【第6話】「そんな予感は当たらないで欲しかった!!」
─「どうしてこんな目にーーー!!!」─
久瀬は異怪神軍の入隊式を迎えていた。はずだった。が、
現在久瀬は…
異怪と戦っている。
─────
合格を告げられ、遂に念願の異怪神軍への入隊が認められた久瀬は、再び総本部が存在するトウ京へ来ていた。
1度目は本部が隠されていたので迷ってしまったが今回は隠されておらず迷わず辿り着くことが出来た。辺りを見渡せば同じ時間帯に自身の他にも数十人が着いたらしい。
「合格された方は1列にお並びくださいー!」
列に並び自分の順番になるまで待った。ここにいる者達がこれから仲間になるのだと、そして自分もその一員だと久瀬は内心興奮していた。
「おめでとうございます、では何か合格を証明出来るものはありますか?」
「これで大丈夫か?」
受付を担当しているであろう隊員へと合格通知の紙を見せた。
「大丈夫ですよ、ありがとうございます。それではお進みください。」
久瀬が案内されたのは前回来たときと同じ部屋ではなくその広さの何十倍もある規格外の部屋。部屋というよりは天井はないので空が見えるし下も普通に地面なので外という分類に入るのだろうか。
円状に壁で覆われており2階と思われる層からこちらの様子が伺えるようになっている。あとは前方に台がありそこに偉い人が来るのだろうと久瀬は考えた。
それよりも驚いたのは合格した人数の多さだ、おそらく有に300は超えているだろう。
(これもしかして全員合格してるんじゃねぇーか?いや絶対そうだろ!あの顔もあの顔もこの顔も見たことある気がすんぞ!)
(じゃああんま不安になる必要なかったのか、損した)
久瀬はそんな状況に眉を潜めながらもおとなしく壁の傍に行き入隊式が始まるのを待った。
そこからおよそ1時間後、
『合格者が揃いましたので間もなく入隊式を始めます。皆様は隊員の指示に従い並んで下さい。』
(お、いよいよ始まんのか。てか…私服のまま?こういうのって普通隊服とか着てビシッと決めるんじゃねぇのか?)
動きやすい服装で来ること、という指示が詳細に記されていた。特に疑問を抱くことなく指示通りに来たが久瀬はここにきて内心疑問に思った。
だがこんな疑問を抱いていても仕方がないと割り切ることにした。
久瀬は前方から3列目に並ばされ間もなく始まるという気持ちに胸が膨らんだ。頭の片隅では、結局割り切ることのできなかった疑問を置いて。
『これより入隊式を始めます。合格者の皆様はお静かにお願いします。』
会場が静寂に溢れた。
するとそのタイミングで辺りの空気が変わった。
一変した空気に久瀬はおもわずゴクリと固唾を飲むと7人の隊員が会場に入ってきた。男が4人、女が3人のその隊員達は他の隊員と隊服が異なる為何故だと考えたがあんなところにいるのだから位が高いのだろうと久瀬は結論付けた。
7人は特に何も言うことなく台にある椅子に座った。
(ん?真ん中空いてんぞ。誰があとから来るのか??)
久瀬は真ん中に空いた場所を見つめていた。
すると
(???!!!)
台の下から見覚えのある男が出てきた。その髪はアメジスト色をしている。
(な、な、あいつあんときの!!おい嘘だろ…もしかして…………)
「はいは〜い!総隊長の鏡水静だよ〜よろしく〜!皆んな合格おめでとー!いぇーい!!」
(やっぱりかよーーーーーーーーーーー!!!)
しかもなんと総隊長、組織の頂点ときた。知らず知らずのうちにとんでもない人物と会っていたのだと思うと内心冷や汗をかいてしまう。
「いや〜今年はこんなに合格してくれたんだね〜嬉しいよ、それにこの中にいる何人かは優秀だと聞いているよ。」
(優秀…もしかして推薦組の奴らか?)
「そ、れ、で、さっそくなんだけど君達は入隊試験を受ける上で思ったと思うんだ。実力試験はないのかってね。なんで筆記試験しかないのか、答えは簡単、妖!やっちゃって〜!」
「あいよ〜」
その言葉に会場全体がざわめき出す。すると次に起こったその光景に誰もが目を見開いた。
「!!!」
上空に大きな空間が開き、そこから現れたのはあの漆黒の化け物、異怪だった。しかしその場から動かない。
「そう!今ここで見るから!!つまり抜き打ちってわけだ!」
(…やっぱりあんのかよ!!)
「この実力試験は別名第二次試験って言ってね、まぁもう皆んな薄々気付いてると思うけど君達は入隊できた訳じゃない、そもそも合格って言ってるだけで入隊を認めた訳じゃないしね。」
「う〜んそろそろ時間も惜しくなってきたし始めようか」
「は?えちょ、待てよ…」
「じゃあ皆んな、頑張ってね〜!」
鏡水がそう言い終わると同時に上空で動きを止められていた異怪達が放たれる。既に辺りは散り散りになっており周りからは悲鳴を上げる者、唖然とする者、何故か目を輝かせる者、既に戦闘態勢に入っている者など様々だ。久瀬は未だ状況整理が出来ぬままあたふたとしていると突然前の地面から人を有に超えるほどの鋭い氷が生え落下途中の異怪を一体貫いた。そのまま異怪は会場中に響き渡るほどの泣き声を上げてから崩れた灰のように消えていった。
(!あいつはあのイケメン!)
時間経過とともに消滅した氷の裏にいたのは試験日に久瀬をフル無視し挙げ句舌打ちをかました少年だった。
「何してんだお前ら、やる気がないなら帰るか死ね。」
怒りを含んだ言葉を静かに言い放ちその少年は別の異怪を倒しに行った。
「むきぃぃいいいいーーーーー!!!ムカつくなあいつ!でもそうだ…!ここでやんなきゃ死ぬ!!俺も行かねーと!!」
久瀬は少年の言葉に覚悟を決め異怪を倒すべく走り出した。久瀬のその姿と言葉を聞いた周りの者達も次々にハッとしたような表情をした後賛同し、それぞれが走り出した。困惑に満ちていた会場は一気に変わり勇敢に満ちた。
「へぇ…あいつらの言葉でガラッと変わったな」
「確かに去年と比べて速いですね、もしかしたら結構やるのかもしれません。」
「それはこれから分かることやな、それより九操さん、おたくの隊長は大丈夫ですか」
「下凪副隊長、今は仕事中だ、さんではなく副隊長を付けろ。あいつはあの人が傍にいる、心配ない。」
「ほらほら関係ないお喋りはそこまで!皆んな頑張ってるんだからちゃんと見よう!」
「ここからが見物ですね!」
─────
「うぉおおおおおおおおおおおお!!!」
叫び声を上げながら久瀬は異怪へと立ち向かう。
走りながら右手を上げると祝福を発動させ手の周りを流水が渦巻いた。その流水は振り下ろされると同時にヘドロのような形をした異怪に直撃する。
「くそっ!一撃じゃ無理か…不味いぞ、あとあの威力を難なく使えるのは3回までだ…」
以前の久瀬なら3回ほどしか使えなかったがあれから特訓を重ねることで上限を4回までに増やすことが出来た。
攻撃を受けた異怪は標的を久瀬に変え、体の一部から切り離された物体を飛ばす。その攻撃をギリギリで躱すと先程と同じ攻撃を近距離から放った。モロに食らった異怪は叫び声を上げた後消滅した。
「倒せたーーーーー!」
「え」
喜んだのも束の間、新たな異怪が久瀬を襲う。
「どわぁぁぁああああ!!!!」
4本足で立つ異怪は、前足を高く上げ久瀬を狙って下ろす。なんとか当たらなかったものの、久瀬は壁際まで吹き飛び背中をぶつけてしまう。
「アイダぁああああ"あ"あ"!!あの野郎…ぜってぇ殺す!」
4本足の異怪は他に気を取られて別の方を向いている。人をぶっ飛ばしておいてそっちのけかと久瀬は怒りを爆発させた。
未だ壁にもたれたままズルズルと立ち上がり、今度はあの少年が見せたような氷柱型の水を生み出す。回転させながら放ったそれは、異怪の頭部に直撃した。あたりどころが良かったのか異怪はそのまま消滅していった。
「しゃあああ!俺を無視してるからそうなんだぞ!」
久瀬はガッツポーズする。背中はまだ痛いがこんな所で立ち止まるわけにはいかない。次に倒そうとしたのはトカゲのような形をした異怪。壁を走り移動している。
手始めに今までとは威力を抑えたソフトボール程の大きさの水を生み出し何度か異怪にぶつけるがどれも難なく躱されてしまう。
どうしたものかと頭を悩ます久瀬だが長距離で当たらないのであれば直接叩き込むまでだと結論付けて走り出した。
トカゲの異怪に近付いた久瀬は力強く踏ん張り両足に力を込めて大きく跳んだ。目線の高さが同じ位になり、触れる一歩手前まできた。異怪は久瀬を叩き落とそうと前足で攻撃しようとするが数秒久瀬の方が速かった。ゼロ距離でぶち込んだ祝福は異怪を貫き散っていた。脳天を貫かれた異怪は当然生きていられるはずもなく、久瀬の顔の手前まできた前足はそれ以上進むことなく消滅していった。滞空時間が終わり地に足を付けた久瀬はバランスを崩し尻もちを付いてしまう。
「イテッ」
だがその瞬間、久瀬を覆う歪な影ができ慌てて顔を上げれば新たな異怪がそこにいた。
「うわっ、ちょ待ってくれよ!!もう次来んのかよ!俺まだ立ち上がってない!」
異怪はそんな久瀬に構うことなく口から何かを出そうとしている。
「くっ──────」
それを見た久瀬は反射的に目を瞑ってしまう。こんな所で終わるのかと内心絶望したがいつまで経っても衝撃どころか痛みが来ない。不思議に思った久瀬は恐る恐る目を開けてみると、異怪は口を開けたまま氷漬けにされていた。
「なっ?!なんだこれ!」
「これで終わりだな」
「!」
声が聞こえた方を見るとそこに居たのはフル無視少年だった。と、周りを見るともう異怪は何処にも居なくどうやら今のが最後だったようだ。
未だ唖然とする久瀬をよそに軽快な声が会場に響いた。
「皆んなお疲れ〜!全員合格だ!!10分後に本当の入隊式を始めるからちゃんと隊服に着替えてきてね」
合格、その言葉に会場全体に歓声が満ちる。久瀬もボロボロで疲労を感じていたがそれを忘れるくらいに喜んだ。
「よっしゃああああああああああああ!!!!」
─────
「それにしても、今年は聞いてた通り優秀な奴が多いですなぁ総隊長」
「うん、そうだね嬉しいよ」
「特に注目すべきはあの氷の少年でしょうか、下級とはいえ一撃で倒していましたし、最後は氷漬けにしていました。」
「彼の名前は?」
「白銀雅、15だそうです。」
「へぇ…あの若さであれか…凄いな」
「もしかしたら隊長格になるかもしれない原石ですね!」
「あとはやはり推薦組ですね、氷の少年程目立ってはいませんでしたが傷一つなく異怪を倒しきっていました。」
「まぁ推薦言う時点で実力は保証されとるもんやしな」
「分からないけどね、今はそうでも、これから落ちる可能性だって十分にある。」
「妖の言うとおりだね、さぁそろそろ時間だ、お喋りはまた後にしよう!」
隊服に身を包んだ若き新星達が再び集う。
─そして、遂に本当の入隊式が幕を開ける─