32.寝惚け
ルーカスさんの顔をこんなにも間近で見るとは…
月明かりでうっすらと見えるルーカスさんは無防備に目を閉じている。
寝ている顔をここぞとばかりにじっと見つめる。鼻筋が通っていてまつ毛が長く、その髪はいつも整えられた感じではなく無造作に下ろされている。
するといつもより幼く見えた。
サラサラな髪が顔にかかって優しく笑うあの目が見えない…目をつぶっているからしょうがないが…
でもその顔が見たくて、手をそっと伸ばしてその髪を指先で触った。
「んっ…」
するとルーカスさんが気持ちよさそうに笑った。
大きな閉じた口の端がクイッと上がる。
なんか…可愛い
思わずアリスちゃんを撫でるようにルーカスさんの髪を撫でてしまった…
起きませんように…
ルーカスさんの触り心地の良い髪を撫でていると眠気が押し寄せてきた…
私はいつの間にかその目を閉じて眠りについてしまっていた…
✱
«ルーカス視点»
俺は何だかふわふわとした気持ちの良い重みにふと目が覚めた。
まだはっきりとしない頭でぼーっと前を見ると…
そこには今一番大切にしたい人が可愛い顔で眠っていた。
なんていい夢だ…
俺はその顔をずっと見ていたかった。
「すまない…俺のせいで怪我をさせてしまい」
夢の中ならとリナの髪を撫で、そのまま頬をなぞり可愛い唇を触る。
昨日の夜は、思わず見つめ合いこの口にキスをしそうになってしまった。
アリスが動いてくれなければリナの許可もなくその唇を奪うところだった。
しかしあんな顔で見つめられたら…
いや、リナは今、俺の事を雇用主として信頼してくれている。
その信頼を裏切る訳にはいかない。
それにキスをするならちゃんと本人に思いを伝えて…了承を得てからだ。
だが寝る時に嫌では無いと言われてたまらずにこの髪にキスをしてしまったが…あれは煽ってきたリナが悪いからそれぐらいは許して欲しかった。
だから今はこの夢の中…頬だけは許して欲しい。
そう思い…リナの顔に近づいて頬に軽くキスをする。
「え？」
すると夢の中のリナが目を開けた。
その顔は驚き目をまん丸にしている。
「ふふふ…その顔…どんな顔でも可愛いな…」
俺は思わず夢の中のリナに抱きついた。
「痛っ…」
「え！？」
夢の中のリナが背中の傷を痛がり顔を顰めた。
「え？これ…夢…だよな？」
俺は慌てて起き上がると…
「ルーカスさん…おはようございます…」
リナが顔を真っ赤にして布団から少しだけ顔を出し挨拶をした。
なんなんだ！その可愛い姿は！
いや！違う！
「なんでリナさんが俺の布団に？」
「えっと…昨日はルーカスさんの布団で寝るようにと…その後ルーカスさん寝ぼけてこちらに戻ってきたようです」
リナさんの説明に、みるみる今の状況を思い出してきた。
「も、申し訳ない！」
俺はすぐにベッドから降りてリナさんに頭を下げた。
「や、やめて下さい…元々はルーカスさんのベッドですから、仕方ない…です」
「いや！だからって嫁入り前の女性と一緒に寝るなんて…俺は君に変な事してない…かな？」
何だか何処までが夢でどこからが現実かよくわからなくなっていた。
「えっと…変な事は、されてないかと…でも…」
リナさんは自分の頬を恥ずかしそうに押さえた。
まさか…頬にキスしたのは、現実？
「ま、まさか俺はリナさんに…その…キ、キス…なんて…」
「だ、大丈夫です！頬にキスなんて挨拶みたいなものですよね…ルーカスさんとアリスちゃんはよくやってるし…」
「そ、そうだな。家族なら…挨拶くらい」
しどろもどろになりながらあたふたしていると
ツンツン！
「きゃ！」
リナさんが驚き声を上げた。
見ればアリスが起きて俺達の様子を窺っていた。
「アリス…おはよう」
「アリスちゃん、おはよう」
にこっ！
アリスの無垢な笑顔に俺はどうにか助けられた。
