プロローグ
「おーきーてー」
「んが? あ? 114兆は」
「寝ぼけてないでさっさと準備してくれ兄ちゃん。今日は入学式だろ。あとなんで国家予算レベルの大金が夢に出てくんだよ。」
4月10日。早くも東京では桜が散り始めた。七瀬優太は大学の入学式当日を迎え、夢の中にビルゲイツも真っ青な大金が出てきたらしい兄を起こしていた。
「頼むからもう起きてくれ。マジで遅れるって」
「今田美桜とのデートは?」
「日本が誇る女優は国家予算があろうとも兄ちゃんには振り向きません」
「高層マンションは? いだっ、男の急所を蹴るな。わかったわかった起きるから」
うるさい兄をやっとのことで起こし、学校に向かおうとすると
「おーい優太」
と引き留められた。
「なに? もう行かなきゃいかないんだけど。って着替えてないじゃん! 早く着替えて……」
「顔見せて」
珍しく真剣な顔で言うもんだから素直に顔を向けた。
「死相が出てる」
「は?」
何を言い出すのだこいつは。
「いやそんなわけないし。健康そのものだし。」
「まぁそうなんだけどさ。嫌な予感がするんだよ。とにかく気を付けてけよ」
子供じゃないんだからそんな心配することもないのだが。それより大学がいえから近いとはいえ何も準備していない兄のほうがピンチに見えた。
「よくわかんないけど行ってきます」
「いってらっしゃい」
そのまま兄に見送られながら家を出た。
いつもの通学路を歩いているとドーンと爆音がした。
「なんだ!?」
空中に目を向けると紫色の模様が現れた。ポカンと口を開けていると
「どうしました?]
と40歳くらいのおじさんに声をかけられた。
「そ、空が」
震える声で空に指を向けた。
「あぁ。いい天気ですねぇ」
目が腐っているのか?と一瞬冷静になったが、結局空の模様が何なのかがわからないのでまたパニックになった。
「あ!もう行かないといけない」
おじさんは小走りで去っていった。
「さようならー」
「さような」
ピカッ
おじさんに別れの言葉を言い終わらないうちに空の模様が光って目の前が真っ白になった。
目を開けると大勢の人が自分を囲んでいた。どこもかしこも美女やイケメンばかりだった。服装は豪華でアニメで見るような貴族っぽい服だった。そのうちのアイドルっぽいイケメンが話しかけてきた。
「異世界の勇者様。ナリアトル王国王子のリネル・グラティアでございます。」
え? イセカイ? ユウシャ? ナリアトル王国? 何のことだ?
「あのぉリメルさん」
「リネルです」
「リネルさん。ナリアトル王国って地球のどこですか?」
「チキュウ? なんですかそれ?」
真顔で返すゴネルだかヤメルだかが冗談を言っている雰囲気は感じられなかった。そこで思い出した。よく読んでいた小説を。異世界転移系の小説だった。それならつじつまが合う。つまり自分は異世界に転移したということか。
「シネルさん」
「リネルです」
「リネルさん。僕のことを勇者と言っていましたがナリアトル王国を救えばいいのですか?」
そう聞くと急に顔をそらした。なぜだろう。
「どうしたんですか。マネルさん。」
「リネルです」
「リネルさん。どうしたんですか?」
「あの……大変申し上げにくいのですが、その勇者様はステータスがあまりよろしくないのでして」
は? こういうのはたいていチート能力があるんじゃないのか。
「どのくらいひどいんですか?」
「えーと鑑定の結果を書いた紙があるのでお渡しします」
自分のステータスはこうだった。
『名前』
七瀬優太
『レベル』
1
『力』
15
『体力』
37
『魔力』
15784
『俊敏性』
23
『スキル』
言語理解 感覚過敏
「こ、これって一般人からするとどれくらいですか」
震える声ですがるようにリネルに聞いた。
「同じくらいです。ただ魔力が異常に高いですね。ナリアトル王国の魔術師で一番多い者でも2300ほどです。が、スキルを見るところ魔法適性がないので意味がないです」
魔力の使いどころは魔法だけらしく魔法を使うには『魔法適性』というスキルが必要なようで、
たとえば火魔法を使いたいなら『火炎魔法適性』というスキルが必要らしい。つまり自分にはそれがないので異常に高い魔力も意味がないということである。
「じゃあ、じゃあ感覚過敏って何ですか。」
「ナリアトル王国にもそのスキルを持つ戦士がいますが、五感が他者より少し優れているくらいであまり強いスキルではありません」
絶望した。男なら一度は夢見る異世界転生である。
「すみませんが勇者様。ナリアトル王国は豊かなわけではありません」
嫌な予感がする。
「勇者様が我が国を救えるくらいの力をお持ちであったなら話は違うのですが……」
「さっさと言え。リネル」
突然リネルに似た顔のイケメンが言った。
「すみません父上。それでは勇者様、処分を言い渡させてもらいます」
あの人はリネルの父親なのか、と思った。
「追放」
恐ろしいくらいに冷徹なリネルの声で我に返った。追放。追放。追放。その言葉の意味がようやく分かった時にえ? と思った。
「わかりました」
自分の返答にも、え? と思った。
「では今から国外に言ってもらいますので馬車を用意します」
ずっと呆然としていたら、
「馬車の用意ができました」
と言われて、そのまま乗って、気づいたら森の中に入ってて、馬車から蹴落とされた。
最悪だ。
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