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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

×××番目の勇者様

作者: あいす

×××番目の勇者様とシスターのお話。


『×××番目の勇者様』


再び勇者が現れた。それは今から忙しくなることを意味するのだ

前代の勇者の死去を隠し新たな勇者を探し当てる。

今回は運よく道端で拾った言う少年をつれて司祭様は連れ帰ってきた。


「シスターセレーネ、勇者様にご説明を」

「はい、司祭様」


司祭様からバトンタッチで私の番だ。

勇者様を持ち上げて、唆して、旅立たせる役目。


それが私、セレーネの役目。

『勇者が来た』

それは『今』の勇者が死んだ合図。

そして私たちの『仕事』が始まる合図だ。


長々と説明した後は、町の店で武具を整えようと店へと繰り出した。

うきうきとした様子で甲冑の試着をする少年を微笑ましく見守る。


「お似合いですよ、勇者様」

「えっ本当ですか?嬉しい……!」


白々しいサービストークにあどけない少年は嬉しそうに微笑んだ。

『勇者の予言』も『勇者』も『運命』も存在しない。

全ては決められたシナリオなのだ。


『勇者』の作り方は簡単だ。

国の偉い魔法使いが、

強そうで、だましやすそうで、死んでも文句を言ってくる遺族の居ない奴を探す。


そして、まるで神のお告げが降ってきたかのように、

偽の勇者の予言を読み上げる。


これで勇者の完成だ。


国のためだと、神のお告げだと

素晴らしい役目だと、運命なのだと持ち上げて、唆してその気にさせて。

魔王討伐へと旅立たせる。


死んでしまったら、次の勇者を探す。

魔王を倒すその日までこれは繰り返されるのだ。


勇者に選ばれる者は決まって『運命』という言葉に弱い。

運命なんて無いというのに、信じてその罠にかかってしまうのだ。



前の勇者は魔王城近くまで行ったというのに、

寸前のところで命を散らしてしまった。

残念なことだ。


そして早速次の勇者が選ばれた。

お次の勇者はなんとも幼い少年だった。

親も居ない田舎育ちの少年はひとりぼっちで城へ来た。


「司祭様、本当に僕が勇者なのですか?」

「ええ、そうだとも勇者アルバート。

君はこの世界を救うため生まれてきたんだよ」


司祭様は嘘がお上手だ。

その台詞ももう何百回と聞いただろう。

けれどアルバードと呼ばれた少年は心から信じ込んでいる。


勇者という役目に目を輝かせてる少年を騙すのだ。


最初の方は騙すことに痛んでたはずの心もいつの間にか何も感じなくなった。

戸惑っていた少年に、ゆっくりと勇者の説明を聞かせてやればすぐその気になった。


勇者は貴方だ、神のお告げがあったのだ、貴方しか世界は救えない

魔王を倒せるのは勇者である貴方だけしか出来ないことだ。


いつものようにサービストークをしつつも、

勇者の役目は大事なことだから口外してならない事もしっかり伝えておく。

何人も勇者がいたことがばれてしまってはいけないから。


「お似合いですよ、勇者様」

「わあ、すごい。本物の勇者みたいだ」


少年は初めて着た鎧を鏡で嬉しそうに眺めている。


「英雄譚で出てくるようなかっこいい鎧、初めて着ました」

「とてもお似合いですよ」


白々しい言葉で褒めると少年は頬を染めはにかんだ。

この純朴そうな少年は一体どのくらいまで『勇者』でいられるだろうか?

司祭様は最初のダンジョンで死ぬと賭けていたが。


「セレーネさん、僕がんばります

勇者として魔王を倒して見せます」


決意を込めた表情で少年はそう宣言した。

彼の真剣な表情に見合うようこちらもなるべく自然な笑顔を浮かべた


「ええ、心からお待ちしております」

大嘘だ。



++++++++++++


戦いの経験も無い少年をいきなり旅に出すわけも行かず、

しばらく王都で訓練を受けてから旅に行かせることになった。


国は強そうな奴を選んだのでは無かったのか?

ついに勇者候補が居なくなったのか?

それともあの子はとてつもない力を秘めているのか?


疑問は浮かぶが、口には出せず。

今日も今日とて頑張る少年を見守り、時には鼓舞する仕事をするだけだ。



しばらく一緒に過ごして気づいたが、

今回の勇者様は本当に普通の少年だった。


田舎の村で育ったという少年は目新しい王都の食べ物やお店に驚き、

キラキラと目を輝かせて喜ぶ、素直で穏やかな普通の少年だ。


今までの勇者様は誰かしら『勇者』という言葉の魔力にとらわれ、

偉そうになったり、威張り散らしたりと面倒な奴が多かったが、

今回の彼は本当に『普通』だった。


街の屋台の食べ物を与えれば何度もお礼を言って、美味しそうに頬張る。

鎧や防具を仕立てに行けば、店に飾られている商品を飽きもせずじっと見ている

教会の質素なベッドをふかふかだと喜び、ありがたがるし

食べ物をおごってもらった礼にと、

顔を赤らめながら、小さな花の冠を渡してくるような素直で優しい少年。


なぜこんな少年が勇者に選ばれてしまったんだろう。


兵士との訓練は辛く、厳しいものだが、

少年は弱音も吐かず、ぼやきもせず一心不乱に励んでいる。

それどころか、どこか嬉しそうな表情すら浮かべている。


そのうち弱音を吐いて逃げ出すかと思っていたが、

少年は全くめげない。



「辛くは無いのですか?」

「え?」


傷だらけの少年の手当をしながら、つい、尋ねてしまった。


「訓練はとても大変でしょう、逃げ出したくなったり嫌な思いになったりしませんか?」

「えっと、大変じゃ無いって言ったら嘘になります、でも……」


少年は言葉を探すように目を泳がした。

一体何がここまで少年を動かすのだろう

剣士に伸されようが吹き飛ばされそうが戦うのはやめなかった。


「……何か理由があるのですか?」

「僕、何かの役に立てることって無かったから。」


ぽつりと呟くと彼は悲しそうに微笑んで視線を落とす。


「……村にいた頃は何の役に立てなくて、

手伝ってもドジばかりで皆に迷惑かけてばかりだったんです

まさか勇者なんて役目もらえるなんて思って無くて……

こんな僕でも誰かの役に立てるんだって嬉しいんです」

「……ですが」

「だから役に立てるなら全力で頑張らなきゃって」


兵士との訓練で毎日ぼろぼろになりながらも、

少年はけなげに努力を続けている。



……逃げてしまえばいいのに。

手酷く扱う村からも、勇者とうそぶく協会からも


けなげな勇者の努力は実を結び、彼はどんどん力をつけていった。

訓練をつけている兵士達からももう旅に出ても良いという許しが出たらしい。

もっともっと時間をかけ丁寧に教わり時間を稼げばよかったのに


勇者は明日出発する。


「いよいよ明日ですね」

「ええ、早く準備済ませておかないと!」


勇者は小さな鞄に荷物を詰めている。

厳しく辛い魔王討伐の旅に出るというのに、

少年は遠足の準備でもするかのように楽しそうだった。


その様子を見ていると胸が締め付けられるような感覚がして、

すごく苦しくて仕方なかった。


「……行かなくても良いんですよ」

「シスター……?」


つい、言葉が漏れてしまった。

言葉を言い出したら堰を切ったように止まらなくなってしまった。


「魔王討伐はとても危険な旅になります、

本当は貴方のような子供が行くべきじゃない。」


「いつ終わるかも分からない過酷で恐ろしい事なんです、だから

今からでも断っても良いんですよ」


どうか、聞いてくれ。

ただの子供が勇者のはずがないと気づいてくれ。

だけど、目の前の少年はにこりと笑って首を振る。


「……心配してくれてありがとうございます、シスター」

「でも、僕行きます。

だって勇者じゃ無いと魔王は倒せないから。」


「たくさん鍛えてもらいました、たくさん教わりました。

皆さんの厚意を無駄にしたくないんです」

「そう、ですか」



私の言葉を聞いても少年の決意は変わらなかった。

なぜなら私の嘘で自分が勇者だと信じ込んでいるから。

私が魔王は勇者じゃ無いと倒せないとうそぶいたから。



何で今更引き留めようなんて思ってしまったんだろう。

国が決めたことだから覆せはしないのに。

私情を挟まずやっていくと決めたはずなのに。


今まで誰だって引き留めることは出来なかったじゃないか。

あの勇者の男性もあの少女の勇者も。

今までだって何度も失敗していたのに。


私が少年を引き留めようとしたことは司祭様にすぐばれてしまった。


「勇者を引き留めようとしたそうだね

シスターセレーネ」


司祭様は私を責めるように睨み付けるから、

つい目をそらしてしまう。


「……だって、あの子はまだ子供ですよ。

勇者なんて出来るはずが無い」

「そのために訓練の期間を設けたんだろう」


恨み交じりの私の言葉に返ってきたのは司祭様の呆れた声だった、

やれやれ、なんて言葉が聞こえてきそうで苛立った。


「私情を挟むのはやめなさい。

これは国の指示であり、彼の運命なのだ。」


運命なんてあるわけ無いじゃ無いか

そんなの、偉い連中が決めた嘘っぱちだ。


「……」

「不安ならば神に祈りなさい、あの少年が無事であるように」


神様なんて居るわけ無いじゃないか、

居るんだったら、私や司祭様からあの少年をとっくに逃がしてくれてるはずだ


いっそのこと、全てばらしてしまおうか。

とても傷つけてしまうがあの子が死なずに済む。


……いや無理だ。

『嘘の勇者』は国のかかわってる重要機密なんだ。


秘密を知ってしまえばあの子は消されるし、私も首をはねられる。

あの子を連れて逃げられるほど、私は力がない。


ならば、どうすれば?


悩んでいても何も考えが浮かばない。

時間だけが過ぎていき、ついに朝が来てしまった。



……あの少年が勇者として旅立つ時が来てしまった。


私の気持ちと裏腹に天気はとても良い。

あの少年も晴れやかな笑顔で荷物を背負った。



「今まで、お世話になりました。」


「おお、天候に恵まれたな。

これも我らが女神が勇者を祝福しているのだろう。

勇者の旅路に幸多からんことを」


白々しい嘘をつく司祭様に内心舌打ちをする。

この狸親父め。


「……勇者様、これを」

「セレーネさん?」

「旅のお守りです。

……貴方に神のご加護があらんことを」


今までの勇者に渡してきた『これ』が、役に立つのかはわからない。


でも神様が本当にいるのなら、どうか彼を守ってほしい。


結局彼を助けるすべを何も思いつかなかった私が、

執念に似た祈りを込めて作ったお守りだ。


「……ありがとうございます、セレーネさん」


手渡されたお守りを大切そうに握りしめる姿に胸が痛む。

どうか、この子が生き抜くことができますように。



「それでは行って参ります!」


晴れやかな笑顔で少年は旅立っていった。

『勇者』となった人間にこれから先どんな過酷な旅路が待ち構えているかも知らずに。


きっと少年を見るのはこれで最後になるのだろう。

一体あの子はいつまで勇者で居られるだろうか


彼の姿を見ることが出来るのは、これが最後だろうから、

私はただ、その背中を見送ることしか出来なかった。



++++++++++++


一か月たっても、一年たって、3年目に入ろうと平穏な日々が続いた

何年たっても『知らせ』がこないことに安心する

今日も『勇者が来た』という知らせが無いことに安堵する。

だってそれはあの少年が死んでしまった事を意味するから。


良かった、彼はまだ生きている。



「シスターセレーネ!」


司祭様が慌てた様子で私のところに走り寄る。

どうしたんだろう、掃除残しでもあったのだろうか


「……勇者が帰還した」


こわばった表情で私に告げるその言葉に、すっと血の気が引く感覚がした。


だからあの時、無理にでも逃がせば良かった

あの子を住んでいた村へ逃がせば、

国からの罰など恐れず、あの子にもっと早く真実を伝えていれば、

私があの子を殺したのだ。

今更後悔しても遅いのに、そんなことばかりが頭に浮かんでくる


手足が震える

勇者が死んだのなんて数え切れないくらい体験してるのに

今までそうやって私が彼らを騙してきたのに。

今更悔やんでも、罪悪感を感じても遅いのに。

それでも、震えは止まらない。


戻ってきた勇者の、あの子の遺体があるだろう聖堂に向かうのが怖かった。

だけど司祭様に連れられて、

私は嫌でもその場所へと向かうしか無かった


++++++++++++


『勇者』の身体は酷い状態だった。


今までの旅路の過酷さを物語るように、

鎧や身体、そこかしこに痛々しい傷跡が刻まれている、

来ている衣服は黒い血で染まっているし、そこら中に血だまりができている。

私はその姿を見て、あまりの光景に言葉が出なかった。

司祭様のお顔は血の気が引いて青い。



「ただいま戻りました、セレーネさん」


勇者は生きて帰ってきた。

鎧も刀も顔も血まみれになった勇者が帰ってきた。

…………小脇に魔王の首を抱えて。


「ゆ、ゆ、勇者……?」

「あ!司祭様お久しぶりです!」

「そ、その首は……」

「ああ、これ魔王の首です」


司祭様が今にも倒れそうなくらい青い顔をしている。

それはそうだ、魔物の首を抱えている人間にあって腰を抜かさない人間などいないだろう


そんな姿がみえてないのか、勇者は小脇に抱えた首を

司祭様に見せるように掲げた。


魔王はぼたぼたと首から血がこぼれ出ていてきれいな床を赤黒く染めていく。

憎々しげに歪んだ魔物の表情に司祭様は悲鳴を上げた。


「本当は王様にすぐに見せなきゃいけないんですけど、

それよりもセレーネさんや司祭様にお会いしたくて」

「よっ……よい、よい!見せるな!近づけるな!」


近寄ろうとした勇者を手をぶんぶん振って遠ざける。

勇者は何故だろうと不思議そうな顔をして近づくのをやめた。


おかしな状況に頭の中が混乱で埋め尽くされる。

偽物の勇者が戻ってきた、そして本当に魔王を倒してしまった。

今までの勇者だって屈強な剣士もいたし、魔法の特異な魔術師だっていたのに。

普通の青年が魔王を倒せるものなの?


いったい何が起きているのだろう?

これは夢?

私が今見ている光景は現実のものなの?


記憶の中の少年より体は大きく成長しているし、

なぜか魔王の首を抱えている。

呆然としている私に彼は嬉しそうに笑う。


「セレーネさん、お久しぶりです」


はにかんだ笑顔には少年の面影があった。

ああ、別人ではなかったんだ、赤い血でべったりと汚れて髪の毛もぼさぼさなのに

笑い方も声色も彼そっくりなのだ。


「ゆうしゃ、さま」

震える声で言葉を呼べば、彼は昔と同じ照れた様子で微笑んだ。

「僕、勇者として頑張りましたよ。

貴方が心優しく支えてくださったおかげで」


「貴方の言うとおり、旅はとても辛い物でした。

でもこのお守りを見るたびに頑張ろうと思えたんです」

ごそ、と、胸元から取り出したのはいつか渡した私の【おまもり】

お礼を言うのも謝るのも、私の方なのに。


勇者は笑う。

懐かしく笑う。

ご飯を食べるとき、防具を仕立てたとき、浮かべていた懐かしい表情を浮かべている。


その笑顔を見て感情がこみ上げてきてしまい、

言葉より先に私は、彼を抱きしめる。


飛びついた衝撃で勇者が魔王の首を床に落とす。

それを見た司祭様がぎゃあと叫ぶが、そんなことはどうでもよかった。


「セ、セレーネさん?」

「……よかった、よかった……!」

「わ、な、泣かないでください!」


私の心にあるのは

ただ、勇者……少年が生きて帰ったという事実だけだ。


血なまぐさい匂い、硬い鎧、そして暖かな皮膚の感触で、

彼はちゃんと生きているということが分かる。

それだけで涙があふれて止まらない。



「っ勇者様おかえりなさい……

生きてて、よかった」

「……はいセレーネさん、ただいま戻りました」


ああ、神様、ありがとうございます。

貴方は本当に存在したのですね。


勇者は生きて帰ってきてくれたのだ。


++++++++++++



まさか、まさか、あの少年が本物の勇者だったなんて誰が予想しただろうか。


あの少年は、でたらめの『勇者のお告げ』を告げられる前より先に、

夢で本物の女神様よりお告げを聞いてたらしい。


勇者を導くという女神様の伝説。

聞いたことはあったが、まさか本当に女神様がいらっしゃるなんて。


村を出て、魔王を倒せというお告げを聞いて準備をしていたところに

国から呼び出され、私たちに出会ったという事らしい。


あの少年は旅に出ると次々と魔物を倒していったらしい。

古の女神様から授けられた勇者の力と伝説の剣を使い、突き進んでいった。

そしてついには魔王城までたどり着き、死闘の果てに魔王を倒したというのだ。

今まで何十人、何百人という勇者が成し遂げられなかった事を少年は成し遂げたのだ。


その知らせに国中が驚いた。


きっと勇者に仕立て上げた偉い連中や魔法使い達も死ぬほど驚いたことだろう。

嘘で作り上げた偽物勇者のはずがまさか本物の勇者様だったなんて。


女神のお告げの話を聞いた司祭様なんて倒れてしまった。

勇者の力も伝説の剣も、私たちは少しも知らなかったのだから。


女神様が実在するとなると、いよいよ私たちに天罰が下るのかもしれない


まあ、ともかく。

世界に平和が戻ってきて、どの村も町も国も全ての人間が喜んでいる。

なんてハッピーエンドだ。


善人は救われるべきなのだ。

そして私や司祭様のような悪人にさばきが下るべきだ。


勇者は魔王を倒したことで王様に呼び出されていた。

もちろん、偉大なことを成し遂げた彼には褒美が与えられる。

私や司祭様も一応関係者という事でその場に参加していた。

まあ、まったく何もしてないんだけれど。


「勇者よ、褒美に我が娘と婚約を許そう」


お姫様と結婚なんてさすが本物の勇者様だ。

城にいる人間が驚き賞賛するなか、

王様の言葉に勇者は拒否するように首を振った。


「いえ、それは……」

「何か、あるのかね?」

「……夢でお告げを聞いたのです」


勇者の一言に城内は大いにどよめいた。

それはそうだろう、魔王を倒した本物の勇者が言うなら、

私たちのしていた嘘っぱちのお告げでは無い

本物のお告げだ。


空気が一気に変わる。


「私に運命の相手がいると、」

「勇者よ、それは一体誰なんだ?」

「……セレーネ、シスターセレーネです」


「……えっ」


会場に居た私のもとにすべての視線が扱ってしまった

こんなご馳走を食べることなどないと口いっぱいに頬張っていたせいで

何か言おうとしても困惑の声しか出なかった。


運命なんて嘘っぱちだと思っていたのに、こんな事になるなんて。

神のお告げなら仕方ないとばかりに、

拒否する私を置いて事は進み、気がついたら勇者の妻になってしまった。


女神様は何を思って私なんぞを『運命の相手』にしてしまったのか。

私は本物の勇者を騙した悪人だ。

あの少年は良い子だと思うが、

もっと他の人、清くて正しい素敵な女性がふさわしいだろうに


人生何が起こるか分からない、これも運命なら仕方ないのだろうか?

今までの勇者もこんな気持ちだったのだろうか?

『運命ならば仕方ない』と。


阿呆みたいな盛大な結婚式の後、はあと大きくため息をつく

目まぐるしく状況が変わりすぎて付いていけない。


そんな私の様子を窺うように勇者が顔をのぞき込む。


「セレーネさん、怒ってますか? ……女神のお告げの件」


まるで叱られた犬のような表情で覗き込むのだから何も文句は言えない。

どちらにせよ予言が実在するなら私に拒否権などないのだし。


「いいえ、勇者様

これが運命というなら仕方の無いことですから」


私が何を言っても、これが運命だというなら仕方ない。

今までの行為の償いになるのなら、

私は彼を誠心誠意支えていくしか無いだろう。


「あの……それなんですが、」


勇者は困ったように目を泳がせた。

そして照れたように人差し指で頬を掻いた。


「運命なんて嘘なんです、ただ貴方と結ばれたかっただけで」

「……はい?」


「あのままだと、お姫様と結婚してしまうことになると思って……

でたらめを言っただけなんです、ごめんなさい」


「……でたらめ」


「まさか、こんなに事が急に進んでしまうとは思わなくて……

でも承諾してくださったということはセレーネさんも同じ気持ちだったんですね」


僕嬉しいですとほほを染める勇者。


いや、待て待て待て。

信じるにきまっているだろう。

本物の勇者が告げた言葉がまさか嘘だなんて思わないだろう。

『運命』だなんていわれたら、『お告げ』だなんて言われたら。


ああ、そうか。そうですね。

いや、何というか。

その言葉(運命)に弱いのは私も一緒だったのか。

……運命という罠にかかったのはどうやら私も同じらしい。


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