女学校
貴之視点
雪乃が学校に通い始めて七年程になるが、雪乃の迎えに初めて行ってみた。
学生はそれぞれ流行の薔薇の模様の羽織やら髪飾りやら手提げやらを身に着け、今時の女学生のお洒落をしている。
ころころと可愛らしい声でお喋りに興じながら下校していくのは、非常に可愛らしく、また清楚である。華やかな半襟や足袋、鼻緒を合わせた子が多く、肩掛けは付けても襟巻きやブーツなどを合わせている子は見かけない。昨今の流行であろうか。
時折「今日は一日、寒いですわね」「登下校が寒くて」などといった会話が聞こえてくる。でも、寒いなら着込むという、男なら当然のごとく持ち合わせている発想は、女学生たちには存在しないらしい。
さらに疑問なのは、校門の脇で雪乃を待つ貴之を見ながら「きゃぁ」とか「やだっ」とか叫ぶのは、そもそも何故だろう。藍色の着物に紺の袴、黒橡の羽織は地味だったのだろうか?
生憎と、泰雪ほどいい着物は持っていないので、精一杯まともな服を選んで着てきたのだが。
(女性の目は厳しいものだね)
しみじみと思っていると「貴さま、御内室さまが」と肩口に乗っている雪宮が告げる。一般人には宮の姿は見えない。仮に見えても、声は「ぶみ」としか聞こえない。理解できるのは貴之と他の式神だけである。
友人と共に近くまで来ていた雪乃に向って「雪乃ちゃん」と小さく手を振って声を掛けた。そして、いつものように怒鳴られた――わけではない。
「まあ、貴之様。このようなところに、どうなさったのですか?」
実際に返ってきたのは、淑やかで、且つ愛らしさの滲んだ声音であった。
雪乃は大正緑地に大きな雪輪に花の描かれた着物を纏い、ぼかし入りの千歳茶袴を穿き、薔薇が描かれた流行の羽織を着ている。決して他の生徒より派手ではないのに、錦絵から抜き出したかのような華やかさがある。
貴之は、つい見とれてしまった。すると、雪乃の隣にいた少女――確か寿美子という豪商の娘が「お知り合いですの?」と雪乃に囁き、雪乃は「まあ、そのようなもので……」と歯切れ悪く応じていた。
少々面白くないなと思ったので、少し格好をつけた声で、精一杯の演技で紳士的な表情を作った。
「ああ、申し遅れました。僕は天海貴之と申します。雪乃さんの兄上と懇意にしておりますご縁で、神無月の家に住まわせてもらっております。雪乃さんとは、将来を言い交わした仲です」
先ほどの「将来を約束した云々」というのは、単に「婚約者」というよりも言い回しが女性好みかなと考えてのことだった。雪乃としては、当主による決定で婚約者となっているだけで、婚約したことは不服だと貴之とてわかっている。また、貴之としても実感を伴わないため、今まで人前で口に出すこともなかった。
ただ、歯切れの悪い雪乃に対するちょっとした意趣返しで言ったのだった。
次の瞬間、周りにいた少女たちの甲高い悲鳴が上がった。頬を赤らめて少女たちは、きゃあきゃあと騒ぎ立てる。
舞い上がる少女たちの中において、一瞬ぼうっとしたあと、頬を周囲の女の子たちとは違う色に染めた雪乃は、異彩を放っていた。
「いや……いえ、違うんですよ、皆さん。……わ、私、これにて失礼いたします。ごきげんよう」
声を戦慄かせて雪乃は早口に捲し立てるや、有無を言わさず貴之の手を取って、早歩きで人気のない裏道まで歩いていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ブーツが流行ったのは明治終わりから大正半ばだったと思います。
多分、大正半ば以降は「黒ハイソックスと黒の短靴が流行り」とメモがデータの中にありました。パンプスを合わせるのも流行ったらしいですが、雪乃は和物好きなので着物袴にも草履をはき続けるんじゃないかと思います。
大正の半ばをすぎると、制服を洋装に切り替える学校はかなり増えていきますので、着物袴は貴重なんですが、私は大正年間だけは着物袴でいてほしい派です。




