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習い事

 今、私はまだ三歳だ。今年で四歳になる。


 七五三でもしてやろうかと思っている。


 綺麗な着物はかつても着せて貰った。私は子どもの頃はそれなりに整って可愛い容姿(今は違う)をしていたので、毒婦のお仕着せで色んな服を着ていた。


 ベルベットのワンピースに鶴のかかれた美しい浅葱の着物、レースにリボン、凝った髪型。


 それらは全て毒婦が自分で纏いたいと願ったものだったのだろう。

 貧しい家に生まれた毒婦は自分が手に入れられなかったものを子供に全部押し付ける。


 ピアノも辞めたいといっても中学まで習わせられた。私は不器用であったし、楽譜が読めなかった。お手本のカセット等もなく、弾けるようになる要素が一つもないのに『ピアノを所持して子どもがそれを弾く』図が毒婦の描いた夢だったから、辞めさせて貰えなかった。


 そういった出来事がいっぱいだ。


 狂っていた、私が弾ける子どもなら、まだ成立したろうに。私は弾くより唄いたかった、けれども音楽教室では、良くできた別の女の子の方がステージに立って歌っていた。彼女は一度聞けばなんでも弾けてしまう最高に教師に気に入られた美しく身綺麗で裕福な女児だった。


 悔しい、というより劣等感に私は支配されていた。


 ピアノ教室の発表会で私はピンク色の衣装を着たかったが『赤がにあうよ』と他所の保護者にいい聞かせられ望まぬ赤色で端役としてステージに行き、降りるしかなかった。


 何も手に入らないのだな、と肉体年齢5歳の頃には諦めていた。


 あの良くできた女の子は、貴女に似ているよ、秋さま。


 私のピアノ教室での立ち位置、完全に間違えた小説作ってくれたんだもの、私、辛かった。辛かったよ、秋さま。


 解離して別人になっていて記憶がないから謝りたくなかったのに、謝らせられたからこじれちゃったじゃん。


 何も解ってくれなくて、気付いてもくれなくて、お互いに精一杯で。


 こんなこと繰り返して友人で居続けるぐらいなら、すっぱりキレる方を私は選んだ。


 あれで良かった、うんと嫌われて遠く遠くいよう、それが良いと思い知った。


 こうゆう発想も精神疾患の世界ではあるあるなのだって、皆が知っていてくれると嬉しい。


 健常者のみなさま。

 治療されるのと皆様の意識を変えるのとでは、きっと同じ位に難しそうですよ。


 発達障害やグレーばかりが悪い、の意識で、今のままでいいのかい?


 病を知らずにいていいのかい?


 マジョリティさま方。

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