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花闇の帝都に瑞花咲く  作者: 菅野美佐
2  花は語らず、ただそこにあり
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水気の狂い

貴之視点

 


 玄関の引き戸を開くと、冷たい風に舞った紅葉の葉が目に映った。すでに葉の半分ほどを紅に染めていた。

 とはいえ、まだ緑や黄色の目立つ控えめな赤が、色濃く艶やかな赤へと変るには、今しばらくの時間が要る。


(例年になく早い。やはり、水気は狂うか)


 薄々と感じていたことが目の前に現れたことに、恐れを感じる。

通常、長月に入ると火気は死に、代わりに金気が最盛期を迎え、水気が生じる。世間では実りの秋と呼ばれる過ごしやすい気候となるはずだが、今年は様子が違った。

 金気の隆盛が今一つだったことに加え、水気の例年にない強い波動を感じていた。先年の震災で土地の験力が衰え、金気は何年かの間は弱まるだろうと予想していた。

 だが、異常な水気は予想していなかった。金気が弱くなれば水気も弱まるという金生水の理に狂が生じていることが空恐ろしい。


静かに狂っていく。震災で霊的な防護機構のほぼすべてを破壊されてから、確実にこの帝都の空気が澱んだ。解き放たれた怨霊といわれる類から瘴気・念といわれる凝りまでが、溢れ出してきている。

 空気の凝りは、やがて濃度を増し、瘴気と化す。震災で失った者たちの悲痛な念と混ざって魔となるか、はたまた魔を呼び込か。

 いずれにしても空気を凝らせ、人々をじわりと蝕んでいく。だが建造物などの目に見える復興にばかり目が行き、異変に気付くことなく、人々は日々の営みを続けている。貴之は、そんな現況を少し恐いと思う。

 我知らず建具枠を握り締めていたことに気づき、慌てて放す。


(駄目だな、ついつい悪いこと考えちゃったよ)


 己の気弱に貴之は独り苦笑いを浮かべた。現状は悪いが、こつこつとできることをやっていくしかない。


「貴之さん。よかったわ、まだお出かけしていなくて」


 後方から、おっとりとした優しい声が掛けられた。羽織を持って、足早に近づいてくる女性に向かって貴之は微笑んだ。


「真紀子さん」


 淑やかな面差しに、柔らかな笑顔を湛えて、立ち振る舞いは上品である。一見して三十歳そこそこに見えるが、もう四十路になろうかという年齢だった。

 貴之と雪乃、泰雪にとって育ての親である真紀子は、どこまでも少女のような性質である。だが、身に纏うのは、落ち着いた色合いの銘仙だ。まだ衰えない美貌を損なうことなく眉を顰めて、まるで幼い子供に言い聞かせるように言う。


「今日は風が冷たいでしょう。羽織物をしないと、風邪を引いてしまうわ」


 冬ともなれば雪に覆われる、山国生まれの貴之にとっては、今日程度の寒風は普段着で十分だ。とはいえ、真紀子に構われるのは悪い気がしないので、されるがままに羽織を着せてもらった。ついでに、襟巻きまでしてもらった。きっと歩き出したら暑くなると思いながらも、貴之は微笑む。


「ありがとう。今日は三件あるけど、近場だから……」


 台詞の途中で言葉を止める。雪乃とよく似た童女が袖を引っ張ったからである。

 紅の着物を纏い、表情の乏しい面差しであるが、大きな瞳が愛らしい童女は、雪乃が四歳の頃を模して創られた、貴之の式神である。


貴之の生家のしきたりで、式神を用途別に四体創った。実父も鷹を模した式神を持っているが、一体のみである。

 面差しからは、何があったかは想像できない。貴之は何事だろうかと首をかしげたが、真紀子は嬉しげに微笑んだ。


「まあ姫ちゃん、どうしたのかしら」


 大抵、式神四体のうちの二体目である雪姫を〝姫〟と呼んでいる。

 真紀子の言葉に雪姫は「ぅむぅ」とやや気落ちしたように言って、端的に続けた。


「やすゆき、きけん」


 息を呑んで硬直する真紀子を置いて、貴之は庭を通って泰雪の元へ向った。




最後までお読みいただき、ありがとうございます。


この章から雪乃視点と貴之視点がありますが、交互であるわけではありません。

前書きに記入するようにします。

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