竹槍航空隊~日出独立飛行隊の初陣~
未来知識を基に、いろんな要素をパクってでっちあげた「重迎撃機」A10。
コイツの初陣を書いてみました。
改定版では着陸時の様子を加筆しました。
「本当の本当にやんのか! 大丈夫なんか?」
飛行帽のレシーバーに、羽間一飛曹の声が響く。構内有線電話の調子は上々だ。
「敵爆撃機、位置、対馬北方。高度1万で徐々に降下中。機数、おおよそ30!」
国東半島の両子山に設置されている試作対空電探からの情報が、これまた明瞭に飛び込んでくる。
幸か不幸か(俺は後者だと思う)、本日はA10の「射出訓練」のため、通常では装備しない「門松」(別製噴進補助装置一型が正式名称だ。しかし「二型」も一緒に運用されているので、間違いを避けるため愛称で呼ばれている)やら奮進弾などを胴体に装着しており、発進もいつもの大分飛行場からではなく、日出の別府造船所大神工廠構内から行うことになっていた。
「ぶっつけ本番じゃないかよ! 爆発はごめんだぞ!」
羽間の言うことも、理解できなくはない。数日前に編成が完了し、絶賛錬成中の我が日出独立飛行隊の練度はさほど高くはない。
そもそも(俺も含めて)、一級とは言いがたい陸軍の戦闘機搭乗員と、海軍の水上偵察機乗りを集めて急造された飛行部隊なのだ。隊全体を見ても戦闘機搭乗経験者は、戦隊長と副長の併せて4名という有様である。
おまけに、飛行部隊に作戦可能機は11機しかない。
書類上では二個飛行中隊、24機のはずなのだが、機体は11機、しかも搭乗員は9名しかいない。
その11機の機体も、民間の自称「重迎撃機」のA10。民間というだけでも怪しさ満点だが、この機体そのものが怪しさの極みだ。
そもそも「重迎撃機」という機体分類だが、そのような分類は帝国陸海軍航空部隊には存在しない。
A10は、かなり無理をすれば、陸軍の「乙戦」、海軍の「局戦」に分類される、攻撃力を重視した機体だ。まぁ、これらの機体ともまったく違う…というか、「イカモノ」「キワモノ」と形容するのが正しい機体だ。
「重戦闘機」と聞けば、脳裏に浮かぶのは、陸軍の二式戦や、海軍で開発中の局戦など、爆撃機用の発動機を使った重武装のでっかい機体だろう。だが、A10は断じてそのようなものではない。
海軍組に言わせると、
「(水雷艦搭載の)魚雷の方がまだ大きい」
「陸攻に吊り下げられるんじゃないか?」
という大きさだ。(初めてA10を見たとき、「操縦者付きの飛行爆弾か?」と思ったのは内緒だ。)
この小さな機体が二式戦よりも優速であると聞いたとき、タチの悪い冗談だと思ったものだ。
まあ、このA10。何よりもまず、
「喧しい」
この一言に尽きる。
「五月蠅い」という言葉は、まだ「もう少し静かな」状態を指す。そのくらい喧しい。「死人も飛び起きる喧しさ」だ。
騒音の原因は発動機にある。A10はパルスジェットという噴式エンジンを採用しており、これが全ての元凶だ。この「ただでさえ喧しい」エンジンを2基も搭載しているのだ。
2基で1800馬力を超える出力(噴式発動機は「推力」という単位で性能を表すが、推力を無理に馬力に換算するとこの程度になるそうだ)を捻り出すので文句は言えないのだが、エンジン始動後、外部との会話は基本的に無理だ。整備員との会話は、機体に接続された有線電話で行うことになっている。
このエンジンは凄まじく大喰らいなので、足(航続距離)が極端に短くなってしまっている。性能諸元が正しければ「全力飛行1時間」だ。
航続距離ではなく飛行可能時間で計算しなければならないほど、足が短い。これに乗る俺たちの苦労を察してほしい。
最高速度は時速600km以上と非常に優速ではあるが、飛行可能時間が1時間ということは、作戦半径は最大でも300km未満。これでは局地も局地、海軍の分類だと「超局地戦闘機」になる。
飛行中は常に燃料計にお伺いを立てながら操縦することが求められる。航続距離が短いと酷評されていた二式戦でも、これほどではなかった。足の長い水偵乗りだった海軍組は「燃料計が気になって操縦に集中できない」とこぼしている。
加えて、航続距離じゃない方の足(着陸脚)も短い。
大きな爆弾(海軍組に言わせると小さな魚雷)に申し訳程度の主翼を高翼形式で取り付けているため、主翼から脚を出すことができず、胴体引き込み形式になっている。そのため、背が低い。搭乗は楽なのだが、離着陸が難しいのだ。
翼面積が極端に小さいため、離陸には長い滑走距離を必要とし、重心が高いため横風にはめっぽう弱い。吹き流しがはためく日の離着陸は、恐怖以外の何物でもない。
加えて、着陸は胴体<<尻>>を擦らないよう注意しなければならないし、着陸速度は翼面積の影響もあって異様に速く前輪式のため、勝手も異なる。
一番の問題は、その離着陸の場所だ。信じられないことだが、大神<<おおが>>の飛行部隊基地には滑走路がない!
飛行隊が別府造船所内の隅を間借りしているためだ。飛行訓練は、海軍大分練兵場の滑走路を借用して使用する有様だ。
「飛べない飛行機じゃ意味がない。滑走路のある場所が必要だ。最低でも飛行部隊の大分への移転を強く希望する」
と戦隊長の坂井中佐、副長の志賀少佐が懇願したらしいが、飛行部隊の実質上の出資者であり、九州に覇を唱える別府造船グループを率いる来島義男社長からは、意味不明の一言。
「滑走路? あんなの飾りです。偉い人にはそれが分からんのです」
で、あえなく却下されたらしい。
代わりに新規離陸手段が提示されたのだが、これがA10以上のキワモノ! このキワモノの説明を受けた俺たちは、我が身の運命を激しく呪うことになった。
気乗りのしないまま、開発に関わった「帝大の先生」に運用教育を受け、今日から(まったく気乗りしないまま)訓練に入ろうかという矢先の空襲警報発令だ。
俺の戦意は、何度目かになる最低値を更新していた。
敵機襲来(空襲警報)の構内放送に、さしたる混乱もなく造船所の工員がゾロゾロと防空施設に退避する中、日出特殊飛行部隊に出撃命令が下された。
飛行中隊全員が乗り込んだ7機のA10(戦隊長は東京に出張中、副長は地上で指揮だ)が、「発射台」ごと造船所の牽引車で資材ヤードに引き出される。
発射台に据え付けられたA10は結構な大きさになるのだが、周囲にはクレーンがあり、構内のドックには発射台より遥かに大きい船が鎮座しているため、A10が多数展開されても全く目立たない。せいぜい、緑色に塗装された機体付随の装備群と、そこにデカデカと書かれている注意書き(「薄謝進呈乞連絡 別府造船」)が違和感を感じさせるだけだ。
超高空の重爆撃機を獲物とするためだけに設計された機体の気密性は、意外に高い。エンジン停止状態でも風防を閉じると、機内と機外の意思疎通が難しくなる。
羽間曹長の怒鳴り声(後で聞くと「悲鳴」だと思われていたらしい)に応じる必要があるかもしれない。
「班長、羽間はああ言ってるんだが、どうなんだ?」
機外で点検を行っている整備班長は、整備確認伝票に何かを書き付けると、首筋に器用に挟み込んでいた受話器を持ち直して答えた。
「問題ありません。どっちかというと搭乗員の方が心配で。振動と気圧変化に注意してください。一気に上昇するから、気圧変化で気絶するかもしれません。電熱服の電源と酸素マスクを忘れずに! ご武運を!」
と、それだけを叫ぶように口にして敬礼すると、機体から電話の差し込み式端子を引っこ抜き、素早く発射台から飛び降りた。
有線電話が超短波を用いた隊内無線に切り替わり、飛行指揮所(造船所の屋根の上にでっち上げられたトタン葺きの小屋だ)から副長の指示がレシーバーに飛び込んでくる。
腕のよい整備士が整備したものであっても「何となく」調子が悪いのが帝国陸軍の無線電話装置(海軍はもっとひどいらしい)なのだが、A10装備品の個体が良品なのか、それとも足繁くやってくる別府造船の「研究員」を名乗る連中の手によるものなのかは分からない。ただ、出撃体制に入っている第二飛行中隊と本部との意思疎通は、音声に限れば全く問題なかった。
「最終確認! 敵は高度8000メートルで侵入中。9000まで上がって抑え込め! 酸素マスクは必ず着用! 電熱服の電源を入れ忘れるな! 兵装への着氷に注意! 発射準備、確認報告!」
「1番から7番、最終確認完了! いつでもいけます!」
「エンジン始動!」
発進指揮を執る志賀副長は、発射台の位置確定完了を確認すると、無線と場内拡声器(別府造船から借用)のマイクにエンジン始動を告げる。
背中に、エンジンへアセチレンガスが注入されるわずかな振動が伝わり、次の瞬間、くぐもった爆発音とともにパルスジェットエンジン(PA-1号。「ぱ・1号」と読むらしい)が始動し始めた。
不機嫌な爆発音が、徐々にパラパラという乾いた衝撃音へ変わり始めると、白煙が双発のエンジンから盛大に吐き出され始める。
発射台からエンジン始動成功の白色旗が掲げられると、整備員たちはアセチレンボンベを引っ張りながら、防爆対策の土嚢陣地に向かって退避を始めた。
発射台からの発進は、それほど危険だということだ。では、その危険に言葉通り「乗っかっている」俺たちはどうなのだろうか?
「全機始動成功!」
「よーし! 発射台、方向、仰角合わせ」
「方向よーし」
「仰角よろし」
両子山からの諸元を基に、最短で会敵するようA10を載せた発射台が鎌首を持ち上げ始めたが、その高い仰角に、パイロットたちから悲鳴のような声が無線を通じて飛行指揮所に飛ぶ。俺も心配になり、指揮所に陣取っている志賀少佐ではなく、「先生」に対して怒鳴ってみた。
「先生! 本当にこの角度なのか? 大丈夫なのか!」
しばらく無線が沈黙すると、志賀副長に代わって「先生」の声が丁寧な回答を告げた。
「大丈夫です。角度はたったの15度です。垂直まであと75度もあります。(角度は)浅い方ですので問題ありません。それに、この角度じゃないと会敵できないんです。『本物』は垂直発射ですし、高度も『本物』の10分の1くらいです。この程度の角度なんて水平と変わりません。…うん、大丈夫! たぶん! 上昇角13から18度を必ず維持してください。ご武運を!」
「先生」の声が無情にレシーバーに響き、再び微妙な間があいた後、申し訳なさそうな志賀少佐の声が飛び込んできた。「先生」!「本物」って一体なんだよ!
「…ということだ! 覚悟を決めろ!」
「整備員退避、確認した」
「上昇角に留意! 竹の子点火! 逝ってこい!」
「点火ぁ!」
「くそったれぇぇぇぇ、うぁぁぁぁぁ!」
パルスジェットと「竹の子」と呼ばれる発射補助装置は、乾いた轟音とともに50メートル超の発射台を一瞬で走り抜け、時速200km近い速度で、約15メートルの高さに俺たちを放り出した。
A10は一瞬機首を下げるも、次の瞬間に機体に組み付けられた(というか、機体が組み付けられたと言ったほうが間違いがない。電柱の蝉を想像してもらいたい)ロケット装置「門松」が点火され、国東半島の山々を掠めるようにA10を引っ張っていった。
「おぁぁぁぁ…」
高速回転する高度計と、通常の飛行機では見慣れない加速度計、これまた通常の飛行ではまず見ることのできない勢いで増速を続ける速度計を目の前に、俺は気圧変化に対応するため「歯を食いしばるな」の助言どおり酸素マスクの中で口を開いて、機体の姿勢、特に指示された上昇角を維持していた。
そうなるとうめき声に近い叫び声しか出てこない。大気を強引に突き破るA10は機体全体が猛烈に振動している。俺は急激に変化する気圧と振動に耐えながら、必死で操縦桿を上昇角15度を維持しようと奮闘していた。
発射台から放り出されて、きっかり300秒。
燃焼を終えた加速用ブースター「門松」を切り離した後も上昇を続けるA10は、高度8000メートル付近を飛行する敵爆撃機編隊を、完全な優位として翼下に収めることに成功していた。
「二分隊一番…本当に9000まで5分で上がりやがった。位置もどんぴしゃだ…」
無線から、第二分隊の相川中尉の呆れたような声が漏れる。同感だ。9000メートルまでわずか5分。そんなふざけた上昇力を持つ機体など、見たことも聞いたこともない。
周囲は零下数十度にも達する極寒の世界だが、敵機を眼下に捉えた高揚感と、真夏の地上では試着すら拒みたかった電熱服、そして何より、一足飛びにここまで到達した熱量のせいか、寒さはさほど感じなかった。風防越しに見渡せば、同じように打ち上げられた同型機が集結しつつある。
中隊長として、ここは気の利いた言葉をかけるべき場面だ。無線の感度は極めて良好で、編隊内の会話は地上にも筒抜けだろう。そう構えていると、再び相川の声が届いた。
「金持ち(来島社長)の道楽にしては上出来だ! 今、よーくわかった。中隊長、攻撃指示を! 敵は新型らしい、あの機体は初めて見る」
流石は先任!こちらの面目を立ててくれるのがありがたい。近いうちに中隊長の座を相川に譲るよう戦隊長に直訴しても良さそうだ。
「各機、機銃試射。後方に回り込み、袈裟斬りに畳みかける。第一分隊は右、第二分隊は左旋回で敵後方へ。まずは『竹槍』をぶっ放し、残りを銃撃で撃破する。機銃は全弾撃ち尽くせ。空中衝突には注意しろ。…終わったら温泉だ。夏だというのに、ここは涼しすぎるからな」
各機の応答を確認し、俺は大旋回へ入るべく操縦桿を倒す。三番機も実戦経験こそ浅いが、飛行時間は十分なベテランだ。蒼穹に十四本の飛行雲を引きながら、独立飛行隊第二中隊は敵爆撃機を左右から包み込むように二つに分かれた。
一方、B-29の乗員たちはパニックに陥っていた。
欧州戦線であれば、迎撃機は下方から喘ぎながら接近してくるものだ。だが、この地の迎撃機は、遥か上空で悠々と編隊を組み直している。双発のその機体は、尾部から複数の飛行雲を盛大に吐き出していた。
間違いなく新型だ。通常のレシプロ機がこれほどの高度・速度で現れるはずがない。
「小型だ!…なっ、プロペラがないぞ! ジェットか? ナチから手に入れやがったのか! 各機、密集隊形! 迎え撃て、対空戦闘! すぐにぶっ放せ! 回線を開け、平文で構わん! ジャップの新型機情報を報告するんだ!」
「…敵さん、密集しだしたぞ。馬鹿め、『竹槍』の絶好の餌食だ。行くぞ! 奮進補助装置点火! 射程内で竹槍全弾発射、そのあと各自で追撃せよ。一機たりとも帰すな!」
「敵機、後方から接近! 速い、なんだあの速度は――!」
十数秒後。時速700kmを超える猛速で肉薄した七機のA10から、計210発の対空ロケット弾「竹槍」が一斉に放たれた。
さらにその数秒後、接近したA10が搭載する37ミリ機関砲が火を噴く。それはかつて米国から輸入され、今や「いつでも攻撃できる」という物騒なメッセージと共に大陸(後に重慶と判明)から飛来したB-29をなぎ倒す、皮肉な牙となった。
「竹槍」の直撃を受けた機体は空中で爆散した。自国製37ミリ弾を浴びた機体は主翼が消失し、胴体に巨大な穴を穿たれ、尾翼を引きちぎられた。
最初の一撃で、爆撃隊は32機中、21機を喪失。
かろうじて撃墜を免れた残存機は爆弾を投棄し、大陸方面への逃走を図った。しかし、高度を下げたことで空気が濃くなり、皮肉にもA10のエンジン出力はさらに増大する。高速で追いすがる死神たちが、再び37ミリの鉄槌を叩き込んだ。
この頃になると、九州各地から死に物狂いで上昇してきた陸海軍の戦闘機隊も合流し、B-29の残党は、まるでハイエナに群がられる象のような惨状を呈していた。
我々も最後まで仕留めたかったが、いかんせんA10は足が短い。すでに20分近く飛行している。帰投時間を考慮すれば、この空域に留まれるのはあと5分が限界だ。
「各員、残念だが燃料切れだ。大分飛行場へ帰投する。各自、損傷を報告せよ」
「一分隊二番、問題なし。すげぇ機体だ!」
「一分隊三番、異常なし。撃墜1機確実」
「二分隊一番、損傷なし。大勝利だな」
「二分隊二番、損傷なし。初撃墜です!」
「二分隊三番、損傷なし。キワモノだと思ってた自分が馬鹿でした」
「二分隊四番、損傷なし。この調子ならエース確実です!」
「…よし。全機、帰投する」
「中隊長! 格好よく編隊を組んで帰りましょうよ。大戦果なんですから、少しは格好つけたってバチは当たりません」
羽間が調子のいい声をかけてきた。なるほど、それも悪くない。
「横一列の編隊で小倉上空を航過。それで済まそう。あまり目立ちすぎるのも性分じゃない。一分隊は俺の左に、二分隊は右へ。…さあ、凱旋だ!」
帰還途中、「先生」から根掘り葉掘りロケットの作動状況を質問されながら、俺たちは大分飛行場に舞い戻る。着陸は大分練兵場の滑走路なのだが、練兵場の滑走路は失速速度が高いA10には短い。これを克服するため減速用落下傘が尾部に装備されているが、これはできれば使いたくない。
自機の制動傘は使用後、自分で畳んで再装備しなければならないからだ。面倒なことこの上ない。
脚出ハンドルをかっきり15回まわして主脚を下げる。電動、あるいは油圧にして欲しいと頼んだのだが、味方のはずの志賀副長曰く、
「グラマンは30回(ハンドル回転数だ。アメリカは金持ちじゃなかったのか?)だ。15回は少ない」
だそうで、言外に贅沢だと切り捨てられた。
脚が下がるにつれ空気抵抗も増えるため、機体が安定しなくなるが、片手操縦の操縦桿と申し訳程度の面積のフラップとを駆使し、完全に脚を下げる。
次に迎え角を抑えるための主翼稼働ハンドルをこれもグリグリ回すと、次第に空気抵抗が増え、速度と高度が下がって来た。
さらに海面近くまで高度を下げ、失速ギリギリの速度で海側から練兵場滑走路に進入。海と滑走路の切れ目に達した瞬間、俺は機体を滑走路に叩きつけると同時にフラップをフルダウンし、フットブレーキを思いっきり踏み込む。人呼んで「どっかん着陸」だ。
二式戦だと主脚の油圧が一発で抜けるだろうが、A10の着陸時の重量は軽く、主脚は短く頑丈だ。接地時の尻から脳天までの衝撃がきついが、まあ、慣れの問題だ。うん、問題ない!
他の搭乗員も制動傘を畳むのがおっくうなのだろう。同じようにどっかんどっかんと大分練兵場に着陸を始めた。
地上で俺たちを待っていたのは、練兵場総出の歓迎だった。開設時の冷遇はどこへやらだ。これで冷ややかな視線が多少ましになればいいかな?
志賀副長から聞いた話だと、陸海軍の両方から部隊感状が贈られるということだ。
「鉄壁の守り」を喧伝していた陸海軍の戦闘機が何もできない中(実際は戦闘空域に急行していたのだが、遅かりし由良之助というやつだ)、誰よりも先に戦闘空域に達し、一瞬で爆撃編隊を殲滅に追い込んだ(かなり誇張されている)我々は、陸海軍の国民に対するアピールに絶好の材料だったらしい。
感状は無論名誉ではあるが、我々が一番感激したのは大神の別府造船大食堂での祝勝会(大宴会)だった。
「また来るかも知れん」と、酒抜きの宴会ではあったが、相変わらずメシが美味い。戦争が終わったら別府造船で働こうかな?と思ったのは内緒だ。
肝心の敵は翌日、その翌日も飛んでこなかった。志賀副長によると、
「爆撃機の数が揃う、あるいはA10の正体がわかるまで攻撃はしてこんだろう。アメさんはそこらへんが(慎重なので)怖いんだ」
とのこと。
何せ、練度不十分で、ぶっつけ本番出撃での大まぐれ戦果だ。数を揃えて飛んでこないうちに我々は練度を上げるしかない。いや、それよりも定数をなんとかしてほしい。
そして、俺たちは「日出の平和を守るため(俺が言ったのではない。来島社長の言葉だ)」今日も訓練にいそしんでいる。
「先生! なんで発射角度が65度なんですか!」
俺は更に凶悪度を増した「別製奮進補助装置二型(門松)改」と、「別製奮進補助装置三型改」を取り付けられたA10の操縦席から、無線で怒鳴っていた。既に背中のパルスジェットエンジンは全開状態で、後方に煙をまき散らしている。
運用改善という美名の元、凶悪度を増した補助ロケット装置を機体に組み付けられたA10は、電柱に止まった蝉というか、大木にへばり付いているコガネムシの様相を呈している。性能試験ということで日出飛行隊の面々が駆り出されているのだが、よりによって俺の番にこのような最大級のイカモノが回ってきやがった。
技術の進歩に貢献するのも帝国軍人として当然のことであるが、はっきり言って、この状況はいただけない。
「新型爆撃機が音速で侵攻してくると、打ち上げ角は最低でもこの位になるんですよねぇ」
「どんなバケモノですか! 米軍の新型爆撃機は! 音速出るんですか?」
「予想される性能三割増しで想定してますからねぇ。できればもう少し高度を稼げるようにしたかったんですけど」
「性能盛り過ぎです! こんなんで打ち上げられたら死んでしまう!」
「大丈夫! 中尉は頑強でしょ。んじゃ行きますよ。発射ぁ」
「わ、ちょ、うぁぁぁぁ」
「飛行機雲だ」
「日出の空中戦車だ! 爆撃機を一撃で10機もたたき落とすらしいぜ」
「いいなぁ。俺も乗ってみたいなぁ」
-少年 俺は乗らないことを強く勧めるぞ-
A10諸元
生産性向上(というか、船舶専門の別府造船では凝った加工なんぞできない)のため、円形断面胴体に渡邊鉄工所が研究中のエンテ翼機の線図を参考にした、後退角と弱い下反角のある翼を高翼配置している。
少ない翼面積と操縦席の位置から離着陸時には機首上げ角が過大となると予想されていたため、来島のアイデアで主翼の前桁にギア、後桁にピボットを装備し、手動で上下に動かすことで主翼の迎角を押さえた。
高翼配置としたため、主脚は胴体内に格納されるので脚が短く、着座位置が低い。そのため滑走中の速度感は半端ない。また、離着陸時は横風に弱く、主翼を擦る、あるいは横転するという欠点も露呈している。
外板は肉厚のジュラルミンと薄い鋼板をプレス加工で形成。鉄部分を溶接することで鋲の使用を抑え、一部は鋼板と竹段ボール紙のサンドイッチ構造材を採用して接着剤で接合している。
エンジンは別府造船が独自に開発したパルスジェットエンジン(推力380kg 900馬力相当)を操縦席後方に2基搭載している。
また、ジェットエンジンの排気干渉を避けるため、双尾翼(それも下側が長い)が採用されている。
パルスジェット2基の出力は決して高くないが、機体が極端な単機能機として設計されているため、最高速度は時速645kmと、陸海軍の甲戦を上回る数値をたたき出すことに成功している。
これに加え、高空迎撃、攻撃後の離脱用に機体後部に補助ロケット(推力500kg、燃焼時間15秒)を装備しており、ジェットエンジンと併用した場合の最高速度は短時間ではあるが時速700kmを超える。
主武装は機首の米国製M4機関砲(P-39エアコブラや、PTボートから鹵獲した)2門で、携行弾薬数が少ないという欠点を二重ヘリカルエンドレス弾倉を開発して克服。(ちなみに紙+鉄製)携行弾薬数を各75発にまで増量することに成功している。
副武装は翼下に吊り下げられたロケットランチャーで、最大4基を搭載した場合の空対空ロケット(無誘導)の発射は「当たりさえすれば」編隊殲滅すら可能と言われたが、A10の滞空時間の問題からロケットランチャー2基に落下式燃料タンク2基(最大4基)搭載が通常兵装であった。
(見た目は「F-8」っぽい翼配置に「桜花」っぽい胴体。「AS014」パルスジェットエンジンを背負い式に2基搭載した「震電」の翼形状と「He162」の尾翼を持ち、機首にM4機関砲、翼下にハイドラ70発射ポッドを備えたキメラの様な機体であるが、こ時点では「F-8」も「桜花」も「震電」も「AS014」も「He162」も、「ハイドラ70」も存在しないので、誰が何と言おうとこれがオリジナルである)
A10は日出の敵爆撃機の迎撃だけのために別府造船が九州飛行機に依頼して製造した、清々しいまでの単機能機だが、B-29の迎撃成功後、九州の各地域脳航空隊に加え、一部の機体がスマトラ島や千歳に配置された。
その際、主武装のM4機関砲は(鹵獲品ということもあって)弾丸の手配が難しいため、二式三十粍固定機銃2門に変更されている。
スマトラでの運用実績は対爆撃機に限れば非常に良好で、副兵装のロケット攻撃は連合軍の爆撃機クルーから「バンブーロケット」と呼ばれて恐れられている。
千歳配備の機体は占守島に転属され、局地防衛に従事したと言われているが、この時期の占守島航空隊の記録は未だ公開されていない。
対爆撃機では無敵だったが、護衛戦闘機の進出や、高高度を飛来するだろう戦略爆撃機に対しての能力不足が指摘されたため、エンジン評価用としてモータージェットやターボジェットエンジンを搭載した性能向上型が設計されている。
※試作中の開発名称A10(来島社長命名。なぜに「A」なのか「10」なのかは全く不明)を視察に訪れた陸軍関係者が「英天」と脳内誤変換し、陸軍では「英天」と記述される。(借用機なので機体命名規則に反していても文句は出なかった模様。ちなみに米軍の公文書ではA10ときっちり記述されている)
-別製対空噴進飛翔体一型(竹槍)-
連合軍には「BambooRocket」の名前で知られる。正式名称は「別製対空噴進飛翔体一型」
重迎撃機A10の副兵装として開発されたが、その威力と汎用性から非制式ではあるが陸海軍の重戦闘機や攻撃機、陸海軍の武装輸送船に搭載され使用された。また、陸軍歩兵の対戦車兵器としても少数が流用されている。
現代でいう対空ロケット(ミサイルではない)で、全長約1m、重量約6kgの固体燃料ロケットをランチャー(別製対空噴進弾発射筒一型)に15本搭載し一斉発射する。(陸軍歩兵向けランチャーは4発装弾で、単発発射が可能)
弾体は紙製の筒状胴体に炸薬と個体推進薬を充填したもので、弾頭は糊で本体と結合されている。推進薬充填作業の危険性を無視すれば
「尋常小学校の生徒でも作ることができる」
とまで言われた程の簡易さであった。(実際、推進薬の充填は主婦が担当した)
統制品であった軽金属の使用を極力減らすため、竹紙(竹製ボール紙)を使用して胴体が製作された。胴体の製造は愛媛県川之江町、組み立ては同県宇和島市で行われている。これは開発を行った別府造船の工場(日出)と海路による交通が容易であったためといわれている。
開発当初は二種類の推進薬の燃焼速度調整、燃焼温度制御や組み立て精度の問題で、飛行距離が出なかったり、とんでもない方向に飛翔する状況だったが、陸軍と中島飛行機からの出向技師らの精力的な開発と、川之江町の製紙業者の高い加工能力により性能が向上。無誘導ではあるが一撃で重防御の爆撃機を撃破できるまでになった。
有効射程距離が700~800mと、20ミリ機関砲の有効射程距離(おおよそ200~300m)よりも格段に長いため、対戦闘機空戦時には一撃目で竹槍を使用して相手の態勢が崩れたところを機銃で攻撃するという方法が編み出されている。
A10には通常は2基搭載されていたが、飛行時間を無視した場合は4基まで搭載できた。
別製対空噴進飛翔体一型諸元
全長:1,200mm
重量:5.5kg
外径:45mm
炸薬:焼夷炸裂段、焼夷徹甲弾、成形炸薬弾等
有効射程距離:700~800m
水平飛行距離1,100m(最大)
ボール紙の原料が竹であったため、防水、防湿のため緑色塗料で塗装されており、これが「竹槍」「BambooRocket」のニックネームの元になっている。
「別製噴進補助装置」(愛称なし)
海軍が試作中の噴進機(4号1式噴進機)を参考に別製対空噴進飛翔体一型のロケットモーターを流用、A10補助推進装置にしたもの
A10の胴体後部に搭載される(推力500kg、燃焼時間10秒)
これにより、A10は短い時間ではあるが、700km/時を超える速度を発揮することができた。
「別製奮進補助装置一型」(孟宗竹)
A10翼下に取り付けられ、戦闘時の加速に使用するための補助ロケット。
加速手段には機体内の「別製噴進補助装置」があるが、別製奮進補助装置一型の方が推力が高く、また長時間(15秒)使用できるため爆撃機への高速接近時に使用されることが多かった。
A10の構造では、ロケットポッドの装着位置に2基追加することもできるが、4基装着は行われなかった模様。
「別製奮進補助装置二型」(門松)
A10を発射台から打ち出すための補助ロケット。A10の胴体横に2組組み付けて使用される。
A10はパルスジェット推進のため燃費が極めて悪く、迎撃対象にたどり着く前に大量の燃料を消費してしまう。そのため交戦時間が極端に短くなるという致命的な欠点がある。
設計者(と本人は強弁しているらしい)の来島社長によると、
「近い将来に超高空から重爆撃機が戦闘機並みの速度で飛来する」
とのことで、A10の開発はそれを見据えてのことらしい。
「別製奮進補助装置二型」は「別製奮進補助装置一型」を3本束ねた形状で、その外観から門松と呼ばれ、推力800kg×3を2基装備し、4.2tの推力を発揮する。
「門松」の最初の戦闘は、昭和18年7月で、重慶から飛来した最新鋭爆撃機B-29の編隊を高度9000メートルまで5分で駆け上って迎撃。翼下の対空噴進飛翔体(竹槍)と機首の37mm機関砲で迎撃し、壊滅させた。
魔改造型の「大門松」も存在する模様
「別製奮進補助装置三型(竹の子)」
A10を発射台から打ち出すための補助ロケット。発射台のレールに組み付けられた。
推力1200kg×4=4.8t、燃焼時間約3秒のRATOで静止状態のA10を時速120kmまで加速させることができる。
夜野陸軍中尉
モデルは南郷茂男、拳王様。ただしメンタルは別物で、自己評価が壊滅的に低い。
「頑強な精神は強靱な筋肉に宿る」
「不平不満が出るのは、筋肉に仕事をさせていないため」
「筋肉は決して裏切らない」
という、日本陸軍の精神主義に真っ向から挑戦するフィジカル(筋肉)主義者。
小尉任官後、独立第47飛行中隊の士官搭乗員として各地を転戦。47飛行中隊の機材が十分でなかったのと、航続距離の短い乙戦搭乗のため戦歴はぱっとしない。(B-24共同撃墜が1機という状況)
帰還命令で本土に帰還。第47飛行中隊とともに第17飛行団配下で教官として新人搭乗員の訓練に明け暮れていたのだが「菊の粛正」後、配下の下士官1名とともに新設の「陸海軍合同日出特殊飛行部隊」に推薦され異動。第二中隊長に任命された。
身長190cm超えの(当時としては)破格の大男で、士官学校同期からは
「兵科を間違えてる」
「素手で軽く10人くらいはぶっ殺せる」
と評されている。
内地引き上げ後の17飛行士団では、自分を基準にした教練を新米搭乗員に課したため音を上げる搭乗員が続出。「鬼」と言う渾名をもらっているが、新米搭乗員に科した訓練を率先して実行。まったく平気な顔をしていたため、非難することができなかった模様。
肺活量8500ccというとんでもないフィジカルな頑強さから、「9000mまで(A10で)昇って戦闘終了まで息を止めることができるんじゃないか?」と噂されている。
戦闘機搭乗経験者が4名しかいない(戦隊長、副長、夜野、羽間の4名)ためA10の戦闘教本や戦術は羽間との二人三脚で編み出しており、日出飛行隊の超高空迎撃指揮は夜野が担っていると言ってもいいだろう。
別府造船の食堂に遠征して工員と腕相撲(工員は意外に強い奴が多い)をするのが最近の楽しみらしい。




