帝都潜入
帝都に潜入した僕たちが見たのは、とても奇妙な光景だった。
「な、なあ、これどうなってんだ」
「分かるわけないでしょ……」
「催眠術にでも掛かってるのかな?」
帝都全体を霧が覆い、人々が宮殿までの道のりを列をなし並んでいたのだ。
「催眠術か……遠からずだな」
「で、これどうするの?」
「ここに居ても、何も分からない。僕たちも宮殿に行こう」
「うん、なんかその方が良さそうね」
「分かったわ」
僕たちは宮殿に向かった。
——道中、魔族兵とも遭遇したが、戦闘にはならなかった。兵達は列の脇を固め、動こうとはしなかった。
「これ、本当に気味悪いね……魔族も襲って来ないし……」
「そうよね……」
僕達は、領民にも魔族にも何度も話しかけたが、何も返ってはこなかった。
ただ、宮殿に近付けば近付くほど霧が濃くなってきた。
宮殿の入り口まで進むと、1人の魔族が、レストランのウェイターのように、お辞儀をし、僕達を待っていた。
「お待ちしておりました。
ルナ様に、エイル様……私、ウァプラと申します」
両サイドの髪をツノの様に立てた、イカレタ髪型をしているが、ウァプラの物腰は穏やかで、敵意も感じない。
「ん? 貴方はどちら様でしょうか?」
この世界で、随分有名になったつもりだが、まだまだらしい。
「ハルトだ」
「ふむ、ハルトさまですか……困りましたね……貴方は賓客のリストに載っておられませんね……」
「賓客だと……?」
「申し訳ございませんが、お引き取り願いませんか?」
「それは、無理だ。僕としてはこのまま押し通ってもいい」
「これはこれは、元気なお方ですね……人間は、言葉の交渉で問題を解決すると聞いておりますが……どうやら貴方は違うようですね」
しまった……僕とした事が、魔族に礼節を諭されてしまった。
「……これは失礼した……だが、彼女達だけで、この先に進ませる事は出来ない」
「ほう……何故でございます?」
「僕の大切な女性達だからだ」
「伴侶でございますか?」
「い、いや、まだ伴侶では無いが……ゆくゆくはな……」
「ふむ……伴侶ではないと……どうしたものでしょうか……」
「伴侶よ」
「「え」」
「私達は伴侶よ、通しなさい、でなければ、貴方のエスコートはお断りするわ」
『いいよ、通してあげて』
「こ、これは、ベルゼバブ様、本当によろしいので?」
『構わないよ』
「ハッ、ではお言付け通りにいたします」
「ベルゼバブ様がお会いくださるようです。感謝するといいですよ」
僕たちはウァプラの案内で宮中に進んだ。
宮中でも人々の列が途絶えることはなかった。
だが、奥に進めば進むほど、人々から生気が薄れているような気がした。
僕たちは謁見の間まで案内された。
「ベルゼバブ様、お連れいたしました」
「ご苦労だったね、ウァプラ」
優雅に玉座に腰を掛けるベルゼバブ、人々の列はここまで続いていた。
「これはこれは、勇者に、ドルイドに……うん……珍客だね」
俺の事を指しているようだ。
「フッ、そうか君が彼のゲストなんだね、しばらくここで待つといいよ」
「彼……サマエルの事か……」
「「サマエル?」」
「そうだよ、私の数少ない友人だよ」
やはりサマエルが関わっていた。
「ベルゼバブ、これは何なの?」
ルナがいきなり本題に切り込んだ。
「おや? その瞳……そうか、君はあの女の末裔なのか」
あの女?……。
「何をわけの分からない事を言っているの」
「ん、君は真実を知らされていないのか……まあいいだろう」
「そんな事より、この人たちは!」
「ああ、そこの人間どもか……私が直々に面談をしてやってるんだよ」
「面談って……」
「私の家臣として相応しいかどうかだよ、ドルイド」
「家臣ってなんなのよ」
「フフフッ、サマエルがね、私に「邪神の魔石」をプレゼントしてくれたんだ……これを使うと、魔人を作り出すことができるんだよ、なかなかブッ飛んだアイテムだよね」
僕の罪は確定的だ……。
「でもね、私の家臣は誰でもいいってわけじゃないからね……素質がないゴミはいらないんだよ」
「ゴミだと!」
「おっと、戦神よ、君の相手は私ではない、勘違いしてはダメだよ」
「「戦神!」」
「え、え、え、戦神って……ハルト神様なの?」
「ハルト……そうか今はハルトと名乗っているのか、アーサーソール」
「誰だよ、アーサーソールって」
「君のことだよ、転生していたんだね」
「「「転生?」」」
ひょんな事から、僕の正体がわかった。
ファフと共に戦った戦神「ソール」だ。
うん……なんだ……力が溢れ出てくる……。
ソールの使っていたスキルの記憶も流れ込んできた。
もしかして真名を知った事で能力が覚醒したのか……。
「さて、勇者よ……私の妻にならないか?」
「なるわけないでしょ!」
「……そうか、残念だよ……やつの血を引いている、君なら私の子種を宿すのに相応しかったのにね」
なんだか凄くムカついてきた。
「ベルゼバブ、あんたは子孫なんて残せないわ、今ここで私に倒されるのだから」
「フフフッ……言ってくれるね勇者……」
「格の違いを教えてあげるわ、かかってきなさい」
「舐めた口を……まあいいだろう、そのやすい挑発にのってあげるよ!」
「ルナ!」
「ハルト、エイル、手出しは無用よ」
「で、でも!」
「エイル、結界をお願い、帝都の人たちが戦いに巻き込まれちゃう」
「……わかったよ」
「ウァプラ、君は下がっていなさい」
「ハッ、かしこまりました」
「ルナ!」
「ハルト……」
「負けるなよ!」
「任せといて!」
僕はルナの戦いを見守る事にした。
相手は3大魔王の1人、ベルゼバブだ、本来なら1人で戦わせたくない。
だが、僕はサマエルに備える必要がある。
姿は見せないが、サマエルの存在は感じる。
快楽主義のやつのことだ。
もしかしたら2人の戦いに介入してくるかもしれない。
「エイル僕も手伝うよ」
「ありがとう……えっと……ソール様だっけ?」
「やめてくれ、僕はハルトだ」
「うんハルト!」
僕はエイルの結界を手伝いながら、探知を張り巡らせ、サマエルを警戒した。
「勇者よ……私は君との戦いに因縁めいたものを感じるよ」
「……あんたはさっきから、何がいいたいの?」
「そうだね、私は君よりずっと長く生きてきたんだ、色々あったのだよ」
「年寄りの昔話に付き合う必要なんてあるのかしら?」
「煽るね、勇者、もしかして私を恐れているのかな?」
「冗談言わないで!」
先手はルナだった。
青白いオーラに包まれ、聖剣グラムで斬りかかかる。
ベルゼバブは一合目を、三叉槍で防いだ。
「おや、その光……君はソールの伴侶だったのか?!」
「え、ハルト、どういうこと?!」
即座にエイルが反応した。
「え、どういう事なんだろうな……」
なんで、オーラだけで分かるのだろう。
動揺をあらわにする僕をよそに、ルナはベルゼバブに攻撃を続ける。
ルナの剣さばきはいつ見ても鮮やかだ。
だが、ベルゼバブは苦もなくルナと打ち合う。
やはりこれまでの魔王とは格が違う。
ルナはベルゼバブと少し距離を取り、剣の衝撃波を打ち込む。
ベルゼバブは、衝撃波を三叉槍で薙ぎ払う。ルナはその隙に、ベルゼベブの懐まで飛び込み、グラムで斬りあげるも、すんでのところで、かわされる。
見ているだけで、ヒリヒリする攻防だ。
「今度は私から行くよ!」
ベルゼバブが三叉槍で、連続突きを繰り出す。
ルナはこれを紙一重でかわす。
もしかするとこの戦いこそが頂上決戦なのかもしれない。
ルナもベルゼバブも後方に飛び、お互いに距離をとった。
ベルゼバブの頬から血が流れ、ルナの腕にも血が伝う。
ルナは避けているだけかと思ったのだが、きっちり反撃していた。
そして全て避けきっているかと思えた、ベルゼバブの攻撃はルナをかすめていた。
本当にしびれる戦いだ。
「ハハハ、楽しいね! 楽しいよ! さすが奴の血を引くだけのことはあるね!」
「……あんたさっきから、一体何を言ってるの? 私、あんたと会うのはじめてよね?」
「ああ、君と会うのは、はじめてだよ……でも君の始祖の事はしっているよ」
「私の始祖?」
「そうだよ、君こそが魔族の頂点にたったあの男、ルシファーの末裔なんだからね」
『『えっ』』
ルナが魔王ルシファーの末裔……。
ベルゼバブから衝撃の事実が伝えられた。




