王も勇者もどちらもこの世界では最強と言われる側だ。その二人の実力を持ってしてもそれは不明瞭な存在、ただそれだけで不気味だった。
更に恐ろしいのはその声の持ち主の手にある存在だ。
「……そこの女、止まれ」
魔王から凄まじい程の殺気と威圧感が発せられる。徒人であれば一瞬で気を失っていただろう。
でもその者は魔王の言葉通りに止まりはしたものの、表情からは何一つ負の感情は見受けられなかった。
どこまでも普通でありながらも、彼女の手には魔族の中でも四天王と呼ばれてる一人がボロボロで気絶した状態で引き摺られていた。
「君の言葉に従ったんだから自分の質問に答えてほしいんだけど良い?」
「……なんだ」
「君ってさ、新しく造られた人種だったりする?」
「質問の意図が分からんな。私や……お前がその手に捕えている者は人類史で言えば数千年以上前より存在する魔族と呼ばれている。造られた人種?笑止、それはありえんな」
彼女の質問が不快だったのか魔王から表情が抜け落ちる。
その間に勇者は二人から少し距離を取り、女神より与えられたギフトの一つである鑑定を女へとかけた。
「【異世界の英雄】だと?」
異世界というワードだけでも異質なのに更には英雄ときた。
勇者から見て魔王と話をしてる彼女は華奢で細身の女の子だ。そう、女性とまではいかない十代の女の子にしか見えなかった。
更にステータスを読み込もうとするも、異世界の人物のせいかそれ以上のデータは開示されなかった。
「なんかすごいことになっているのだけは分かったよ」
どこまでも緩くマイペースな彼女は思い出したかのように手にしている存在を見た。
「……流石に知らない世界の人種を殺めるのは良くないか。この人は君に返すよ」
どこにそんな力があるのかとばかりに気絶している成人男性の大きさをしてる魔族を片手で引き上げると、足ともう片方の手を駆使しして横抱きにした。
そして戦う意志は無いとばかりにわざと隙を作ったまま足音を立てずにゆっくりと魔王の前まで進んだ。
「悪かったね」
「全く意味が分からん存在だなお前は」
「それは君達にも言えるよ」
異世界の英雄とラベル付けされた女から部下を受け取るとそのまま転移魔法で部下のみを離れた空間へと移動させた。恐らく待機しているだろう他の魔族達が彼の治療にあたる予想だ。
さて、目の前で人一人が消えたことに驚いたのは英雄だ。目を輝かせて消えた存在を探してるのか四方八方へと目線を動かすがどこにも見当たらなかった。
「すごい。まるで旧人類が好んで読んでいた本に出てくる魔法みたいだ」
また気になるワードが飛んできた。
ここまでくると一蓮托生だとばかりに魔王は勇者へ視線を向け、話に入って来るように無言の圧を掛けた。
勇者は勇者で流石に彼女を野放しにしておけないのと、もしかしたら魔王以上の危険な存在になり得る可能性を危惧して、少しでも情報を取りたいと混ざるタイミングを見計らっていたので魔王からの合図は幸運だった。
「魔王と話してるところ失礼する。異世界の英雄、俺から質問してもいいか?」
「もう一人の強いお兄さんだね、どうぞ」
「君の世界には魔法は無いのか?」
「無いね。あるのは発展した科学だけ」
「科学か…」
魔法が発展しているこの世界にはあまり馴染みがないが存在しないわけではない。ただ誰もが魔力を有しているため、科学が魔法より発展することは難しいのが現実だ。
勇者は改めて目の前の異世界の英雄を見る。どこからどう見ても普通の女の子。だけど自分が彼女へ攻撃を当てれるビジョンが全く見えない。
魔法が無い世界から来たというのに、まるで身体強化魔法をかけたと過言では無い彼女の身体能力は科学で出来るのか些か疑問でしか無い。科学は魔法を凌駕するものなのかと。
まだ魔法のある別世界から来たと説明された方が現実味がある。
「女、お前はどうしたい」
目の前に居る英雄は僅かな言葉で現状を理解している様子が窺える。そのことから魔王はこの質問で判断することに決めた。
ーー異世界の英雄を殺すか否か。
魔王もまた彼女を殺せるビジョンは見えないが、勇者とこの場きりの共同戦線を結べば多少なりの勝ち筋はあると考えた。目線を向ければ勇者も承知したと小さく頷く。
その様子を眺めながら彼女は答えた。
「元の世界に戻りたい。その為には自分をこの世界に飛ばした存在を見つけ出したい」
「妥当な答えだな。なら女、私が協力してやろう。お前にこの世界で勝手に暴れられては私の魔王としての立場がないからな」
穏便に話が纏められそうだと魔王と勇者が安堵した時だった。空間を割って何者かが乱入してきた。
「この気配は……でも何故神が直接……」
その存在が何者かであるかをいち早く気付いたのは勇者だった。
女神によって選ばれる勇者は聖女や神職者と同じように神の存在を感知するのに長けている。
今回現れた者は初めて見る神であったが、その者が神であるということは女神を知っている故に気づきやすかった。
勇者の言葉に顔を顰めたのは魔王だ。今日はやけに招かれざる客が来る日だ。
「じゃーん!呼ばれたから来たよ。そこの英雄ちゃんを呼んだのは〜この僕、ロアギュだよん。一般的に悪神と呼ばれている神様だね」
「お前は自己紹介でそれを言うのか」
「魔王君相変わらず辛辣だね〜そこに居る英雄ちゃんはこの世界のことなーんも知らないからね教えてあげてるわけ。この子は元の世界に帰させるわけにはいかないだ。そんな英雄ちゃんの為に来たんだからさ、ある程度の説明の義務はあるんだよねん。そう思わない?」
全てにおいて勘に触る悪神ロアギュの言葉に魔王と勇者はそっと英雄を窺い見てーーゾッとした。彼女から一切の表情が抜けていたからだ。
「自分を帰させれない理由があるとはどういう意味?」
「言葉の通りだよ。英雄ちゃんが存在するからあの世界は滅んじゃうんだ。あそこの神が不運な事故で居なくなってしまったからさ、あの世界の寿命を君一人の存在で加速させるのは面白く無いからねぇ?」
「あんたの言葉だと自分が存在しなくてもいずれ滅ぶと言ってるみたいだけど、なに?」
「神が居ないと世界が滅ぶのは世の摂理。それはどの世界でも覆せない摂理なんだよね」
ニコニコと笑顔を浮かべたままロアギュは続ける。
「英雄ちゃんみたいな人道に反した失敗作が世界を滅ぼしちゃうのは僕的には面白くないんだよね」
「は?」
「世界がどうせ滅びるなら成功作の新人類に頑張ってもらいたいっていう話。僕が言いたいこと分かるでしょ?」
“神が居ない”という言葉に魔王と勇者は驚いた。
彼らにとって神が存在するのは絶対だ。例え悪神であろうとも神は存在するのは当たり前の世界だからだ。
それにこの世界にはロアギュ以外にも二柱の神が存在する故に、英雄の世界に神が居ないことが想像を超えていた。
でもそれ以上に“失敗作”や“成功作”、“新人類”のワードが不穏だった。少し前に“旧人類”と彼女が言っていたのは記憶に新しい。
「悪神であっても人を直接殺めるのはこれでも神様だから出来ないんだよね。だからたった一人で英雄と言われるまでに人類をたーくさん殺めた殺人兵器の君が完全に手が出せない所に移動させちゃえって考えてさ。英雄ちゃんには異世界に来てもらいました〜」
神は無情と言われることもあるが、これは無いだろう。
「だからさ、いつかは帰してあげるから安心してよ」
「……あんたの言葉に安心できる要素は何一つない」
「ええ〜これでも約束は守るよ?神様だからねぇ」
「信用ならない」
英雄の言葉に魔王と勇者も同意する。悪神の言葉は何一つ誠意を感じられることはなく、ただただ不快でしかなかった。
「ほーんと英雄ちゃんの勘って鋭すぎるよね。ほら約束。英雄ちゃん以外の失敗作達が滅んだら帰してあ・げ・る」
それは分かりやすい地雷だった。
魔王と勇者が反応するよりも速く、英雄は悪神の首を掴んでいた。
「言っておくけど神様ってさ、ただの物理じゃ死ねないんだよね。君と同じでさ痛みも感じないし?」
「自分が人非道的な存在で人の心なんて無い側だけど、あんた程ひとでなしじゃない」
「そりゃあそうだよ。だって僕、神様だからね」
パキンっと陶器が割れた音がした。次いでバラバラと割れていくロアギュの姿。
『またね〜英雄ちゃん。全て終わったら迎えに行くから気長に待っててね〜』
ケタケタと壊れた姿で悪神はそう告げた後、粉々になったものを含め跡形もなく消失した。
その場に残されたのは俯く異世界の英雄と魔王と勇者のみ。
魔王と勇者はお互いに顔を見合わせて英雄の後ろ姿を見る。幼い女の子の背中だ。
「異世界の英雄、お前に提案がある」
「俺からも君に話がある」
二人からみても悪神のしていることは一線を越えていた。悪神と言われるだけでは済まないだろう。
それに気になることもある。
「俺は勇者、名前はアスト。女神様に勇者に選ばれて魔王を倒す為にここに居る」
「魔王のレオンだ」
「俺達は一時休戦する。君がアレに対してどんな感情を抱いたのか見るに明らかだからだ。そして君の力は未知数だ。俺達が警戒するほどに」
「だから改めて言おう、お前が元の世界に帰るための協力をしよう」
魔王と勇者の言葉に英雄は顔を上げる。
彼女の目は鋭く殺気立っているが落ち着いているように見受けられる。それが英雄たる所以であるならば、なんて残酷なことだろうか。
「それで君達に理はあるのか」
「世界の平和を守るのが勇者の役目だ」
「先にも言ったが、お前に暴れられては私の立場がない」
「君達の世界の神を殺すと言ってもか」
明確なる予告だが、それも分かっていたのか二人は頷く。
「英雄が殺したいのは悪神ロアギュだけだろ?それなら問題ない。以前から女神様より機があれば全人類に協力を仰ぐ所存だと仰っておられた」
「私はただただアレが不快だ。あとはお前の世界の神がただ不運な事故だったのか調べた方がいい」
魔王が引っ掛かっていたのはロアギュがやけに異世界の事情に詳しいことだ。なにか絡繰があるのではと勘繰ってしまうのは仕方ないだろう。
「確実に神殺しをしたいなら俺達と手を組む方が近道だと思うけど」
「選ぶのはお前だ」
言えるだけの情報を伝えてあとは返答を待つのみ。
英雄が答えを出すのは早かった。彼女は目を閉じて一度深呼吸する。そして目を開けた時には鋭かった目つきは元に戻って殺気は無くなっていた。
「世話になる」
これは異世界の英雄が魔王と勇者の協力を得て神殺しをする始まりの物語。
「レオン!ガラクがまた無茶をした!」
「あのお転婆娘から目を離すなと言っただろうがアスト!!」
「おお、魔法もすごいな」
また魔王と勇者が異世界の英雄によって齎される苦労人生活の始まりの物語でもある。