第3話 追われる神、追う神達
村長マルクの家は、木造で温かみのある造りだった。壁には古びた盾や剣が飾られており、過去に戦士として生きた証がそこかしこに刻まれている。
「さあ、こちらへ。テラ様、ハルト殿。余人の耳に入る話ではありませんゆえな」
三人で通された部屋は書物と地図に囲まれた静かな空間だった。
「まずは……わしから話そうかの」
マルクが煙草に火をつけると、ふっと目を細めた。
「ここ最近……“ネオ教団”の圧政が加速しておる」
「ネオ教団……新支配者の信者たちの組織ってかしら?」
「うむ。“ネオ・セフィラ”と名乗っておる。奴らは今、かつての“エルミナ教”の残党――つまり旧支配者を信じ続けている者たちを片っ端から逮捕、処刑し始めとる」
「酷すぎる……」
ハルトは小さく呟いた。
まだ高校に通っていた時に授業で聞いた話だが、宗教や宗派の違いを原因として発生する対立や武力衝突を起こしていた事を聞いていたのだが、まさか今現在起きていることにいまだ実感がつかなく少し恐怖に駆り立てられた。
「この村も、いつ密告者が出るかわからぬ。帝国の眼はどこにでも潜んでおるからの……」
テラが静かに言葉を継いだ。
「ネオ教団は、旧支配者たちが封印されている聖域をすでにいくつか掌握しています。ですが――まだすべてではありません」
「その通りじゃ。未だ見つかっていない場所もいくつかある。その中のひとつが……この地方の北東、古代の祈祷場跡じゃ」
テラは目を閉じて小さく頷いた。
「私の分身体のひとつも……そこにあるはずです」
「……分身体?」
俺は詳しく知りたく、聞き返した。
「はい。私たち旧支配者は封印される直前に、自分の力の一部を世界のどこかに“分けて”おきました。希望を託すように」
俺は思わずごくりと唾を飲んだ。
「なるほどな……けど、なんでそんな危ないことになってんだ?」
テラは静かに語り始めた。
「私たち旧支配者は、もともとこの世界と共に生き、人間たちと共存していました。けれど、外宇宙から来た異質な存在たち――“新支配者”が現れ、世界を歪め始めたのです」
「これが第一次聖戦じゃな」
マルクが補足する。
「最初は我々旧支配者と人類が手を取り、新支配者に立ち向かった。しかし……力の差は圧倒的だった」
「そして人間の中にも、欲に駆られて新支配者側につく者が現れた。裏切り者たちは“代償付きの力”を授かり、国を興し……それが“ノルディア帝国”の始まりじゃ」
「その後ネオ教団とエルミナ教の宗教戦争が人間同士で始まった……」
「それが……第二次聖戦ってことなのか?」
俺が聞くとテラは頷いた。
「新支配者は“クラリス・フェルド”や“ゼルヴァ・エイン”のような信徒に力を与え、旧支配者の残党を狩るための戦争を始めました。私は逃げる民を護り、力尽きる直前まで戦い続けたの」
マルクは拳を握りしめる。
「その時、わしも戦った。テラ様に救われ、命を賭して戦った者のひとりじゃ」
ハルトは静かに頭を下げた。
この二人が“神の名の下に命を懸けた”英雄だと思うと、俺は何も言えなくなった。
テラは柔らかく微笑んだ、しかし笑みの奥には緊張を隠す気配が滲んでいた。
「でも、まだネオ教団は私がこの世界に戻ってきたことには気づいていません」
「……なら、今が好機じゃな」
「そうですね。ですが油断は禁物。さっき村の外で、何者かの視線を感じました。……もしかすると、帝国の密偵が近くにいると思うわ」
「お、おい!さっきまでの話を聞く限りまずいんじゃないか?!」
それを聞いた俺は焦った。
「安心してください、ハルト様。すぐには動けないでしょう。ただ、急がなければならないことに変わりはありませんよ」
その時だった。
「ただいま、お父さん……」
おそるおそる開いた扉の先に、小柄な少女が立っていた。
淡い銀髪、澄んだ瞳、そして魔力の揺らぎをまとった不思議な気配。
「おお!リリア!いまお客様が来ておっての!挨拶したまえ!」
「あ……えっと……こ、こんにちは…僕はリリアと申します。」
小さな声でそう名乗った少女は、どこか寂しげな笑みを浮かべていた。