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魔王は一言発しただけ。ただその一言は大抵の人が怯む程の殺気を含んでいる。魔王と戦った時の記憶が一瞬で蘇る。以前とは違う状況だが緊張感はあの時のままだ。
エリクは剣を握り直し、足を一歩進めた。
「話があって来た、時間を貰えないだろうか」
静かな城内にエリクの声が響いた後、静寂が辺りを包む。エリクはその場から動かずに魔王の反応を待った。
魔王はフードを深く被って表情が読めない。
暫く経つと小さく声が聞こえ始めた。エリクが耳を澄ます。それは笑い声のように聞こえた。
「……勝手に乗り込んできて妙な事を……貴様にそれだけの価値があるか示してみろ」
そう言う低い声が聞こえると同時に魔王が踵で床を鳴らす。カツンという音が城内に響き渡り、それと同時に魔王の背後に複数の魔法陣が出現した。魔法陣から大きな針の形をした氷が生成され、次々とエリクの元へ飛んでいく。
「……っ」
エリクは自分に向かって真っ直ぐに飛んできた氷の1つを剣で弾き飛ばし、魔王に向かって走り出す。
防御魔術や相殺させるための魔術を発動しつつエリクは距離を詰める。
魔術を跳ね返しても魔王はピクリとも動かず淡々とエリクに向かって魔術を発動している。
魔術の同時使用は熟練の魔術師でも難しい。エリクは既に村に継続型の魔術を張っている上に剣や自身にも強化魔術を使用しながら戦っている。これ以上は範囲の狭い防御や軽い攻撃で手一杯だ。
それに対し魔王は数十個程の魔術を同時に発動し、エリクの跳ね返した魔術を的確に防御している。そしてじっとエリクを狙い観察する余裕すらある。
どうにか隙をついて早急に決着をつけなければ。時間がかかるほど不利になるのはエリクのほうだ。
防御に徹していてはいつまで経っても魔王に剣は届かない。エリクは大きく息を吐き魔王の魔術を見極める。多少の被弾を受け入れてでも最速で魔王へ近づけなければ。
エリクは致命的な攻撃以外は防がず真っ直ぐ魔王へ向かっていく。魔王の魔術がエリクの体を掠め傷つけていく。腕や頬に血が流れて行くことも気にせず、エリクは魔王とその魔術にだけ神経を尖らせた。
エリクに向かっていく火球を剣を使い弾き魔王へ飛ばす。魔王は火球を軽く薙ぎ払い、同時にまた別の魔術を展開した。鎮火した火球の煙が薄らと魔王の眼前を覆う。その瞬間エリクは急速に魔王との距離を縮める。
前回と今回の戦いでエリクは気づいたことがある。魔王が複数の魔術を使用する時のほんの僅かに間が存在しているのだ。勿論常人であれば間があることに気づくことが出来たとしても対応することなど到底無理なごく僅かな間だが。
弾かれた火球を防ぐための防御魔術と、火球を防いだ後の煙を無くしエリクを追撃するための魔術を同時に発動する時の間。エリクはここの間に狙いを定めた。
飛躍して魔王の魔術を躱しエリクはそのまま魔王の首へと剣を振るう。
「ッ………!」
躱された!!エリクはギリギリと歯を食いしばり頭の中でそう叫んだ。確実に届いたと思たエリクの剣は、魔王が体を少し後ろへ倒し、数ミリの距離で届かずに終わる。魔術を発動せずとも反応できる魔王の身体能力の高さを思い知る。
エリクはこの後の動きなど気にせず、がむしゃらに魔王に掴みかかろうと手を伸ばす。剣を持ってない事など頭に無かった。
「ああああ!!!」
「ッ!?」
飛んできた勢いのまま魔王にぶつかり、元より攻撃を躱すため後ろへ傾いていた魔王は体制は崩れる。
体を浮かし距離を取ろうと魔術を発動する魔王の首へすかさずエリクは剣を当てた。
「……はっ……俺の勝ちだ!」
エリクは乱れた息を軽く整え魔王を見下ろした。先程はフードで隠れて見えなかった魔王の姿が晒されている。魔王は魔物の様な姿をしているものだと思っていたが容姿は人間の男とそう変わらない。前回はそのまま斬ってしまったから姿を見るのは初めてだなとエリクは思う。
「……」
2人の間に静寂が流れる。
こいつ何も言わないな。とエリクは思った。
魔王は抵抗せずただじっとエリクを眺めている。てっきり反抗で魔術の一つや二つ発動するものだと思っていたエリクは拍子抜けした。
エリクが自分から話し始めてもいいのか、それとももっとダメージを与えなければならなかったのか、そう悩み始めた辺りで魔王が口を開いた。
「……私の、負けだ」
静かな城内に魔王の声が小さく響いた。
魔王の言葉にエリクはホッと息を着いて、首に当てていた剣を離す。魔王を抑えていた手を退けると、魔王はゆっくり立ち上がって服の汚れを落とすような動作をした。
「話があると言っていたな。聞こう。」
話が通じそうで安堵するエリクを横目に魔王は着いてこいと一言はいて歩き始めた。部屋を移動するようだ。
応接室のような部屋に行くと、魔王はソファに腰を落とす。そしてチラリとエリクの方を見た。
エリクは座らずそのまま声を発した。
「魔王、俺の復讐に手を貸してくれ。」




