【第4話】「異怪神軍と入隊試験」
─「どこなんだここ…」─
遡ること数時間前。
久瀬の住む場所から試験会場のトウ京までは半日もせずに来れる場所なので早朝のうちに出発し泊まる宿を予約した。正直殆どが無計画だった為最悪の場合野宿を覚悟していたがなんとか予約することが出来た。
試験は昼からなのだがそうこうしているうちに時間が迫っていることに気づいたので慌てて会場へ向かった。
そこまでは良かった。が、試験会場である本部は何故か周りが大量の木々に囲まれていたのだ。自身の背丈より高いせいなのか本部が見えてこない、そのため何処に何があるかなど全く分からないのだ。
「くっそーどうすんだよこれ…俺今何処にいんだよ…」
(いや、仕方ねーか!だって知らない場所だし、当たり前ー当たり前!)
それにしても辺りは木、木、木!草、草、草!あと所々に花!まさかこのまま野垂れ死んでしまうのではないだろうか、それだけは考えたくない。
「てかまて、俺の身長は173cm…うん、身長が低いせいで建物が見つけられないわけではないな、よし。」
「う〜どうすりゃいいんだ…来た道戻ればいい──」
「大丈夫かい?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
突然背後から声がした。悲鳴に近い声にならない叫びを上げながら反射的に体は後ろを向く。
そこにいたのは久瀬より背の高い男、180後半くらいだろうか、アメジスト色のセンター分けの髪に目は…あいているのだろうか?男はそんな久瀬に驚きもせず立っていた。
「あれっ?驚かしちゃた?ごめんね〜〜」
と、反省の色が見えない口調と発言をしながら片手で謝る素振りを見せた。
「なっ…あ、う、あっあんたその服…もしかして異怪神軍の……」
「うん、そうだよ」
何度かテレビの中で見たことがある隊服。テレビで見たものとはどこか違うが雰囲気と大方の見た目は同じだった。
「それで、君はこんなところでどうしたんだい?」
「えっ?いや、ちょっとまっ迷ったっつうかなんていうか…来たことない所だしえっとあれか?土地勘?…かなんかがなくて…」
「うーんなるほど、つまり迷子だね!」
「なっまっ迷子とかじゃ!!!」
「うんうんそもそもここは一般人が入れる場所じゃないし、ちょっと特殊だから迷っても仕方ないし恥ずかしがらなくて良いんだよ〜」
「〜〜〜恥ずかしがってねーわっ!」
いや16にもなって例え来たことがない場所とはいえど迷子になるのは恥ずかしい。
そもそも久瀬は別にどこで、とかではなく自分に向けられた「迷子」という言葉自体がプライドに障るのだ。
それよりもこの男、ずっとニコニコしていて気味が悪い、自然的な笑顔というよりもどちらかといえば作りものの笑顔、もしかしてこれが強者の余裕というやつだろうか。
「いや〜試験会場とは反対方向から気配を感じて来てみれば…道のりにカラーコーンでも置いておくんだったかな。」
「はぁ…」
(えっちょ今こいつ試験会場と反対方向って言った??俺の足どうなってんだよ!!)
━パンッ!!━
「オッケー事情は分かった、僕が試験会場まで案内してあげるよ」
「いいのか?」
「うん、このまま迷い続けて試験が受けれなくなったら困るしね、ついてきて。」
「さ、サンキュー」
─────
「君はここの試験を受けるのは初めて?」
「初めてだな。最近まで受けようとも思ってなかったし」
「じゃあ何かきっかけがあったのかな?」
「きっかけ……母親が異怪に襲われて…父親も昔それで死んで…………」
「へー復讐するために来たのかい?」
「ふっ復讐?まぁ……そういうことになる…の…か……?」
「ま、なんでもいいや!僕としては入ってくれればそれでいいから!」
(そっちから聞いてきたのになんなんだよ……わっかんねぇ…………)
「あ、一つ聞くけどさ」
「っ!」
そのとき、先程までの空気とは違い辺りの空気が一瞬で変わったような気がした。
「ここを受けるからには、それ相応の覚悟と意識はあるんだよね」
その言葉はまるで考えるまでもなく肯定しろと言っているような口調だった。しかしこんな質問聞くまでもない、あの日から久瀬の覚悟は決まっている。
「そんなもん…あるに決まってんだろ!」
「…」
「うん!それならいいんだ!」
どっとした空気が元通りになり久瀬は聞こえない程度に小さく安心したため息をついた。
「そういえば君、僕に敬語を使わないなんていい度胸してるね」
「え?」
「まぁ今は一般人だしいいけどさ。それに…まぁ明らか僕より年下だけどもしかしたら年上かもしれないし」
「まぁ何にせよ敬語を使う相手は気をつけたほうがいいよ、異怪神軍には怖ーい人も沢山いるからさ。」
「わっ…分かったぁーじゃなくて分かりま・し・た!!」
「ハハッ、今は良いよ。言ったでしょ、まだ一般人だって、それよりも試験頑張ってね」
「あっ」
気がつけばいつの間にか試験会場に着いていたようだ。しかし……
「…何もねぇぞ?間違えたのか??」
「違う違う、あそこに受付の人が見えるでしょ?」
「ん〜?あっあの人か!」
良く見れば何もない場所に人が立っている。あの人が受付の人というならば何故こんなところまでしか案内してくれないのだろうか。久瀬は疑問に思ったが特段気になったわけでもないので心の中に留めておいた。
「その人に話しかけたら大丈夫だよ」
「おう!いろいろとサンキューな!」
久瀬は男を背に向けて駆け出した。
「あ、そういえば」
「んだよ」
久瀬は走り出した足を止めて男の方へと振り返る
「君、名前は?」
「久瀬颯斗」
「久瀬君ね…うん、合格したら覚えておくよ!」
「なぁんだそれ!」
「まぁまぁそれより早くしないと時間が来ちゃうよ〜」
「げ!本当だ急がねぇと!!じゃあな!」
久瀬は再び走り出した。途中男の名前を聞いていないことを思い出し振り返ってみたがそこにもう、男の姿はなかった。
─────
「すんません、試験受けたいんですけど」
「はい、了解しました。許可証はお持ちですか?」
「これ…」
「はい、確認できました。」
受付の男が突然手を背後に回し斜め後ろにかざした。その瞬間、久瀬は驚きのあまりこれでもかというくらい目を開いた。
「な、な、なんだコレ!?どうなってんだよ?!」
突如として大きな建物が現れたのだ。正面からだが規模でいえば国会議事堂が一回り小さくなったほど、形はただの長方形だが存在感はものすごかったと久瀬は感じた。しかし久瀬は勘違いをしていた、この大きさは本部を近くで見たときであって全体が見える遠くからではない、故に本当は国会議事堂が一回り小さくなったほどなんてものではないくらい大きい。
「初めて見れば驚きますよね、普段はこんなことしないんですよ。ただこれは試験者がいかに正しく指定された場所に来れるかを確かめるためのものなんです。今はまだ関係者と既に着いている人にしか見えませんが試験者が全員来れば誰の目にも見える様になります。」
「あぁ安心してください、これは合否の判断材料に関係ありませんしこの敷地に気配があるのに一向に来ない場合は私の様な一般隊員が来ます。」
「そ、そうなのか…」
(じゃああいつはただの隊員か…にしては雰囲気あったな…)
「ですが安心しました。皆さんちゃんと無事に来られていますから、そんな心配はありませんでしたね。」
「え、てことは今まで来たやつらは全員自力で…?」
「?はい、あなたもそうじゃないですか。」
「あぁ!ちょっと聞いてみただけだ」
「そうですか、それでは久瀬様はCのお部屋にお入り下さい。」
結局、迷子になっていたのは久瀬だけだったようだ。余計に恥ずかしい。
─────
何もない真っ白な廊下を歩くこと数分、Cと書かれた紙が吊るしてある部屋の前に着いた。右を見ればまだいくつか部屋が並んであるように思う。見えない先まで廊下は続くので実際にどこまでが試験場なのかは分からないが少なくともEの部屋まであることは確認出来た。
久瀬は一度深呼吸してから扉に手をかけ開いた。
(多っ!!)
(まじかよ…教室くらいのサイズ想像してから30人くらいだと思ってたのに50人以上は居るんじゃねえか?)
実力試験がないとはいえ試験は試験だ、会場にはしんみりとした空気が漂っていた。
そんな空気の中に久瀬が入ってきたからだろう、散っていた視線は一気に久瀬の方へと集まる。
(うおっ!…さっさと座ろ…………てかきんちょーしてきたーー!心臓バクバクだ…)
会場にはおそらく試験監督と思われる隊員が一人、その隊員は視線だけを久瀬の方へ向けた。
すると久瀬が入室してから数分もしないうちにまた扉が開いた。久瀬はあごに手をついたまま顔を扉へ向ける。
(ちくしょーー!!イケメンじゃねぇか!!)
入ってきたのは明け方の空のような淡い水色の髪色をした少年。前髪は長く所々の隙間から黄金色の目が見える。両サイドの横髪はあご辺りまで伸びているが後ろ髪は短くはねがある感じだった。
ちなみに久瀬は黒髪に後ろが2回だけ編んだ三つ編みで毛先がほんのり赤色だ。
少年は周りに目もくれず空いている久瀬の隣に座った。
「よ、よお…今日はお互い頑張ろうな…」
「…………………………チッ」
引きつった笑みを浮かべながら勇気を出して話しかけてみたがこちらを見ることもなく挙句の果てには目を閉じられてしまった。なんならこいつ舌打ちしたぞ。
(んなことだろうと思ったけどな!!!!)
━ピーンポーンパーンポーン━
『試験者が揃いました。これより試験を開始します。試験者の皆様は隊員の指示に従って行動してください。』
(いよいよか…!絶対に合格してやる!)
「そんじゃー用紙配るから名前書けよー、開始の合図で始めて終了の合図で止める、不正行為は一発アウト、試験時間は30分、そんだけだ。回ったかー?」
「よーし、そんじゃあ始め!」
開始の合図とともにまた空気が変わった。それぞれが真剣な面持ちで目の前の紙にペンを走らせていく。
そしてそれは、意外なことに久瀬もだった。
久瀬は頭が悪い、簡単に言えばバカ。社会や国語ならなんとかなると思っていたがそれは久瀬目線の話であって世間一般的に見ればそんなになんとかならない。が、久瀬がそんなこと知る由もないのだ。
(まずは国語か…えっと、次の文でカタカナは漢字に、漢字は読みを書くのか…。1個目は道端をサンポする、あーこれは余裕だな!次は因果だろ?んで次は過去!これはうんめい!)
(よしよし…順調だぞ!次は数学か…。次の円柱の表面積を求めなさい…は?なんだそれわっかんねー…………次いこ、グラフが2点(1、2)、(4、11)を通る1次関数の式…ん〜〜捨て!!)
(おし、社会か次は、異怪が現れたのはおよそ何年前か…確かこれ具体的な数字は習ってないよな…文献ごとに載ってる年数が違うからだったっけ?じゃあおよそ数千年前と…これでいーか!)
久瀬はその後も順調に問題を飛ばしながらも解き進めていった。
⑧あなたについてお答えください。
Q.あなたの祝福をデメリットも含んで具体的に書きなさい。
(おー、異怪神軍っぽい質問だな…えーと─────…)
Q.あなたが所属したいと思う部隊はどこですか、またその理由を書きなさい。
(これはやっぱ第一部隊だろ!一番つえーし!)
Q.あなたは、強い覚悟と意識を持っていますか。
(これはあんときあいつにも聞かれたな…もちろん持っているだ!)
Q.最後の質問です。
あなたは、この組織に命をかけることは出来ますか?はいかいいえで書きなさい。
(?!なんだこの質問!今までとなんつーか異質だぞ?!命をかける………もし落としちまえば母さんに会うことは出来ない…けどそのぐらいでいないと得るもんも得られねー…!なにしろこの組織に入りたいと思うなら最初から分かってたことだよな!)
「止めっ!」
最後の質問を書き終わると同時に終了の合図が響いた、久瀬は案外解けたことに驚きつつも最後の質問…の1つ前の「覚悟と意識」について考えていた。
覚悟、それはおそらく国の為に、家族の為に血を流すことは出来るのか、人々を守ることは出来るのか、不安や恐怖と戦う決意は出来ているのか、などそんなところだろう。覚悟はいくつか想像がつくが意識とは何なのだろうか?あの男が聞いてきたときもそうだが正直覚悟の方ばかり考えて意識の意味を考えていなかった。
だが考えても中々それらしい答えが出てこない為一旦置いておくことにした。
「結果は3日後に出るから役所行くの忘れんなよーそんじゃあ解散」
3日後に決まる。それまでにやることはやはり祝福の特訓だ。久瀬は事前に決めていたことを改めて確認しその場を後にした。
「カラーコーン置かれてる…」