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この二度目の恋は、「初恋の延長線上」にある。

作者: 川原シノグ

小五の七月。

夕暮れに照らされた小学校の体育館が、俺……松田ハルと【アイツ】が出会った場所だった。

 バスケクラブの練習が終わった後の、自主練の時間。コートに立つ俺達二人を、窓から漏れるオレンジの光が照らす。

 俺はクラブで一番下手くそだから、体育館に居残って自主練しないとチームメイトに追いつけないんだ。 

 そんな部の落ちこぼれである俺とは反対に、【アイツ】は女バスのキャプテン。

 ショートヘアで、身長はたったの百四十センチと、小柄。だが、運動神経抜群。

身長百六十もある俺より全然上手い。俺はバスケを始めてもう四年経つというのに、まだ一年弱しか経っていない【アイツ】より下手だ。

 俺が運動音痴なのか、【アイツ】の運動神経が良いのか……きっと、その両方だろう。

 別々のハーフコートで、黙々とゴールへシュートを放つ俺と【アイツ】。背中合わせの俺達。

決して一緒に練習したりはしない。彼女とは同じクラスでもあるが、今まで気軽に話す程の関わりがあった訳じゃない。 

 別に、会話する必要性も感じなかった。俺は上手くなる為に自主練しているんだ。女と会話したくて居残り練習している訳じゃない。

 しかしそれにしても……、

彼女は、いつから自主練を始めていたのだろう? 

彼女がバスケ部に入部したのは小四の四月……去年だ。

去年からずっと、毎日放課後こうやって自主練していたのだろうか? 

一年と三ヶ月もの間、毎日?

 だとしたら、彼女は決して「才能があるから上手い」のではなく、「努力したから上手い」、という事になる。

俺は、彼女の事が気になっている。ポーカーフェイスを気取っているだけだ。

でもそれは「異性として気になっている」って意味じゃない。

シュート成功率の方を気にしているんだ。

俺のシュートが十本に一本しか入らないのに対し、彼女は十本に九本以上決めている。

コイツは俺より凄いプレイヤーだ。

だからこそ、見て盗めるものは盗んでしまいたい————。


「な~にチラチラ見てんの?」


 ギクリッ、とした。彼女が初めて俺に向けたその一言に。

「べ、別に見てねえし!」

「ウソ。いっつも私の事見てたよね? 私の事、好きなの?」

 ジト目で睨め付けられる。

 この【アイツ】は、学年の男子の中で人気が高い。

彼女が「男に好意を向けられている」と感じるのは、何ら不自然な事じゃない。

「ち、ちげえよ! お……お前が……」

「お前が?」————小さく首を傾げる。

「お前が……すげえ……上手いからだよ……」

 本音を漏らさざるを得なかった。

下手に誤魔化すと、本当に恋愛感情を抱いていると思われ兼ねない。

「へぇ~、正直なんだね」

「お前、入部してまだ一年くらいだろ? なのにそんな上手くて、正直憧れる。俺は四年間も部にいるのに、この間後輩にスタメンの座奪われた。悔しいから、こうやって自主練始めたんだ」

「ほぉ、それは感心感心♪」

 まるで年上の姉かのように、頬杖を突きながら首を縦に振る。

「じゃあさ、どうせ二人しかいないんだからさ、私と一緒に練習しない?」

「い……一緒に練習?」

「そ。練習メニューは一対一(ワンオンワン)。一人でただゴールに向かってシュート打つのも、そろそろ飽きちゃって」

 飽きちゃって……ねえ。そりゃあれだけのシュート決定率を持っていれば、飽きもするだろう。コイツと違って俺はシュート練習に飽きが来る程、まだシュート率が上がっちゃいない。

「お、女と勝負なんて出来るかよ!」

「それが女バスのキャプテンに言えるセリフかな? 補欠(ベンチ)君♪」

「うっ……」

 言い返す言葉が見つからない。

「……分かったよ。一緒に練習、しよう」

「よし、決まりだね。よろしくね、ハル君」

 俺に向かって、右手を差し伸ばし、握手を求める。

 ……きっと、こういう気安さが、男子の人気を集める理由なのだろう。

 渋々、その手を握りしめた。


 一年と半年近くの時が過ぎた。小六の冬。

 つい先日、俺達は引退試合を終えた。

 俺と【アイツ】は、いつものように夕暮れに照らされた体育館のコートに立っている。

 この一年と半年、いったい何回、彼女とこのコートで一対一(ワンオンワン)を繰り返した事だろう?

「結局、俺はお前に一回も勝てなかったな」

「『一回も』は言い過ぎだよ。総計『三百五十六対五十三』で、私の勝ち♪」

「毎日数えてたのかよ!」

五十三回も、俺はこの女に勝ったのか。そして、三百五十六回も、この女に負けたのか。

 そんなに練習したのか。そんなに練習したのに————、


 俺は、スタメンの座に復帰する事が最後まで出来なかった。

 

 俺は……自分が情けない。【アイツ】に対し、どこか申し訳なさすら感じる。

 俺はやはり、バスケの才能が無かった。

「ハル君は、中学は私立に行くんだよね?」

「……ああ」

 俺は中学受験をした。クラスの皆は、地元の公立中学に進学する。俺は私立中学に一時間かけて通う。だから皆とは、これでお別れだ。

【アイツ】とも、お別れ。だけど……。

「まあ、同窓会とかで皆と逢えるだろ!」

力無く笑って見せる。

そんな俺とは反対に、【アイツ】は咲き誇るように笑って————、


「ハル君さ、中学でもバスケ続けてね! 私も続けるから! 私とした一対一(ワンオンワン)、役に立ててね!」


 咲き誇るように笑って、そう言った。

 夕暮れと相混ざったその笑顔を前に、俺は自覚した。

 俺は彼女が好きだったのだと。好きになってしまっていたのだと。

 でも、今の俺じゃ【アイツ】に告白する資格なんて無い。補欠の俺なんか、キャプテンである【アイツ】の彼氏になる資格なんて無い。

彼女と同じレベルの人間になれる日が来るまでは……俺の気持ちは、胸の中に隠しておこう。

 小学校の卒業式の日、俺は自分自身の心に誓いを立てた。


 高校3年生になった今現在の俺は、毎日こう思うのだ。

「こんな誓いを自分の中に立ててしまったのが、俺が今、生きながらにして死んでいる理由なのだ」と。

 









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