【第3話】「試験への一歩」
「はい、かしこまりました。本日担当を務めさせて頂きます古橋と申します、よろしくお願い致します」
「まずは支援手続きの方から進めていきますね。」
「おねしゃ…す」
最後の語尾がほとんど聞こえないくらい小さくなってしまった。自身の性に合わないのか、昔から敬語を使うのが苦手で使えば心がむず痒くなってしまう。
しかしそんな久瀬にも笑顔で接してくれる担当の人には頭が上がらない。
「初めにお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「久瀬です…」
「久瀬様ですね、では次にご存知かと思われますが異怪保障制度は異怪による被害によって身寄りの先がなくなった、もしくは身寄りの先がなく異怪の被害に遭ってしまい生活が困難な方に国から一定期間支援してもらえるという制度です。」
「そのため最低でも身寄りの先がない、というのが条件になりますが何か証明出来るものはございますか?」
「あ…えっと、証明…になるかはわからね…わからないんですけど今日あった異怪の被害で住む家が潰れて、逃がしてくれた母親も行方不明なんです…。父親は昔異怪に襲われて死んで、祖父母もいなくって…」
「なるほど、ではご親族の方はいらっしゃいますか?」
「親戚…もいません。」
(こんなの…なんの証明にもなってねぇ…………)
ただ自身の身に起きたことを喋っているだけ、それでは嘘だと思われるかもしれない。久瀬はそれどう証明するかを考え始めた。
が
「分かりました。では手続きを進めていきますね」
「?!えっ?なんでなんだ?!俺、嘘ついてるかもしんねーんだぞ!??」
「はい、その可能性はありますね。ですがお客様はついていない、それが事実でこざいます。」
「ど、どうやったらそんなの…」
「祝福です。私は相手が嘘をついているかどうか分かる祝福を持っています。ですからお客様の発言に嘘はないと分かりました。」
「よ、良かったぁ…」
「異怪課の方々はみんな祝福を持っているんですよ。いろいろとありますから。」
「そうなのか…」
そうなのか、いや本当にそうなのか、だ。祝福、自身がそれを有していながらも盲点だった。だが嘘が分かるとは、変なところで嘘をつかず正直に話していて良かった。
「では次に異怪神軍の入隊試験への手続きですね。何か身分を証明出来るものはございますか?」
「これで大丈夫か?」
「はい、十分です。それでは次に一度、祝福の有無を確認致しますのでこちらのお部屋へ…」
連れてこられたのは何もないただの白い空間。本当に見るためだけの空間なのだろう。
「それではお願いします。」
(…できるだけ弱く…出すだけでいいんだ…)
(前にやったときみてーに…!)
すると久瀬の手元に、かすかに小石ほどの水が浮き始めた。それは少しづつ大きくなりやがてソフトボールほどの大きさになった。
(うっしゃぁぁぁ!成功!!俺天才かよ)
「はい、確認できました。ありがとうございます。」
再びもとの場所に戻り手続きが行われた。久しぶりに祝福を扱った久瀬はかすかに疲労を感じていた。
「そーいえば…さっきみてーに祝福は使わねぇんだな…ですね。」
「久瀬様もわかると思いますが使用すれば体力が削られますので、出来れば使用しないほうが良いんです。」
「さ、手続きが完了致しました。こちらが仮設住宅への地図ですね、そしてこちらが久瀬様の支援金ようの通帳になります。学費の負担はこちらが直接お支払い致しますのでこの中には含まれません。」
「続いてこちらが入隊試験の許可証ですね、当日必要になりますので失くさないようお願い致します。」
「最後に久瀬様への支援期間になりますが、もし入隊試験に合格された場合はそこで期間終了となります。異怪神軍は完全寮制となりますし充分なお金も発生しますのでご安心ください。現在通っている学校は中退していただくことになりますが異怪神軍内でも勉強は出来るのでそこもご安心ください。」
「…分かりました…?」
異怪神軍内で勉強が出来るとはどういうことだ?つまり授業が受けられるということか?まあこれは追々考えるとしよう。それより今は合格することだけを考えるべきだ。あと祝福。
─────
役所を後にした久瀬は自身の住んでいた住宅地の近くにある小さな山へと来ていた。祝福の特訓をするためだ。さすがに人が多い公衆の場ではすることが出来ないが異怪に襲われた、ということもあり誰もその付近には近づこうとしなかった。それが久瀬にとって大いに都合が良かったのでこの山へ来たというわけだ。
「うし…ここら辺でいいか」
(入隊試験までは丁度30日しかねぇ…この短い期間でなるべく火力を上げるぞ…!)
そう思いきり久瀬は早速祝福の特訓を始めた。
今日やった感覚を思い出す。小石ほどの大きさの水を作り出す、まずはここからだ。久瀬は目を瞑り真剣な面持ちで念じ始めた。久瀬の程度ではまだ、こうやって集中しなければ発動出来ないのだ。
(まずはイメージ…!小石くらいの大きさを意識する………)
─ぽちゃん─
久瀬の耳に僅かに聞こえた水の音、成功だ。
「よっし!あとはこれを大きくするだけだ!」
(うぉ…おおおお…!)
少しずつ水が大きくなっていく。数分ほど経っただろうか?久瀬はつぶっていた目を薄っらと開けながら驚いた。
小石ほどの大きさだった水は久瀬を覆い隠すように遥かに大きくなっていたのだ。
「これ…成功か…??」
成功と思われたその瞬間、久瀬は目眩を感じそのまま仰向けに倒れ込んでしまった。そのせいで祝福の制御は途切れ生み出した水が久瀬に全てかかった。
「…………いやよっわ!!単にデカくなっただけじゃねーか!!」
そう、そこそこ重量はあるものの強いかと言われれば迷わず違うと答える。これでは火力が出せたとは呼べない。それに加えて今久瀬は大きな疲労のほかに吐き気すら感じていた。このままではもう一度するのが今日の限界だろう。
(そうなりゃ真剣に考えねーと…どうすりゃ…)
(……!待てよ、俺はさっき小石くらいの大きさから徐々に大きくしていくことを意識してたよな…?もしかしてそのせいで小石の威力のまま大きくなっちまったってことか?)
(おっし!これは試してみる価値があるぞ!!)
久瀬は勢いよく体を起こしそのまま立った。自身の考えが合っているならば次ははじめから強い水を出すことを意識すれば良いのだ。
(よし…!間違ってたなら明日考える…!合ってりゃこの方法で毎日特訓だ!)
久瀬は再び念じ始めた、次ははじめから強い水を出すことを。大きい=強い、の認識は間違っていたと、久瀬は念じながら思った。
(はじめっからドカンと一発出す!!考えるのはそれだけ!!!)
(うおりゃぁぁあああああああああああああああ!!!!)
─ドンッ!─
先程とは比べ物にならないほどの軽めの爆発音のようなものがした。
久瀬は思いきり目を開け思わず笑みを浮かべた。
そこには先程の大きさはないにしろ勢いよく渦巻く透きとおる水の姿があった。
あとは威力が自身の想定どおりであれば成功だ。
「うりゃぁあ!」
思いきり手を振りかざし勢いよく下にした。その動きに合わせて生み出された水は木へとぶつかった。
凄まじい水しぶきの後久瀬が目にした光景は、
「木が…折れてる…しかも一本じゃねぇ…」
十数本の木が荒々しく折れていた。
完全に成功と言っていいだろう。
「けどこれ…やるたびに木が折れんのかよ…怒られそうだな…次からは地面に打ち付けるか、よしそうしよう」
久瀬は反省と改善を考えその場に今度はうつ伏せで倒れ込んだ。いや、倒れ込んでしまった。
限界が来たのだ、先程とは比にならないほどの疲労と吐き気で久瀬はそのまま寝てしまった。だが収穫はあった、それだけで十分だった。
─────
目を覚ましたとき、すっかり空は宵闇色に染まり所々に小さな黄色が見えた。つまるところの夜、しかも遅い時間帯だ。
久瀬は慌ててその場を急ぎ避難所へと戻った。まだ少し疲れは残っているが吐き気はない、大丈夫だ。辺りは暗く懐中電灯の一つでも欲しいところなのだが幸い久瀬は目が良く、暗い場所もそれなりに見えたので平気だった。
「はぁはぁ…はぁうはぁ…着いた…疲れた無理……」
「おーおー随分と遅い帰りだったな後2時間もしねーうちに日付が変わっちまうぞ。」
「おっさん…寝てねーのかよ…………」
「俺は子供じゃねーからな、お前こそさっさと寝ろよ」
「うっせ!言われなくても分かってますぅー」
先程起きたばかりだったがもう眠気が襲ってきた。久瀬はその睡魔に抗うことなく、そっと目を閉じた。
今日の出来事を思い浮かべながら…
新しい朝がやってきた。久瀬は今昨日の山にいる。昨日で火力の出し方は分かったので今日から試験前日までは感覚を体に覚えさせるためにひたすら同じことを繰り返す。正直体力勝負だ。今の久瀬では連続して行うのは二回が限界、それからは暫く時間を開けないといけないので昼間は出来ないだろう、すると夜に二回が限界ということになる。一日に四回しかできないため一回一回を集中して行わなければならない。
2日目の1回目(朝)
2日目の2回目(朝)
…
2日目の3回目(夜)
2日目の4回目(夜)
吐き気が凄まじかったので断念。
5日目の1回目(朝)
5日目の2回目(朝)
…
5日目の3回目(夜)
5日目の4回目(夜)
吐き気がそこまでなかったので5回目に突入しようとしたが途中で来たので断念。
10日目の1回目(朝)
10日目の2回目(朝)
…
10日目の3回目(夜)
10日目の4回目(夜)
10日目の5回目(夜)
ついにギリギリ成功。気合いと根気で持ちこたえた
17日目の1回目(朝)
17日目の2回目(朝)
17日目の3回目(朝)
朝に3回目連続使うことに成功。しかし吐き気がやばい。
…
17日目の4回目(夜)
17日目の5回目(夜)
17日目の3回目(夜)
朝に成功したからか夜の3回目は断念。
23日目の1回目(朝)
23日目の2回目(朝)
23日目の3回目(朝)
そこまで疲労と吐き気を感じることはなく成功した。
…
23日目の4回目(夜)
23日目の5回目(夜)
23日目の6回目(夜)
遂に朝、夜、共に3回連続使うことに成功した…しかし吐き気と疲労はかなり感じる。
28日目の1回目(朝)
28日目の2回目(朝)
28日目の3回目(朝)
28日目の4回目(昼)
28日目にして初めて昼に一度使ってみた。しかし時間があまり空いていないからか断念。
…
28日目の5回目(夜)
28日目の6回目(夜)
28日目の7回目(夜)
昼に一度使ったせいで7回目は疲労でそのまま倒れてしまった。失敗だ。
試験前日の1回目(朝)
試験前日の2回目(朝)
試験前日の3回目(朝)
試験前日の4回目(昼)
なんとか成功。気合いで立つことは出来た。
…
試験前日の5回目(夜)
試験前日の6日目(夜)
試験前日の7回目(夜)
こちらも辛うじて成功。
結果的に今の久瀬では朝に3回、夜に3回があまりリスクなく使用するための限界だった。昼に一度使用することはできたがこれも辛うじてだ。今は使用しないほうが身のためだろう。しかも1日を通してなので時間帯によれば使用限度が3回だけなんてこともあり得る。
久瀬は合格出来た後も相当の特訓が必要だと考えた。
(明日は遂に入隊試験の日だ!母さんを探し出すためにもぜってぇー合格しねぇと!!)
「おっし、今日はちょっと早いけど帰ってねるか」
久瀬は少しうきうきとした足どりで家へと帰って行った。ちなみに学校へは通っているが祝福のせいもあり良く早退していた。
─試験当日─
試験会場、総本部「トウ京」