第8話 封印の神殿跡
道中――森の小道にて
「ん、なんかこのあたり……妙に静かじゃないか?」
リリアが杖を構える。周囲には風の音さえない。
突如――
「ギィイイイィィ!!」
森の影から、異様な姿の魔物が飛び出した。
それは甲殻に覆われた虫のような異形。
昨日の魔物とは別種で、より“人の手”が加えられたかのような、禍々しい気配を放っていた。
「また魔物!? くそ、昨日の今日だぞ!」
ハルトが村長から貰った剣を抜こうとした、その瞬間。
「下がっていてください、ハルト」
リリアが詠唱を開始する。
「――《氷の槍よ、連なる獣を穿て》! アイス・スパイラル!」
放たれた氷の螺旋が、魔物を次々と貫いた。
「……成長しておるな」
セバスが唸るように呟いた。
「えへへ……ふふ、少しは、役に立てたかな」
リリアが小さく笑った。
ハルトは目を見開きつつも、誇らしげに言った。
「お前、マジですげぇな。ちょっと惚れそう」
「えっ……そ、それはちょっと……うぅぅぅ……恥ずかしいぃぃ」
リリアの顔が赤く染まり、テラの眉がぴくりと動いた。
「……ふふ。我が子、調子に乗りましたわね♡」
「な、なんで光りだすんだよその手ぇぇぇ!!」
――ぎゃああああ!!
そんなやり取りをしながら、彼らはさらに森を進む。
夕方、森を抜けた先。
そこには、朽ちかけた石造りの神殿のような構造物が、ひっそりと存在していた。
「ここか……地図に記されてた“第一の封印”……」
ハルトが目を細める。
神殿には、旧支配者たちの紋章がかすかに刻まれていた。
だが、空気は重く、何かが“眠っている”気配がする。
「……なんか、変な気配がするぞ」
セバスが前に出て剣を構える。
その時だった――
「……あ、あそこに人が」
リリアが指差す先に、神殿の階段の下。
苔むした石の上に、一人の少女がうつ伏せで倒れていた。
銀白色の髪に、黒ずんだ弓を背負った細身の少女。
年齢はハルトたちと同じくらい。だがその顔には、血の気が引いており、まるで意識を失っているようだった。
「おいっ!大丈夫か!?」
慌てて駆け寄ったハルトが少女の体を抱き上げる。
その瞬間――
「……う……」
少女の瞼が、かすかに開いた。
「っ……敵、じゃない……?」
か細い声。
だがその目は、まるで“すべてを見通す”かのように澄んでいた。
「無事か? てか、なんでこんなところで……」
「……へ……ん……た……」
「え? なんて?」
「貴方は変態さん……なんですか?」
「いやそれ関係ないよね!?」
まさかの謎の質問に、場の空気が一瞬フリーズする。
テラが呆れ顔で微笑んだ。
「……我が子よ、気を付けなさい。変態はあなた一人で十分ですわ♡」
「そういう人種じゃないよね!?この子も!?純粋系だよね!?」
ハルトが軽くパニックになる中、少女は小さく「うん」と頷いた。
「名前は……?」
「……シオン」
少女――シオンは、ぽつりと名乗った。
彼女の背中には、重厚な弓。
腰には奇妙な紋様が刻まれた古い矢筒がぶら下がっている。
「この神殿の前で倒れてたってことは、何か知ってるかもしれないな」
セバスが警戒しつつも分析する。
テラは少女の頭を優しく撫でながら言った。
「……この子もまた、運命に導かれているのかもしれませんね」
「じゃあ……仲間にしようぜ」
ハルトはシオンに手を差し伸べる。
「……仲間、ですか?」
「そう。お前も“旧支配者”に縁があるなら、俺たちと一緒に行こう。話は後で聞いてやるから」
シオンは数秒だけ黙っていたが、やがて、かすかに微笑んだ。
「……うん。じゃあ……よろしく」
その笑顔はとても小さく、けれど確かに暖かかった。
こうして、
無口で天然な弓使い・シオンが、ハルトたちの旅に加わった。




