第17話 名もなき神 ひとつの名前を
昔々あるところに一人の男と一人の神様がいました。
男の名前は東雲 一希。
彼はとても仲間思いで、彼の戦術はどの敵でも負けてしまうぐらい強かった。
ある時その男は戦場で孤立してしまい、一人ぼっちになってしまいました。
彼はとても寂しく、仲間の名前を叫んでおりました。
「おーい!リュミエール!ダガン!ミレリア!」
そう叫んでいると一人の神様が男の後ろからでてきました。
「貴方が第7師団の東雲 一希ですね?」
名前を呼ばれた男は後ろを振り返り、手に黒く、鉄の塊のようなものを神様に向けました。
「お前は誰だ!」
そう叫ぶと神様は冷静に語りかけました。
「尊い命を潰す音は良い音でしたか?」
男は固唾を呑む。
「貴方がこれまで奪ってきた小さな命、どのように消えていきましたか?」
男は反論しようとしましたが、声が出ませんでした。
「私の仲間達、子供、関係ない人達……貴方がいなければ!貴方が転生されなければ!」
神様は声を荒げて、目からも大粒の涙を流していました。
それを見た男は何かを決心したかのように語りかけました。
「……俺だって殺したくなかった。俺だってこういう結果を望んでいなかった」
神様の目は獣を狩るような、言葉には出来ない表情になっていました。
しかし男は語り続けました。
「最初はリュミエールに聞いたさ。これが本当に正義なのか、これが俺が望む戦いなのか。」
男の声は段々と震えていきました。
「……彼女は答えた、”これが正義なのです”と」
神様は俯きながら聞いていました。
「最初は俺もお前と同じで子供や関係ない人達まで巻き込むのは違うと思った、俺の良心もそう訴えかけてた」
男は語りかける。
「しかしお前らが俺の仲間、帝国の民達を無惨なやり方で殺していったのを見て変わった」
男は力強く、そして恨むように言った。
「覚えているだろう、この戦いの前の出来事を」
「お前らは帝国の民を連れてきて肉壁を作った!子供も含めて!!」
男の声は怒号のように、怒りをぶつけるように話した。
「攻撃されまいと関係ない者達を壁にし!命令を聞かない者は首切りにして棒に飾った!」
神様の怒りは段々とその男に吸われていくように無くなっていった。
「なのに何故””貴方がいなければ!貴方が転生されなければ””だよ!」
「俺だって望んでいなかった!そんな光景を見たくなかった!」
「お前らが良くて俺等は駄目ってのは死んだ者たちへの冒涜だろ!」
神様は自分達が行った行為を思い出していきました。
最初はその男と同じで無関係な者や子どもたちは逃がしていた。
しかし戦局が悪くなっていくと周りの神様達はどうにか勝つようにと人間達を利用し始めました。
それは戦わせるのではなく奴隷として、壁として。
最初目の当たりにした神様は猛反発していました。
しかし今更人類に優しくしたって変わらないと厄介払いされました。
心を壊し始めた神様は段々とおかしくなり、暴走し始めたのです。
苦痛を用いた処刑、見世物……
神様は自分を失い、目的をも失っていたのです。
それを思い出した神様は段々と力が無くなっていき、膝から崩れ落ちてしまいました。
そして男は言いました。
「お前の気持ちだって分かる。俺も自分を失ったときがあった」
「……それを助けてくれたのは仲間達だった」
男は静かに自分の手のひらを見た。
男の話を聞いていた神様は自分が犯した過ち、自分が消していった命。
それらの後悔が一気になだれ込み、神様は泣き崩れていきました。
すると男は神様へ一歩、また一歩と優しく近づいていきました。
「過去は変えれない、罪は消せない」
「でも未来は決められる」
男は優しく、まるで子供をあやすかのように。
優しく神様を抱きしめた。
「俺の命は神様とは違って長くはない」
男の声は何処か悲しく、どこか優しい声で語りかけた。
「……お前は旧支配者の神様なんだろ?」
神様はビクッと震えた。
「だからさ、これから先の未来を託していいか」
神様は答えた。
「私の手はもう汚れています。誰かを救うことも、誰かを導くことも……」
「じゃあ俺が洗い流してやろう」
そう言うと男は神様の涙を拭き、神様の手を握りました。
男は優しく手の甲にキスをしました。
「ほら、これでお前の罪は俺が貰った」
男は微笑んだ。
その表情は何処か消えてしまうような、自分の未来を知っているかのような表情だった。
「なあ神様。君の名前はなんていうんだ?」
そう質問されると、神様はぼそっと答えた。
「私の名前はない……いや忘れたの。誰にも信仰されなくなって、いつか消える運命なの」
そう答えると男は悩んだ後に答えた。
「じゃあ君の名前は……テラはどうかな?」
「テラ……?」
テラは不思議そうに答える。
「意味は大地・地球・母ってことだ」
「大地?地球?母?」
テラはまだ理解していなかった。
「……この大地を、この世界を、君が聖母になることによって明るい未来を作っていくんだ」
テラは答えた。
「私じゃ無理です……」
男は答えた。
「無理じゃなくてやるんだ。君が後悔しているのなら償いとしてやるんだ」
「俺はもう長くはない……なら君の罪を被って俺はお前に賭ける」
男はテラを抱きしめながら答える。
「なあテラ、さっき信仰されてないから消えていくって言ったよな」
テラはゆっくりと答えた。
「はい……貴方に託されても消える運命なのです」
「リュミエールから聞いた話なんだが……生贄がいるとその神様はずっと存在し続けれるって本当なのか?」
テラは驚きながらもちゃんと答えた。
「……そうです。誰かの血を、誰かの肉を食せば神は永遠の存在となれるのです」
そう答えると男は震えた体で答えた。
「俺を生贄にしてくれ…そうすればお前は生きながらえる」
テラは驚いた顔をした。
「し、しかし!」
男はテラの言葉を遮った。
「未来を託したぞ。お前ならやれる、お前なら明るい未来を作れる」
男は持っていた鉄の塊をこめかみに当てる。
「ま……まって!一希!一人にしないで!」
テラは一希を止めようとした……
「最後にお前と出会って良かった。お前と腹を割って話せてよかった」
テラは一希の顔を見ていたが、自分の涙であまり見えなかった。
「後は任せた、じゃあな……テラ」
大きな轟がした。
今まで聞いたことのない音。
爆発するような、花火が爆発したような音。
しかし花火とは違う、どこか寂しく錆びれた音は絶望を呼び起こすような音だった。
男の頭からとても綺麗で、鮮明な赤色の液体が散らばっていった。
テラは絶句した。
さっきまで話していた男はまるで動かなくなった歯車のように。
そしてテラは男の亡骸の近くで泣いた。
それはもう……言葉には出来ない、誰にも表現が出来ないような。
そんな涙を流した。