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花闇の帝都に瑞花咲く  作者: 菅野美佐
1  帝都に寒花咲く
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バカ貴之



 神無月家は、都心から離れた喧騒とは無縁の閑静な土地に居を構えている。昨今に急増中の西洋風建築ではなく、武家屋敷を買い取って改修している。そのため、昔ながらの静かなたたずまいだ。さらに周辺は、すべて神無月もしくは家人の所有地である。

 帰宅して一番に家人に風呂を用意させ、襦袢一枚の姿でまず顔を拭いた。そこで雪乃は吐息を漏らした。


(上手くできたと思ったのに……兄様みたいに華麗に、美しゅうできたと思ったのに……)


 当代の神無月当主の名は泰雪(やすゆき)といい、六つ離れた雪乃の兄であった。泰雪は雪乃の歳にはすでに当主となっており、術者として持って生まれた才能を如何なく発揮していた。

 兄が修祓するときの麗しい姿が雪乃の理想なのに、現実は程遠い。理想と現実の隔たりが非常に歯がゆい。

 安倍晴明の流れを汲む陰陽術を受け継ぐ分家の一つが、雪乃の生家の神無月家である。分家したとはいえ、直系として病臥した兄に成り代わり、この家を守らなければならないのだ。

 だが、雪乃は家を率いるには、まだ幼く未熟である。


(無駄に落ち込んでいても、意味も進歩もない……頑張って、一つずつ確実にできるようにならねば)


 決意を新たにし、気を取りなおして雪乃は浴槽から湯を汲む。檜造りの浴槽に張られた湯の温度はちょうどよく、漂う薫りの芳しさに自然と頬がほころんだ。


「雪乃ちゃん、お湯加減はどう?」


 木の格子窓から笑顔で顔を覗かせた男の面を、つかの間むっと凝視して、湯桶を振りかぶった。

 勢いよく振ったために、外へと出て行かなかった水は格子へ当たり、幾分か雪乃へと跳ね返った。だが、気に留めず言い放つ。


「消えうせろ、バカ貴之めが!」


 昔から騒々しくて陽気な貴之は、生真面目さとは程遠いお茶らけた奴なので「貴之は馬鹿者だ」という意味で「バカ貴之」と呼んだ。ところが、どういう勘違いか、いたく気に入ったらしい。

 〝バカ貴之〟は雫を滴らせながら、睨みつける雪乃に満面の笑みで応じる。


「いいお湯加減だね、雪乃ちゃん」


 すかさず雪乃は、無言で二杯目の湯を掛けた。

 鼻筋のすらりとした整った顔立ちであるにもかかわらず、目の造りが柔らかなせいで、貴之は人好きのする印象を与える。

 見た目の印象どおり、誰にでも懐かれ、その分だけ誰にでも懐く男だ。初めて会ったときから変わらない童しい性質である。そのせいで雪乃は、いつもへらへらと軟弱に笑うところに、時として腹立ちを覚えることがある。

 年齢が七つも離れており、また周囲の大人より頭一つ飛びぬけて大柄な貴之からすると、歳相応に成長している雪乃でも小さくて可愛らしく映るらしい。目を細められることが、多々ある。それが雪乃からすれば、非常に面白くない。


「煩い。不用意に風呂を覗き込むなと言っているだろう! だいたい「ちゃん」を付けるなと言っているだろう。十年も言われて、わからぬか!」


 貴之は神無月に十一の時から居候している。その代わり――というより当初は鍛練のためだったらしいが――祓いを手伝って暮らしている。もっとも雪乃は、貴之がまともに術を使う場面を見た覚えがほとんどない。


「そうそう初めてお会いしてから十一年……娘らしくおなりだ」


 三度目の湯を掛けると、今までおとなしかったが、童しく騒ぎ立てる。


「ええ~、いいじゃないか、僕は「バカ貴之」なんだし。可愛い雪乃ちゃんには、「雪乃ちゃん」が似合うよ」

「バカ貴之!」


 据えかねて雪乃が怒鳴ると貴之は「いいじゃないか~」とまったく堪えていなさそうな声を出す。そんな馬鹿馬鹿しい応酬が数度続き、何事かと様子を見に来た家人に、こんこんと説教されてしまった。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。↓から評価いただけたら嬉しいです。


キリが悪い場合は今後も一日二回更新予定です。

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