水がある
渇いているから水が欲しい。
優しい人だって水が欲しい。
できれば谷川の水が欲しい。
暗い山の中を、
どれくらい歩いていたか。
真夏の空がぼくを、
ちらっ、ちらっと、覗き込んでいた。
知らない女の子を見送った後、
空はまだ青くて、哀しくて、
ふと、祖母の家に帰りたくなった。
近道の山道を行くことにした。
湿気た草木の匂いがする足元の土に、
奇怪な生き物が蠢くようで、
なんだか、怖かった。
けれども、山道を行くというのは、
そういうことなのだと、
ぼくは、まだ子供なりに、
そのとき、覚悟のようなものをした。
覚悟したからなのか、
暗い山道の木々の向こうに、
谷川の音が聞こえた。
水がある。さらさらある。
渇いているから水が欲しい。
優しい人だって水が欲しい。
ぼくは、清い流れを目に出来ると、
狭い苔むした獣道で、心を躍らせていた。
そこからは、駆け出していた。