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エリクは降下しながら剣を握り、魔法陣を発動し魔力を込め、着地と同時に剣を地面へ突き刺し魔術を発動させる。
魔術が発動しエリクを中心に周辺の地盤が凹み、耳を裂くような音と共に風吹き砂が舞いあがる。魔術師は体勢を崩し魔法陣が砕ける。
地面からゆっくりと剣を引き抜き、土煙を剣で薙ぎ払う。周囲の風が髪や服を乱れさせる。
足元に転がっていた魔術師のローブを掴み胸元に付けられている紋章を見る。
「シノネアの紋章……」
時が戻る前のエリクの村を壊した騎士が着ていた鎧に刻まれていたものと同じ紋章だ。ギリギリと歯を食いしばり、グッと掴んでいるローブを握りしめる。そのまま魔術師事遠くに投げた。
そのまま村の入口の方へと歩みを進める。
後方に現れたエリクに、周辺にいた騎士たちが集まってくる。剣を振り上げ襲いかかってくる騎士を次々と切り捨てていく。エリクの歩みはだんだんと早足になり、気づけば走り出している。速度を上げて村の入口へ向かっていく。無我夢中で走り、魔法を放ち、剣を振るい、邪魔なものを排除していく。やがて村の入口に辿り着き足を止めた。
村を囲っている柵は壊されており、近くに見える家や畑が燃やされた形跡がある。皆村の奥に避難したのだろうか、死体は確認出来ない。しかし村にはった結界の一部に損傷が見られた。結界を破壊することは出来なかったのだろう。人1人分ほどの損傷がある。ここから侵入したのだろう。
エリクは村の中に入ると探知の魔術を使う。
「はやく侵入した騎士を探し出さないと。」
入口周辺には騎士も村人もひっかからない。やはりみんな避難したのだろう。
「きゃあぁ!!」
村の奥まで探知をかけようとした時、小さく悲鳴が聞こえた。すぐに声が聞こえた方に探知をかける。場所は小さな丘の上。今、エリクがいる位置からそう遠くない距離だ。エリクはその場所に向かって駆け出す。
走り始めるとすぐに丘が見えてきた。丘の上に背の高い木が生えており、その木の真下に二つの人影が見える。一つは騎士の鎧のシルエット。もう一つは小柄な女性ほどの大きさのシルエットだ。騎士が女に手を伸ばし触れようとし、女は避けようとしているのか木に背中をピッタリとくっつけている。丘が近づいてくると2人の姿がはっきりと見えるようになって来た。騎士が女の首に手をかけ。女の足が地面から離れていき、女が苦しそうに足をばたつかせる。
人の顔が確認ができるほど近くなる。
「リラ……!」
リラだ。リラが首を絞められている。
強く頭を殴られたような感覚がした。視界が狭まり呼吸が浅くなる。
倒壊した家、草木と血肉が焼けた匂い。動かなくなった両親とリラ。抱えた時に感じた重さ。体に刺さる鈍色の剣。痛み。怒り。
「……ゃめろ……やめろ!!!」
勢いのまま騎士の腕に剣を振り下ろす。腕が切れリラが解放される。宙に浮くリラを魔術で浮かせ離れた場所へおろす。小さく地面に座り込む音と咳き込む声が聞こえる。
エリクは騎士の方を見て剣を構える。切断された騎士の腕が転がって足先にぶつかる。騎士は混乱したように腕を抑えながらエリクを見る。何かを言おうと騎士が口を開くが声を発する前にもう一度剣を振り上げ、騎士のもう片方の手首と両足首の腱を斬りつける。騎士は力を入れることができずに地面に倒れ込む。そして苦しそうに呻きエリクを睨む。そして驚いたように目を見開き叫ぶ。
「……!おい!待て!その紋章……まさか勇ッ……!」
エリクは騎士に向かって剣を振り下ろす。騎士の言葉は斬られた痛みで叫び声に変わる。叫び声を無視して、剣を突き刺す。そして剣を引き抜いては斬りつける。斬って、刺して、斬って、斬って……
剣を振り続けた。エリクには剣が肉を裂く音も、騎士の悲鳴も、魔王の呼び声も、風が吹き抜ける音も何も聞こえなかった。
エリクがもう一度剣を振り下ろそうとするが剣がぴたりと止まって動かなくなる。
「もういい。とっくに死んでいる。」
背後から魔王の声がし我に返る。振り上げていた剣を下ろして振り返ると魔王が腕を組み呆れた顔押してこちらを見ていた。
魔王の方を向こうと足を動かすとぐちゃと音が鳴る。足元に目をやると、バラバラに刻まれた肉塊と血溜まりが広がっていた。先ほどいた騎士の姿はなく、騎士が着ていたはずの鎧が歪んだ状態で落ちていた。手元の剣もよく見れば血と油に塗れていてこれ以上使い物になりそうになかった。
エリクは、冷静さを欠いてしまったとため息を吐く。リラがこの場にいなくて良かった……と考え、思い出したように魔王の方を向く。
「リラはどこだ?」
先ほどまでこの場にいたリラの姿が見えないことに気づく。その質問に魔王は心底面倒そうな顔をすると長いため息を吐いた。
「お前の近くにいた娘なら、眠らせて村の奥へ連れて行った。今は他の村人と一緒にいるはずだ」
貴様の奇行に随分と気をやられていたようだったからな。と魔王が地面の肉塊に視線を落とした。
魔王がエリクの元に来た時、剣を振り続けるエリクの少し後ろで、顔面蒼白の娘が目に涙を浮かべ震えながら、小さくエリクと何度も呼んでいる姿を見かけた。今にも気絶しそうな娘に流石に同情し、魔術をかけ眠らせ近くの村人の元へ運んだのだ。
「そうか、ありがとう」
リラに酷い姿を見せ続けることにならなくて良かったと意外にも気のきく魔王に感謝する。
「これは燃やしたほうがいいな」
そういうとエリクは肉塊の前にしゃがむ。匂いも酷くなるだろうし、なにより村の景観にもよくない。
空中に魔法陣を描き魔力を流す。すると歪んだ鎧の端から炎が発生し周りの小さな肉にも広がっていいく。さらに魔力を流し炎の火力を上げていく。燃え終わった後に骨の一片さえも残らなくて済むように。
「その剣ももう使えないだろう。捨ててしまえ」
魔王がエリクの持っている剣を指差してそう言った。
そうだな。と呟くと血で塗れて使い物にならなくなった剣に視線を落とす。旅に出る際に村のみんなから貰った剣を自分が正気を失ってしまったせいでダメにしてしまった。
魔王の言う通り捨てたほうがいい。ゴメンと言うと剣を炎の中に投げ入れた。
炎から少し離れて辺りを見渡すと、騎士の紋章が刻まれた剣が転がっていた。使っていた剣の代わりに持っていこうとそれを手に取った。エリクにとってみんなに貰った剣以外の剣はどれも全て同じだ。
エリクは村にも一度守護の魔力をかけ直す。一箇所を重点的に狙って破壊されたことの反省として、今度は受けた攻撃を跳ね返す魔術と許容範囲の魔術攻撃を喰らった場合に威力を分散させるように攻撃を滑らせる魔術を練り込む。どちらも剣を媒体にした方法でしか発動したことがないためうまくいくかどうかは分からないが、気休めにはなるだろうと思う。
勇者の紋章を組み込んだからといって安心はできないことが今回でよくわかった。早急に別の対策も考えなければならない。自分の拳をグッと握りしめる。
「……シノネアに行こう。」
魔術をかけ終えるとすぐに魔王へ声をかけた。またいつ襲われるか分からないのだ。王国所属の者が王国に報告をして要るかもしれないし送った、騎士が帰ってこなければいやでも気づかれてしまう。また送られてくる前にこちら側から王国に乗り込む必要があった。
エリクがそんなことを考えながら村の出入り口まで歩きぴたりと止まった。村の外で倒して放置していた騎士や魔術師の死体がなくなっていた。
疑問に思い魔王の方を見ると、魔王は随分と涼しそうな顔をしていた。その反応にエリクは訝しむ。
「おい、ここにいた奴らはどこに、」
「……さあな。もう死んでたんだ、どうでもいいだろう」
魔王はエリクに目線を合わせずそういう魔王の反応はまるで悪戯を隠している子供のようだ。
しばらく魔王の反応を伺ったが何も言わずあさっての方向を見たままだった。白々しい魔王に思うところはあるが、村の前の片付けをせずに済んだと思うことにしてエリクは溜飲を下げる。
まあ、いいか。と気持ちを切り替え、魔王に王国へ飛ぶようにお願いをする。方向を教え出発をする直前、魔王がエリクに声をかけた。
「あの娘には会わなくていいのか?」
「……大丈夫だ」
随分と人間のような気遣いをするものだと思う。魔王の言葉に少し悩んだエリクだったが、結局提案を断った。魔王はそうかと一言言うと、エリクを抱えて上空へ飛び立ち王国の方へと進み始める。
エリクは遠くに離れていく村をじっと見つめた。
魔王がリラをこの目でリラの無事を確認して安心したい。そう思うが、守ると行ったのに守れず、目の前で醜態を晒し挙句ショックを与えてしまったことを聞くと、どう顔を合わせていいか分からない。エリクは長いため息を吐いて、進行方向へ目線を変えた。
勇者じゃなければ、村は襲われずに、今もみんなと笑って過ごせていただろうか。そういうエリクの呟きは風の音にかき消されていった。




